第30話 地獄のような

「早くしろ! 追いつかれるぞ!」


 声の主はヒリムヒル。


 彼は炎上する虫たちを岩の上から見下ろしている。


「全てを焼き尽くす浄化の炎よ。

 悪しき者たちに灼熱の屈辱を与えよ。

 彼らの魂を根こそぎ焼き払い、

 全てを灰に、全てを無に帰せ。

 ファイアストーム!」


 ヒリムヒルは早口で詠唱を済ませ、連続で魔法を発動していく。

 放たれた炎の渦が、光の壁によって足止めされていた蟲たちを容赦なく焼き払う。


 炎に焼かれたアンデッドが形を保てなくなり、背中の肉塊からずるずると崩れるように落下している。


 さながら地獄のような光景に、誰もが足を止めて目を見張った。


「――全てを無に帰せ。

 ファイアストーム!」


 とどめとばかりに再度魔法を発動するヒリムヒル。

 数回にわたって放たれた炎を免れたものは一匹たりともいない。


「はーっはっはぁ!

 これが吾輩の力だぁ!

 恐れ入ったか!」


 ヒリムヒルは高笑いをする。

 調子に乗って気をよくしているが――




 ばりー―――ん!




 ガラスが割れるような音が聞こえた。

 光の壁が破壊されたのだ。


 死体かつぎの母体が炎の中からゆっくりと姿を現した。


 炎によって消し炭となった我が子の亡骸を踏みしめながら、焼かれることを恐れずに歩き続ける母体。

 あまりにおぞましいその姿に、さすがのヒリムヒルも恐れをなしたようで。


「ひぎぃぃぃぃ! あんなの無理ぃ!」


 一目散に逃げだして、あっという間に先頭の鎌鼬を追い抜いてしまった。


「待て! 一人で逃げるな!」


 慌ててハンスが後を追うが――


「くそっ! ゾンビだ!」

「待ち伏せかよ!」


 ヒリムヒルが走り抜けた道の奥から複数体のゾンビが出現。

 一同の行く手を塞ぐ。


「くそっ! 邪魔するんじゃねぇ!」


 剣を抜いたハンスが切りかかる。

 しかし、ゾンビが身に着けている装備品が邪魔でなかなか刃が通らない。


 おそらく彼らはギルバードの影武者と共にダンジョンに潜った付き人たちだろう。

 身に着けている装備が普通の冒険者よりも上等である。


「うわぁ! こっちに来たぞ!」

「落ち着け、バカ」


 奮闘するハンスの横を通り過ぎ、ゾンビたちは不眠症と鎌鼬に襲いかかる。


「くそっ! なんで俺たちばかり!」

「早くしろ! 間抜け!」


 もたつく不眠症を守ろうと鎌鼬は複数のゾンビを相手に戦うが、一人では殲滅できない。

 数体を相手に手間取っている間にも、二人の元へ他のゾンビが殺到する。


 背後からは死体かつぎの母体が近づいて来ていた。


 少女は続けて光の壁を作って足止めを試みるが、やはり先ほどと同じように破壊されてしまった。

 このままでは全滅はまぬがれない。


「ええいっ! お前らは先に行け!

 ここは俺がなんとかする!」


 ハンスが剣を振り回しながら叫ぶ。

 彼はゾンビを背後から力任せに薙ぎ払い、次々と打ち倒していく。

 お陰でヒリムヒルが逃げた方向の道が開けた。


「ひいいいい! いそげぇ!」

「バカ! 置いてくな!」


 不眠症は一目散に逃げだす。

 鎌鼬も慌てて後を追った。


「葬儀屋ぁ! 悪いが殿しんがりを頼む!

 その子と一緒に足止めしながら逃げてくれ!」

「……分かりました!」


 無茶ぶりだが仕方がない。

 他に足止めができる者がいないのだから。


「行こう!」

「はっ、はい!」


 青年は少女の手を引いて走りだす。

 死体かつぎの母体はすぐそばまで迫って来ていた。


 ハンスはゾンビを数体打ち倒して、すぐに行ってしまった。

 最後尾に置いて行かれた二人は逃げ道を塞がれる前にフロアから脱出しなければならない。


 ヒリムヒルも、不眠症と鎌鼬も、もうずっと遠くへ逃げてしまっただろう。

 この状況でバラバラになるのは悪手だが、背後からは母体が迫っている。

 乱れた足並みを整える暇はない。


 暗い洞窟の中を走り続ける二人。

 少女は息を切らして苦しそうにしているが、休憩している暇などなかった。


「ここに結界を張って!」

「分かりました!」


 青年は少女に頼んで狭い道や部屋の入口に結界を生成してもらい、死体かつぎの幼体が追って来られないように封をする。


 少しばかり時間が稼げるが、結界で道を塞いだから安全というわけではない。

 光の壁と同様に死体かつぎの母体によって破壊されてしまうはずだ。


「次はどっちに逃げればいいんですか⁉」

「多分……こっちだ!」


 逃げ道を選ぶ青年だが、進むにつれて不安になって来た。

 果たしてこの道で合っているのだろうか?

 間違っていないだろうか?


 一度、頭をもたげた不安は次第に大きくなっていく。

 ハンスの姿も見えなくなった。


 もしもの時は勇者の力を発動するしかない。

 だが……少女を巻き込んでしまわないだろうか?


 勇者の力が暴走したらきっと少女も家族のように――


「おーい! こっちだぁ!」


 前の方からでハンスの声が聞こえて来た。

 思わず安堵のため息を漏らす。


 どうやら道は間違っていなかったようだ。

 分かれ道を声が聞こえて来た方へ進む。

 これでようやく仲間と合流でき――


「止まって!」


 青年は足を止めて叫ぶ。


「え⁉ どうしたんですか?!」

「ぞっ……ゾンビが……!」


 目の前に立ちふさがるゾンビの群れ。

 10体近くいるだろうか?


 この数の敵を相手にするのは無理だ。

 勇者の力を使えば別だが……。


 どうすべきか迷っている間にも、ゾンビの群れが迫ってきている。

 青年は決断できずにいた。

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