第22話 名前

 ダンジョンの内部は閑散としていた。


 災害級のモンスターが出現したことにより、全ての冒険者が引き上げている。

 そのためダンジョンの中にいる人間は彼らだけ。

 誰かとすれ違うこともない。


 妙なことにモンスターの姿もほとんど見かけない。


 普段であれば階層を一つ降りるごとに数十体のモンスターとエンカウントするものだが、今回は10階層まで降りても雑魚と数回出くわしただけ。

 どうも様子がおかしいとパーティーの面々はいぶかしむ。


「モンスターまで逃げちまったみてぇだな。

 まるでただの洞窟じゃねーか」


 列の真ん中を歩く不眠症がぼやく。

 鎌鼬を先頭に、葬儀屋、不眠症、少女と続き、殿しんがりはギルド長が務め、一同は一列になって進んでいる。


 最初こそ気持ちが引き締まっていたものの、モンスターと全く出会わないことで次第に気持ちが緩んでいくのを誰もが感じていた。


 普段ダンジョンに潜る時とは全く異なる状況。

 まるで嵐の前のように、不気味な静けさが漂う。


「死体かつぎが他のモンスターを狩っているんでしょう。

 絶対数は決まっていますから、湧きが止まっているのかも」


 葬儀屋が言う。


 モンスターの絶対数はダンジョンごとに決まっており、一定の数以上のモンスターは発生しない……と言うのが通説らしい。

 なんでも魔王の力にも限りがあって、無限にモンスターを召喚することはできないとか。


 いまだにはっきりとしたことは分かっていないが、モンスターの数に上限があることは間違いないそうだ。


「ってことはよぉ……死体かつぎは相当な数のモンスターをアンデッド化したってことだろ?

 それも上限いっぱいまで」

「そう言うことになるかもしれませんね」

「うへぇ……帰りたくなって来た」


 不眠症がうんざりしたように言う。


「帰りたいなら、一人で帰れ。

 どうせ足手まとい」


 先頭を歩く鎌鼬が口をとがらせる。


「ああっ? 今テメェ、なんて言った⁈」

「鬱陶しい。黙れ、雑魚」

「二人とも! やめて下さい!」


 葬儀屋を挟んで口喧嘩を始める不眠症と鎌鼬。


「おいおい、待て! ここで喧嘩するのはなしだぜ!」


 最後尾にいたギルド長がさっと間に入って仲裁する。


 普段こわもての彼が想像もつかないくらいに柔和な顔つきになって、二人を諭すように宥めている。

 その様子を見て、葬儀屋はさっと最後尾へ移動。

 ポジションを交換したのだ。


 彼が間に入った方が、二人は大人しくなりそうである。


「なぁ、こんなところで喧嘩なんかしてないで。

 さっさと先へ進もうぜ!

 成功報酬が俺たちを待ってるぞ!」

「はいはい、分かりましたよ……んもぅ」

「……しかたない」


 ギルド長が明るい口調で促すと、鎌鼬は前を向いて歩き始めた。

 他のメンバーもゾロゾロと後へ続く。


 険悪になり始めた空気が一気に解消された。


「さすがですね、ギルド長さん」


 感心したように少女が言う。


「うん、冒険者ギルドをまとめるおさなだけある。

 ダンジョンで喧嘩したら最悪、全滅もありうるからね。

 助かったよ」

「え? 全滅ですか⁉」


 意外だったのか、少女は大げさに驚いていた。


「冒険者の死因ってさ。

 モンスターによる直接的な被害よりも、

 人間同士のいざこざによるものが多いからね。

 仲間との関係作りって重要な問題だよ」

「へぇ、そうなんだぁ」


 冒険者にとって、人間関係の不和は無視できない問題だ。

 トラブルによるダンジョン内でのパーティー追放が近年多発しており、ギルド関係者にとって悩みの種となっている。

 深層での置き去りはよく耳にする話。


 追放や置き去りで済めばまだいい。

 場合によってはリンチや処刑にまで発展することもある。

 メンバー同士で常日頃から良好な関係を築いていたとしても、極限状態の中では関係性が変化する。

 ちょっとした誤解やすれ違いが、最悪の事態を招くことも珍しくはない。


 日常の空間であるダンジョンはトラブルと隣り合わせ。


 冒険者たちが最も懸念すべきは人間関係。

 武器を持った知性のある味方が、最悪の敵となるかもしれないのだ。


「彼みたいに仲間をまとめてくれる人がいないと、

 今回の仕事もうまくいかなかっただろうね。

 ハンスさんに感謝だよ」

「ハンスさん?」

「ギルド長の名前だよ」

「あっ、そっか」


 ギルド長の名前がハンスと判明したところで、少女はあることに気づく。


「あの、えっと……葬儀屋さん」

「……なに?」

「いやぁ、その……まだ名前、聞いてないなって」

「そう」


 少女の言葉に興味なさそうに返事をする青年。


「え? あの……」

「知らなくていいよ、別に。

 どうせこの仕事が終わったら、お別れなんだから」

「そう……ですね……」


 しょぼんとさみしそうに眉を垂らす少女。

 その表情を青年が振り向いて見ることはなかった。

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