第39話 お前らを確実に殺すために
「はぁ……何もかもお見通しってわけか。
正直、侮ってたぜ、葬儀屋」
ハンスはそう言って、胸元からペンダントを取り出す。
ヒリムヒルが身に着けていたのと同じものだ。
「それを身に着けていたから、
アナタはゾンビに襲われなかったんですね」
「ああ……さすがにばれたか。
まぁ、あれだけ露骨に避けられたらな。
そら気づくか……ククク」
本性を現したハンス。
口端を釣り上げてにやりと笑う。
死体かつぎの母体から逃げている時、立ちふさがったゾンビはハンスを避けて不眠症と鎌鼬の二人を襲った。
アンデッドは近くにいる敵を優先的に襲う習性があるので、その挙動を取るのはおかしい。
それに、青年と少女が逃げている時に行く手をゾンビの群れに塞がれたが、ハンスは更にその奥にいた。
ゾンビの群れが近くにいるのに彼だけ先へ進めたのも、ペンダントの効果があったからだろう。
ヒリムヒルからペンダントを奪うにしても、そのタイミングがなかった。
ハンスが同じものを所持していると考えた方が納得はいく。
「ううん……」
少女は悩まし気に眉を寄せる。
「私には分かりません。
誤魔化そうと思えば誤魔化せたのに……。
どうして自分から自白しちゃったんですか?」
「自白もなにも。
ハンスさんは隠すつもりなんてなかったんだよ。
ここに現れたのは遺体を奪うため。
ターゲットに警戒された時点で作戦は失敗したんだ」
「おいおい、失敗だなんて決めつけるな。
気が早いぞ……葬儀屋ぁ」
ハンスはゆっくりと右手を挙げた。
すると、物陰に隠れていたガラの悪い冒険者たちが姿を現す。
「仲間がいたんですね」
「ああ、お前らを確実に殺すために集めたんだ。
備えあれば憂いなしって言うだろ」
「もしかして他の皆はもう……」
「あいつらは多分まだ深層にいるぞ。
ここへ来られないように道を塞いだからな。
いまごろ死体かつぎの餌食になってるだろうよ」
ハンスはそう言って爆発物と思われる筒を取り出した。
抜け道を昇っている時に聞こえた音は、他の仲間の行き先を塞ぐために起こした爆発のものだったのだろう。
「あの……
どうしても僕たちを殺すつもりですか?
遺体の所在が分からなくなれば、
目的は達成されると思いますけど」
「やるとしたら徹底的に、だ。
詰めの甘さは命取りになるんだよ。
それに……
計画を知った奴は全員消せって言われてる。
悪いがお前たちにはここで死んでもらう」
ハンスは剣を鞘から引き抜きながら言う。
他の冒険者たちもそれぞれ武器を手に取った。
話し合う余地はない。
説得は不可能。
青年はふぅとため息をついて問いかける。
「最後に理由を聞かせてもらえますか?
どうしてこんな依頼を?」
「はんっ」
愚問とばかりに失笑するハンス。
「金がたんまりもらえるんだよ。
それこそ、一生遊んで暮らせるほどにな」
「お金? そんなことのために皆を?」
「ああ……人殺しなんて慣れっこだからな。
金さえもらえればなんでもいい。
それによぉ……俺だってなぁ……夢見てんだよ!
何不自由なく暮らせる人生ってやつをよぉ!」
ハンスは叫んだ。
彼は一介の冒険者でありながら、ギルドをまとめる長としての役割も果たし、立派に働いていた。
周りからの評判も悪くなかったと青年は記憶している。
そんな彼でも、もっと沢山のお金が欲しいと思ってしまうのだ。
労働で得られる賃金ではとても満足できない。
だから――人の道から外れるような悪行に手を染めてしまう。
誰もが裕福な暮らしを夢見ている。
明日をも知れぬ毎日から抜け出して、寝心地の良い布団にくるまって惰眠をむさぼりながら、美味しい物を食べて、のんびりと暮らしたい。
彼もまた、そう願っていたのだ。
ただそれだけのこと。
「でも、ハンスさん……!
私に話してくれましたよね⁉
苦労も多かったけど、今は幸せだって!
一度は詰んだ身でずっとボッチだったから、
仲間と一緒にいる時間が何よりもありがたいって!」
「そこまで話してねぇよ」
「言ってました!
私の中のハンスさんは言ってました!」
「いや、マジで意味が分からねぇ」
さすがのハンスも少女の言葉には困惑している。
いい加減に空気を読んで欲しいと青年は思った。
「だがまぁ……嘘じゃなかったぜ。
昔と比べたら今はずっと幸せだ」
「じゃぁ……どうして⁉」
「言っただろ、夢を見てるって。
早くこの生活から抜け出してぇんだ。
冒険者なんて仕事から足を洗いてぇんだよ。
もう何もかも終わりにしてドロップアウトしてぇ。
そう思うのは悪いことじゃないはずだ。
なぁ……アンタもそう思わないか?」
「…………」
少女はしばらく黙っていたが、少ししてこう答える。
「いえ、思いません。
だって冒険ってすっごく楽しいじゃないですか。
冒険をやめるのは嫌です、私」
「はっ、本気で言ってんなら頭がどうかしてるぜ」
「
その女、俺たちで好きにしていいですよね?」
冒険者の一人がハンスに尋ねた。
集められた者たちが最低最悪の連中だと、今の一言で分かる。
「奴隷にして売った方が儲かるんだが……。
生かしておいたら面倒だからな。
最後にちゃんと殺せば何をしてもかまわねぇ。
もちろん……男の方も、な」
「へへへ、そう来なくっちゃ!」
欲望にまみれた視線を二人へと向ける冒険者たち。
女性を手にかけることをなんとも思っていないクズ共。
青年は忘れかけていた怒りの感情を少しだけ思い出せた。
「行くぜ、葬儀屋。
まぁ……悪く思うな」
ハンスが指で指示を送る。
じりじりと四方から距離を詰める冒険者たち。
「ねぇ……目をつむってくれないかな?」
青年は背負子を下ろしながら、小声で少女に言う。
「え? どうしてですか?」
「お願いだから、少しだけ目を閉じていて。
すぐに終わるから」
「終わるって……え?」
背負子を下ろした青年は短剣を構える。
「そんなボロボロの武器で何ができるってんだ?」
冒険者の一人が馬鹿にしたように笑った。
確かに、こんな物で戦うことなどできない。
捨ててしまっても構わないだろう。
青年は短剣を放り捨てた。
カチンと音を立てて刃が落ちていた石にぶつかる。
その音が聞こえた瞬間、青年の姿が消えた。
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