第38話 あいつが死んだかどうかなんて知らねぇよ

「おお、二人とも無事だったのかぁ!」


 現れたのはハンス。

 彼は笑顔でこちらへと歩み寄ってくる。


「止まって下さい、ハンスさん」


 短剣を引き抜き、その切っ先を彼へ向けて青年が言う。


 先ほどの戦いで刃先が欠けてボロボロの状態。

 役に立つとはとても思えない。


「おいおい、急にどうした葬儀屋?

 俺はアンデッドなんかになっちゃいねぇぞ」

「ええ、アナタは生きている。

 アンデッドなんかじゃない。

 だから……余計に怖いんですよ」

「へぇ、俺のどこが怖いって?」


 途端にハンスは剣呑な目つきになる。

 彼はゆっくりと鞘に収めた剣の柄に手を当てた。


「あのー。急にどうしたんですか?」

「君は黙ってて。あと、ちょっと下がって」

「あっ、はい」


 少女は言われた通り、素直に一歩下がった。

 それでいい。


「聞きたいことがあります。

 ザリヅェさんに毒入りのクッキーを持たせ、

 影武者の人に渡すようことづけたのはアナタですか?」


 青年が問うとハンスは失笑する。


「ふっ、なんで俺だと思うんだ?」

「この子の上級鑑定魔法で過去の記憶をたどりました。

 ギルドからの贈り物だと言って、

 ザリヅェさんがクッキーを渡す光景が見えたんです」

「へぇ……それで?」


 ハンスは落ち着いている。

 いや……平静を装っていると言った感じがする。


「アナタは言っていましたよね?

 ギルバード一行は冒険者ギルドに立ち寄っていないと。

 それに、この街へ来ていることも知らないと言った。

 なのに彼はギルドからの贈り物を受け取っていたんです。

 ギルド長であるアナタが知らないはずがない。

 僕に嘘をつきましたね?」

「それだけで、俺がそいつを殺した犯人だと?」


 ハンスは目をそらさず青年を見ている。

 おぼろげだった疑念が確信へと変わっていく。


「ええ、ザリヅェさんに聞けば分かります。

 誰がクッキーを渡すように言ったのか。

 それさえ分かれば真相は明らかになるでしょう」

「はぁん……ザリヅェから話を……ねぇ」


 意味ありげに笑うハンス。

 この反応は――


「まるで彼からはもう話が聞けないような反応ですね」

「はんっ、アイツが死んだかどうかなんて知らねぇよ」

「彼はまだ生きてますよ。

 僕と彼女で助けたんです」

「…………」


 青年がそう言うと、ハンスは無言のまま鼻の頭を指で撫でた。

 どう発言すればいいか迷っているように見える。


「あいつは嘘つきだからなぁ。

 本当のことを話すとは思えねぇぞ」


 ハンスは落ち着いた口調で言う。


 だが……しばらく返答を留保したうえで、この発言である。

 誤魔化そうとしているようにしか思えない。


「それによぉ……葬儀屋。

 俺がその影武者を殺したところで、

 一体なんのメリットがあるってんだ?」

「直接的なメリットなんてないでしょうね。

 依頼人が得をするだけでしょう。

 アナタは仕事を請け負って報酬を手に入れる。

 それが動機です」

「はっ」


 やれやれとかぶりをふるハンス。

 焦っているのが手に取るように分かる。


「じゃぁ、誰かさんの依頼を受けた俺は、

 死体を持ち帰ろうとするお前らに協力して、

 こんな危険なダンジョンに潜ったってことか。

 いくらなんでもおかしいだろ」

「アナタが僕に同行を申し出たのは、

 この子の存在が原因じゃないですか?

 彼女を放っておいたら都合が悪いですからね」

「…………」


 青年はちらりと後ろにいる少女の方へ視線を送る。

 ハンスは無言で彼女を凝視していた。


「あのぉ……私さっぱり分からないんですけど。

 どうして私がいると都合が悪いんですか?」


 少女の疑問に青年が答える。


「記憶を読む上級の鑑定魔法が原因だよ。

 ダンジョンに潜る前から違和感はあったんだ。

 ハンスさんは君が上級の鑑定魔法を使えるって分かって、

 執拗に一緒に連れて行くように迫っていたでしょ?」

「え? そうでしたっけ?」


 少女は覚えていないようだが、青年はハッキリと記憶している。


 彼女が光の障壁を作り出したことで、優れた魔法の使い手であることが分かった。

 上級の鑑定魔法が使えるのも嘘ではないとハンスは思ったのだろう。


 だから……共にダンジョンに潜る決断を下したのだ。

 真相が明るみになる前に、自分の手で証拠を消すために。


「ハンスさんは最初から君を殺すつもりだったんだよ。

 ダンジョンの中なら、いくらでもその機会はあるからね」

「うわぁ、怖いですねぇ」


 自分自身に危機が迫っていると知っても、全く動じないで他人事のようにふるまう。

 呑気なものである。


「ヒリムヒルさんに対する反応も変だった。

 僕が彼に不信感を抱いたのは、あの時だ」

「どうしてですか?

 ヒリムヒルさん、普通にクズでしたし。

 殺そうとしてもおかしくないと思いますよ?」

「だとしても、あの反応は変だったよ。

 彼が生きていたら都合が悪かったんだ」

「ハンスさんが、ですか?」

「正確には依頼人が困る、かな」

「…………」


 ハンスは無言を貫いている。

 殺意のこもった視線を青年へ向けている。


「依頼人?」

「うん……これは推測なんだけど……。

 依頼人は影武者を狙っていたんじゃないかな」

「本物のギルバードじゃなくて?」

「だと……思う。確証はないけど……ね」


 そう考えると辻褄があうのだ。


 ハンスが少女やヒリムヒルを危険視したのは、死亡したのが影武者であることを知られたくなかったから。

 だから――狙われていたのはギルバード本人ではなく、影武者の方・・・・・だったと青年は推測する。


「それに――

 ヒリムヒルさんが所持していたあのアイテム。

 一目見ただけで効果を判別できたのは変だ。

 アイテムの鑑定には魔法を使うか、

 専門家の知識がなければ難しいからね」


 にもかかわらず、ハンスがアイテムの効果を見抜いたのは――


「ハンスさん、あなたは……

 アンデッド属性付与のアイテムを所持していますね?

 ヒリムヒルさんが持っていたのと同じものを」

「…………」


 青年の問いにハンスは沈黙する。


 しばらくして彼は観念したように口を開いた。

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