第40話 生き残るために必要なもの
「ぐわっ!」
「うげっ!」
「へごっ!」
次々と倒れていく冒険者たち。
青年は目にもとまらぬ速さで敵を駆逐していく。
軽く小突くだけで簡単に倒れていく。
チンピラ崩れの冒険者の実力などたかが知れていた。
なんの脅威にもならない。
ほんの数秒間の出来事。
周囲を取り囲んでいた冒険者は全滅。
全員が倒れて戦意を喪失していた。
しかし……ただ一人、状況を見極めて冷静に行動している者がいた。
「ぐっ!」
青年の腕にナイフが突き刺さっている。
「やべぇな……葬儀屋ぁ。
テメェ、一体なに者なんだ?」
余裕たっぷりにハンスが言う。
彼は他の冒険者が倒されていくさなか、少女へ向かってナイフを投擲。
そのことに気づいた青年は少女をかばおうとして腕で攻撃を防いだのだ。
青年はてっきり全ての攻撃が自分へ向けられるものとばかり思っていた。
ハンスは最初から相手にするつもりなどなく、少女を攻撃すれば彼がかばうと分かっていたのだろう。
さすがはベテラン冒険者。
戦いの中で人の意識がどう動くのか、よく理解している。
「葬儀屋ぁ……。
テメェはとんでもねぇ力を持ってるみたいだがよ。
いかんせん、経験が浅すぎる。
テメェの弱点はそこに突っ立ってるバカ女だ。
ほら……さっさとしないと次が行くぞ!」
「まって! よけっ……」
ハンスは容赦なく次の攻撃を加える。
拾った石を少女に向かって投げつけたのだ。
石が目前に迫っても少女は全く動こうとしない。
いや……動けないのだ。
目をつむっているから……。
青年はまたも自分の身体でかばう他なかった。
「ぐっ!」
「葬儀屋さぁん!」
少女は目をつむったまま突っ立っている。
確かに目を閉じろとは言ったが……せめて自分の身くらい守って欲しい。
青年は一瞬で決着がつくと思っていた。
勇者の力を少し開放するだけで簡単に勝てるとばかり……。
だが……甘かった。
ハンスは予想以上に強かった。
「言っとくがよぉ、そのナイフには毒が塗ってある。
早く解毒しねぇとヤベェぞ」
「くそっ!」
少女に指示を出す暇もなく、絶望的な情報が告げられる。
すっかり冷静さを失ってしまった青年は、状況を打開しようと一直線にハンスへととびかかって行く。
勇者の力を解放しての突撃。
常人にはとても出せないスピード。
見切るのは至難の業。
しかし……それでも。
ベテラン冒険者の前では意味をなさなかった。
「ぎゃぁ!」
情けない悲鳴を上げて転がる青年。
ハンスに体当たりする寸前で真横に蹴り飛ばされてしまう。
「確かに速い。
雑魚ならその一撃でぶっ飛んでただろうよ。
けど、俺には効かねぇ」
「くっ……なんで!」
青年は情けない声を上げる。
どうして攻撃が防がれてしまったのか、全く分からなかった。
「導線が分かりやすすぎるんだよ。
一直線に突っ込んでくるだけなら、
タイミングを合わせるだけで余裕。
あっ、ナイフに毒は嘘な」
「……っ!」
すっかり手玉に取られる青年。
ハンスが口を開くたびに心を揺さぶられる。
これが経験の差。
青年は自分の未熟さを嫌と言うほど味あわされた。
「ふんっ……葬儀屋。
お前さ、人を殺したことないだろ?
だからだよ」
「いやぁ! 放してっ!」
ハンスは少女を背後から抱え込み、喉元に剣の刃を当てて人質に取った。
「ここじゃ、誰もが敵になるんだよ。
仲間、親友、恋人。
だれが相手でも容赦なく殺せる冷徹さ。
それこそが生き残るために必要なものだ。
あの世で俺の教えを噛み締めな」
冒険者ギルドで仕事仲間として青年と顔を合わせていたハンスは、彼の力量をある程度、把握していた。
青年は何度も過酷なダンジョンへ足を運び、死亡した冒険者の遺体を持ち帰って実績を重ねた。その実績こそハンスに警戒心を与えてしまった要因なのだ。
「葬儀屋ぁ……この子を死なせたくないだろ?
だったらそのナイフで自害しろ。
テメェが死んだらこの子を解放してやる」
「だめぇ! そんなことしたらダメ!
戦って下さい!
私のことなんか見捨てて……」
「おうおう健気だなぁ。
泣かせるじゃねぇか。
こんな子を死なせたくないよなぁ!
どうすんだよ、葬儀屋ぁ!」
自分の腕からナイフを引き抜く青年。
このまま自害したところで、少女が助かる見込みもない。
従うつもりはないが、敵を倒す算段もない。
おそらくだが……ハンスは最初から、冒険者たちを弾除けにして使い捨てるつもりだったのだろう。
少女に狙いを定めていたのも計画の内だった。
行動に迷いがなさすぎる。
「はぁ……」
自分の情けなさにため息が出る。
この状況を切り抜ける手立てが全く思いつかない。
どうすれば少女を救えるだろう。
どうすれば……。
手立てを失った青年は強硬手段に打って出る。
ゆっくりと二人の方へ歩き始めた。
「おっ……おい。
聞こえなかったのかよ⁉
この女を――」
ハンスは少しだけ動揺した。
その瞬間を見逃さなかった。
別に少女を無傷で取り戻す必要もない。
最悪、死なせなければいいのだ。
彼女を取り戻すことだけを考えろ。
ハンスは殺してしまっても構わない。
バラバラに引き裂いて肉塊に変えてやれ。
万が一少女が死んでしまったらその時は――
「てめぇ! このやっ……いてぇ!」
ハンスの腕に少女がかみつく。
腕に少女が噛みついたことで一瞬の隙が生まれた。
その一瞬のうちに青年は二人へと近づき……そして、ハンスの腕に触った。
「捕まえた」
青年の冷たい声が響く。
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