第37話 嘘をつく時に

 死体かつぎの母体が使役するアンデッドを無力化することに成功した二人は、出口を目指して走り続けた。

 仲間たちとの合流は果たせていない。

 それでも外へ出られれば――


「葬儀屋さん! 名前教えて下さいね!」

「外へ出たらね!」

「今教えて下さいよ!」

「ダメだよ! 後にして!」


 しつこく名前を教えろと訴える少女。

 悠長に自己紹介している暇などない。


 それに、ここで名前を告げてしまったら、希望が途絶えてしまうような気がするのだ。




 ちりん、ちりん。




 再び鈴が鳴るようになった。

 彼女のお陰だろうか?


 青年は少しばかり安堵しているが、それでもまだ気は抜けない。

 地上へ出るまでは、まだ。


「あの虫、追ってきてませんよ」

「どうやら……そう……みたいだね」


 歩調を緩める二人。

 背後にはただただ暗闇ばかりが広がっている。


 死体かつぎはどうやら追うのを諦めたようで、後ろを振り向いても姿どころか気配すら感じず、母体はおろか手下の幼体でさえ見当たらない。


「「ふぅぅぅぅ」」


 ようやく魔の手から逃れたと安堵してため息をつく二人。

 出口はまだ先だが、ひとまず危機は去ったようだ。


「諦めたんでしょうか?」

「まだ分からないよ。先を急ごう」

「その前に治療をしないと!

 傷口を見せて下さい!」

「え? ああ……そうだね。

 ありがとう」


 青年が傷口を露出させると、少女は治癒魔法を使った。

 暖かい光に包まれた途端に痛みが引いて出血も止まる。


 実に見事。

 傷はあっという間に癒えて塞がってしまった。


「どうですか?」

「いいよ……すごくいい。

 まったく痛くないし、自由に動かせる!

 怪我をする前よりも調子がいいよ!」

「えへへ、良かったです」


 青年は決して大げさに言っているのではなく、治療によって回復したばかりか、バフがかかったように調子が良くなったのだ。

 やはり魔法の天才だと思う。


「これで……また戦えますか?」

「え? ああ……うん。

 戦えると思うけど……」

「葬儀屋さんって、実はとっても強かったんですね。

 沢山の敵を相手に戦って生き残れるなんて……」

「…………」


 少女は青年が倒したアンデッドと死体かつぎの幼体の亡骸を目にしたのだろう。

 言うまでもなく、倒したのは青年だ。


 他に仲間もいなかったし、ごまかしも利かない。

 嘘をついても無意味だろう。


「うん……僕が倒したんだよ」

「やっぱり! すごい!

 戦ってるところ見たかったです!」

「いや……」


 目を輝かせる少女を見ていると、胸が苦しくなる。

 彼女に自分が戦っている姿を見られたくない。


 勇者の血が青年を化け物に変える。


 もし戦う姿を見られたら、彼女も青年の正体に気づくだろう。

 化け物だと罵るかもしれない。


 心を病んだ父は、勇者の力で家族を皆殺しにした。

 自分にも父と同じ勇者の血が流れていることを、青年は知っている。

 力の使い方を誤れば恐ろしい結果に繋がることも。


 あまりに強大な力は、その所持者を悩ませる。


 青年は師匠を失って以来ずっと孤独に過ごしてきた。

 今更……誰かに打ち明けられるはずもない。


「悪いけど、戦いは僕の本分じゃないんだよ。

 それに見世物じゃないし……」

「あっ……そうですよね、すみません。

 興奮しちゃって、つい……」


 普段のあっけらかんとした態度とは違い、少女はしょんぼりと眉を垂らして申し訳なさそうにしている。

 そんな彼女の姿を見ていると胸が痛んだ。


 自分の正体を隠したままでよいのか。

 もし黙っていたら、地上へ出てパーティーを解散して、そのままである。

 二度と会うこともない。


 青年は更に胸が苦しくなった。


「……あのっ!

 このまま安全に出られるといいですねっ!」

「そっ……そうだね」


 少女の言葉にぎこちなく返事をする青年。

 二人の間に微妙な空気が漂う。


「そう言えば……思い出したんだよね」

「何をですか?」


 青年はなんとなく口を開いた。

 沈黙したまま歩くのも気まずい。


「人って嘘をつく時に、

 視線が右を向くって聞いたことがあるんだ」

「へぇ……そうなんですか」

「でも、利き腕が左手の人は、左側を見るんだって」

「嘘をついてる時に?」

「……うん」


 青年が頷くと、少女はハッとした表情を浮かべる。


「じゃぁ、あのお話は本当だったんだ!」

「え? なんのこと?」

「いえ……途中で休憩した時に、

 昔話を聞かせてもらったんですよ。

 話し手さんが右を見てたのを思い出しまして。

 確か左利きだったんですよぉ、その人」


 少女にも何かしら思い当たる節があったようだ。


 この手の話は日常生活でも役に立つ。

 覚えておいて損はないだろう。


 モンスターに出くわすこともなく、順調に地上へ近づいている。

 このままいけば無事に外へ出られるかもしれない。


 一難去ったが、まだ何か起こるのではと胸騒ぎを覚える青年。

 こういう予感は当たるのだ。



 ――ほぼ確実に。



 しばらく歩き続けた二人は、広めの空間へと出る。

 そこは脱出時に待ち合わせに指定していた場所。

 離れ離れになったメンバーとはここで落ち合う予定になっていた。


 不眠症も、鎌鼬も、吟遊詩人のヒリムヒルの姿も見えない。

 ただ一人姿を現したのは――

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