第6話 葬儀屋の仕事

 青年はからの背負子しょいこを担ぎ、護身用の短剣とカンテラを携えて、ダンジョンの奥深くを目指して歩いて行く。


 荷物は背負子しょいこにぶら下げた銀の杭と金槌。

 そしてわずかな食料のみ。

 一応、護身用の短剣も持っているが、これを使うことは滅多にない。

 たとえモンスターが相手でも戦いはできるだけ避けたいのだ。


 ダンジョンは地下深くアリの巣状に張り巡らされた巨大な洞窟。

 今までに何人もの冒険者が犠牲になっている。


 引き返すのが困難な場所まで行かないと、新鮮な死体・・・・・は見つからない。


 見つかったとしても、すぐに仕事に繋がるわけではない。

 依頼人である冒険者仲間が傍にいればその場で交渉できるが、置き去りにされた死体は持ち帰った後で身元を割り出さないといけない。身元が分からないままだと下手をすればタダ働き。身元が判明しても今度は遺族と交渉しなければならない。

 利益を出すにまでにかなり苦労する。


 師匠はいつも言っていた。

 人柄をかぎ分けられる嗅覚を鍛えろと。



 死体には匂いがある。



 死臭とは違う人となりを表す匂い。


 その人物が生前にどのように生きていたか見極めろ。

 置き去りにされた死体でも金になる場合がある。


 師匠はそう言ってニヤニヤと笑っていたっけ。

 最後まであの下卑た笑みを好きになれなかった。


 そんなことを考えていたら、さっそく仕事にありつけた。


 ダンジョンの中層。

 死体を見守るようにたたずむ一人の少女がいた。

 右手には魔法使い用の杖を携えている。

 年齢は青年と同じくらい。


 明るめの茶色い髪の毛をおさげにして両肩から垂らしている。

 服装は僧侶が良く着る白いローブ。

 あか抜けない印象を受ける少女だった。


 杖の先端には宝玉がはめ込まれており、そこに明かりが灯されている。

 ぼんやりとした光が、彼女の足元に置いてある・・・・・の男性を照らしていた。


 男性は膝を抱えるように小さく固まっており、身体を縄で縛りつけられている。

 まるで置物のように扱われているそれは、すでに魂を持たぬ抜け殻であると一目で分かった。


「こんばんは、冒険者の方ですか?」

「え? あっ、はい。その……こんばんは?」


 夜の挨拶に首をかしげる少女。

 どうやら時間の感覚がなくなっているらしい。


 ダンジョンの中で時間の感覚が消失するのはよく聞く話である。


「その方、もう亡くなってますよね?

 お仲間ですか?」

「え? あっ、はい……そうです」

「他のパーティーメンバーは?」

「私たちを置いて深層へ向かいました。

 ここで葬儀屋を待てと……あの」


 少女は何かを察したように、青年がかつぐ空の背負子を見やる。


「もしかして……あなたが葬儀屋さんですか?」

「はい、そうです」

「よかったぁ!」


 少女は両手で杖を抱え、へなへなと崩れるように膝をつく。


「わっ……私一人でずっと不安で……」

「怖かったでしょうね。

 ダンジョンに潜るのはこれが初めてですか?」

「いえ、子供のころから何度も」


 意外な返答に驚く青年。

 しかし、表情は崩れない。


 彼はずっと笑顔のままだ。


「へぇ……何度も」

「あっでも。今回が初めての仕事でして」


 そう言うことか。

 青年はなんとなく察した。


 身寄りのない子供を引き取って育てる冒険者は多い。

 幼いころから冒険者と共にダンジョンへ潜っていた彼女だが、今回は仲間と離れ、独り立ちして依頼を受けた。

 ――そんなところだろう。


 言われてみれば、確かに。

 年齢の割に落ち着きすぎている。


 仲間が死んでいるのに涙一つ見せない。

 人の死を目の当たりにするのは、これが初めてではないはずだ。


「お疲れさまでした。

 死体の番は緊張したでしょう」

「ええ、それはもう」

「早速で申し訳ないのですが――

 お仕事のお話をしてもよろしいですか?」

「はい、よろしくお願いします」


 少女は落ち着いていた。

 やはり人の死に、慣れている。


 ご遺体は名の知れた家の者だそうで、無事に地上まで送り届ければまとまった金がもらえるらしい。


 しかしこの人。

 いったい何者なんだろうか?


 青年はその遺体を見て違和感を覚えた。

 この人物と会ったことがあるような気がしたのだ。

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