第2話 葬儀屋

 ここはダンジョン。

 暗い、暗い洞窟の奥の底。


 何人もの冒険者たちが地に伏す一人の男を囲んでいる。


「セト……いい奴だったのにな」

「ああ、残念だ」


 男はすでにこと切れており、顔からは生気が失せていた。

 彼を囲む冒険者たちが重苦しい表情を浮かべて寂しそうに話していると、どこからか鈴の音が聞こえてくる。



 チリン、チリン。



 彼らの元へ腰の曲がった老人が姿を現した。


 老人は右手にランタンを持ち、首に鈴を下げ、背中に木で組まれた背負子しょいこをかついでいる。

 その傍らには幼い少年の姿もあった。


「へへへ、入り用ですか? 冒険者様がた」

「ちっ、なんでタイミングよく現れるんだ、いつも。

 お前には死人の匂いが分かるのかよ」


 冒険者のリーダー格である男は、忌々し気に舌打ちをする。

 しかしその面持ちはどこかホッとしたようにも見える。


「へへへっ、これが仕事なもんで」

「あんまりいい気分じゃないが、助かった。

 セトを地上まで運んでくれないか?

 みんな、悪いが手持ちの金を全部出してくれ」

「え⁉ 全部ですか⁉」

「くっそー! マジかぁ……」


 文句を言いながらも、しぶしぶ手持ちに金を出す冒険者たち。

 集まったのはわずかな小銭と数枚の銀貨のみ。


「これで足りるか?」

「ええ、お気持ちとして受け取っておきますよ。

 おい……坊主。これを」

「はい」


 老人は受け取った金を傍にいた少年に手渡す。


 まだ10歳にも満たない幼い少年は、粗末な革袋を取り出してその中に金を入れた。


「……なんだそのガキは」

「あっしも身体にガタが来てましてね。

 “さぽーとよういん”が必要になったんでさぁ。

 子供は素直だし、呑み込みも早い。

 なにより……替えが効く」


 にんまりと笑う老人。

 リーダー格の男は忌々し気に唾を吐く。


「ぺっ、外道が」

「そう言うアンタたちも、ほら……その子」


 老人が視線を向けた先には、大人の冒険者に交じって行動を共にする少女がいた。

 少女は老人に見つめられて怖くなったのか、他の冒険者の背中に隠れた。


「この子は親を亡くして行き場がないんだ。

 大人になるまで俺たちが育てると決めた」

「へへっ、大人になってもどうせ冒険者になるんでしょ?

 あっしがしていることと何が違うんです?」

「ふん……」


 老人の言葉を聞いて、不機嫌そうに鼻を鳴らすリーダー。

 それ以上、お互いにやり取りはなされなかった。


 老人は懐から銀の杭と金槌を取り出すと、落ち着いた手つきで地に伏す男の胸に着きたてる。



 カン、カン、カン。



 真っ暗な洞窟に杭を打ち据える音が響く。

 辺りは異様な緊張感に包まれ、誰もが口を閉ざす。



 カン、カン、カン。



 魔物たちもこの音に恐れをなしたのか、周囲から気配が消えうせた。



 カン、カン、カン。



 ようやく杭が最後まで突き刺さった。


 老人は遺体を縄で縛って背負子に乗せ、軽々とかつぎあげると何も言わずに歩き始めた。

 少年はカンテラを持ってその後に続く。


 二人の背中を見送る冒険者たち。

 少女がぽつりとつぶやく。


「あの人たちって……」

「奴はダンジョンで死体運びを生業とする専門業者だ。

 仲間内では葬儀屋って呼んでる」

「え? 葬儀屋さん? あの人が?」


 少女は信じられないというような顔をする。


 この世界で葬儀を執り行うのは聖職者と相場が決まっている。

 しかし、あの老人は浮浪者のような見た目をしていた。


 とても聖職者には見えない。


「俺たちにとっての葬儀屋であることに違いない。

 死体を放っておいたらアンデッドになっちまうからな。

 人間のまま、人間として、元の世界へ戻してくれる。

 死んだ仲間を救えるのは、あいつらだけなのさ」


 リーダー格の男が言い終わる頃には、すでに二人の姿は闇の中へと消えていた。

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