第15話 死体かつぎ

「あのぉ……“したいかつぎ”ってなんですか?」


 少女が問うので、青年は簡単に説明した。


 死体かつぎ。

 その名を聞いた冒険者は震えあがる。


 ダンジョン内で死亡した冒険者や他のモンスターの亡骸を背負い、アンデッド化させて獲物を狩る昆虫系のモンスター。

 カメムシのような形状をしており酷い悪臭を放つ。


 死体を山のように担いだその様は、まるで肉団子のよう。

 一目見るだけで食事が喉を通らなくなるという。


 発生すること自体が稀であるが、ひとたび現れると無数の子を産み落として群れを成し、ありとあらゆる生物を狩りつくしてダンジョンを占領。

 アンデッドを大量に背負いながら地上へと這い出して、大きな被害をもたらす災害のような存在。


 それが“死体かつぎ”である。


「うわぁ、こわいですねぇ」


 なんとも間の抜けた反応。

 今の話を聞いていただいた感想がそれなら、彼女の天然ぶりは度が過ぎている。


「死体かつぎが湧いたとなると……まずいですね」

「ああ、どの道やべぇことになる。

 さっさと逃げた方が身のためだぞ」


 ギルド長が小声で言った。


 死体かつぎのように、大きな被害をもたらすモンスターのことを災害級と呼称する。

 この等級に該当するモンスターが発生した際は、全ての冒険者がダンジョンから退避して外で迎え撃つことになる。

 死体かつぎは大量のアンデッドを使役するので、討伐には軍隊級の戦力が必要になるだろう。


「領主さまに報告は?」

「部下を向かわせたが……もぬけの殻らしい。

 王太子が死んだって聞いて、

 責任を追及されるのを恐れて逃げたんだろう」

「最悪、死罪もありえますからね……

 妥当な判断でしょう」

「冷静にそう言いきっちまうお前さんも、

 どうかしてると思うぜ、俺は」


 先ほどから顔色一つ変えない青年を見て、ギルド長はあきれ顔で言った。


「それで……死体かつぎが出たって聞いても、

 王太子の遺体を回収するつもりなのか?」

「はい、もちろんです。それが僕の仕事ですから」


 青年は臆することなく答えた。


「はぁ……マジか。

 本当にすげぇ奴だよ、お前さんは。

 でも、今回ばかりはやめとけ。

 絶対に無理だ」

「だとしても僕は行きます。

 放っておいたら何が起こるか分からない。

 せめて遺体を回収できれば――」

「蘇生できるかもしれねぇけどな」

「ええっ⁉ ギルさん助かるんですか⁉」


 二人の会話を聞いていた少女が大声を上げた。


「うん……特別な儀式を行えばね。

 一般人には蘇生の儀なんてやらないけど、

 王太子様は特別だし、やってもらえるでしょ」

「じゃぁ、戦争を回避できるんですか⁉」


 顔を鼻先まで近づけて問う少女。

 大きく見開かれた瞳に青年の姿が映っている。


「まぁ……うん……」

「それなら私も協力します!」

「……え?」

「私も協力します!」


 同じ言葉を繰り返す少女。


「いや……無理だ。

 君みたいな素人同然の女の子を連れて行くなんて。

 遊びじゃないんだよ?」

「そんなの最初から分かってます。

 こう見えても魔法の扱いには自信があるんですよ」


 両手を腰に当ててどや顔で言う少女。

 青年は思わず額に手を当てる。


「解毒もまともにできなかった君が。

 役に立つとはとても思えないな」

「いや……あれは!

 ちゃんとやったんですよ!

 でもなぜか上手くいかなくて!」

「別に言い訳をしなくてもいいよ。

 どちらにせよ、君を連れて行くつもりはないから」

「まっ、待って下さい! 私の力を見てください!」


 青年が冷めた視線を向けると、少女は必死に食い下がる。

 そして――突然、呪文の詠唱を始めた。


「全能なる我が神よ。

 邪悪な存在より我を守り給え。

 次元を隔てる幾重もの城壁により――」

「何をしても……え?」


 青年は少女が始めた詠唱の文言を聞いて耳を疑う。

 確かこの詠唱は――


「あらゆる悪意を隔絶せよ。

 ホーリーウォール!」


 少女が詠唱を終えると、いくつもの光の壁が周囲に錬成される。


 この魔法は敵の攻撃を防ぐ魔法。

 物理攻撃はもちろん、炎の魔法や雷の魔法など、ありとあらゆる攻撃を防ぐことができる。

 使い手の限られる強力な魔法である。


「おい……見たかよ、いまの」

「ああ、マジかよあの子」

「何者なんだ⁉」


 まだ幼い少女が上級魔法を使ったことで、あたりは騒然となった。

 冒険者たちが戸惑いの声を上げる中、少女はどや顔を浮かべながら言う。


「これで分かりましたか?

 私は足手まといになんてなりませんよ。

 連れて行ってくれれば絶対に役に立ちます」

「他にも上級魔法を使える?」

「はい、もちろんです。

 一通り勉強したので。

 治癒系はもちろん、解呪ディスペル退魔ターンアンデッドもマスターしてます。

 あと、上級の鑑定魔法も習得済みです!」


 次から次へと自分の使える魔法を列挙する少女。

 どこまで本当なのか分からない。


 しかし……先ほど防御魔法を使っていたので、もしかしたら本当なのかもしれない。


「上級の鑑定魔法?」

「アイテムの鑑定だけじゃなくて、

 物品の記憶をたどることもできるんです」


 割とどうでもいい魔法である。

 鑑定魔法であればある程度のレベルのもので十分だし、記憶をたどる力がダンジョンの中で役に立つことは少ない。


 ……と、思う。


「分かった。

 君が相当な実力者であると認める。

 僕と一緒に来てくれないか。

 むしろこっちからお願いしたい」

「やったぁ!」


 杖を両手で持って嬉しそうに飛び跳ねる少女。


 これから深層に潜って死体を回収すると言うのに、まるでピクニックにでも行くかのようなテンションである。

 同行を認めた青年だが、ちょっと心配になってきた。


「はぁ……何が起こるか分からねぇなぁ、本当に。

 まさかこんな女の子が現れるなんてよぉ」


 ギルド長はぼやきながら頭をかいている。


「こうなっちまったのも俺の管理不十分が原因かもしれん。

 ギルドのおさとして責任を取らせてもらおうか」

「え? じゃぁ……」

「俺も一緒に行くぜ。たとえ行き先が地獄でもな」


 ギルド長は苦笑いしながら言う。


 強力な助っ人が二人も現れたことで、青年は少しばかり気持ちが軽くなるのを感じた。


 普段から一人でダンジョンに潜っている青年だが、今回ばかりはいつもと勝手が違う。

 たった一人で死体かつぎと戦うことはできないし、敵から逃げてやり過ごすにも限界がある。


 上級魔法を扱える僧侶と、経験豊富な冒険者が力を貸してくれるのであれば、頭を下げてでも一緒に来て欲しいとお願いしたいくらいだった。


「よかった……助かります」

「他に誰を連れて行く?

 お前が望めば誰でもパーティーに入れられるぞ」

「いえ、護衛は一人いれば十分です。

 他は非戦闘系ジョブの人たちから選びます」

「え?」


 青年の言葉にギルド長は意外そうな顔をする。


「はい、今回の目的はモンスターの討伐ではなく、

 あくまで王太子のご遺体の回収です。

 血の匂いが沁みついた冒険者よりも、

 非戦闘系ジョブの方が適役なんですよ」


 青年はにっこりとほほ笑んで答えた。

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