第34話 鈴の音
「――え?」
少女に言われて気づいた。
鈴が鳴らない。
「え? 嘘? どうして⁉」
「その鈴って、何かのアイテムなんですか?
モンスターよけとか?」
少女の呑気な言葉は青年の耳に届かない。
この鈴は命の音を鳴らす。
もしその音が途絶えたら、それは持ち主の命の終わりを示している。
師匠から譲り受けた時もそうだ。
あの人の死に際に鈴は鳴らなくなった。
ダンジョンの奥底。
鈴の音が絶えたことに気づいて師匠は死期を悟ったのだ。
その後すぐ魔物に襲われて――
「あの、どうしたんですか?
顔色よくないですよ?
もしかして毒を?
それなら早く解毒しないと……」
「大丈夫だよ、毒じゃない。
毒じゃないと思う」
毒や病で命が脅かされているわけではない。
身体は健康だし、ダンジョンに入ってから現地の物は食べていないし、魔物から攻撃もうけていない。
この鈴が鳴らなくなるのは、身に着ける者に死を運ぶ存在が近づいている証拠。
それはもちろん――
がさ……がさ……がさ。
音が聞こえる。
蟲たちが死を運ぶ音が――
「走って! 早く!」
「え? え?」
きょとんとしている少女の手を引いて走り出すが、思うように前へ進めない。
普段は使われていない通路。
冒険者たちが通らないので足場が悪い。
どんなに必死に走っても、背後から聞こえる音はどんどん大きくなっていく。
間違いなく死が近づいて来ているのだ。
鈴の音が鳴らない。
ただそれだけのことなのに、青年はあまりに大きな恐怖と不安を感じている。
このままでは……このままでは師匠のように……!
師匠とダンジョンへ潜った時のことだ。
いつもと同じように深層へ向かい、依頼人を探して歩き回っていた。
冒険者とモンスターが殺し合う死で満ちた空間。
いつもと同じ、何も変わらない。
特別なことは起きないと思っていた。
死体を見つけ、報酬の交渉をして、地上へ運ぶだけ。
でも……いつもと違った。
急に鈴の音が聞こえなくなったのだ。
『おや、どうしちまったのかね。
何かの冗談かい?
それとも――』
独り言をつぶやきながら、鈴を振る師匠。
鈴はこれっぽっちも音が鳴らない。
『どうかしたのですか?』
一緒にいた青年が尋ねると、師匠は見たこともない表情を浮かべていた。
いつもは下卑が笑みを浮かべてニヤニヤしていたが、その時は――
『もう、終わりみたいだね』
師匠はそう言って青年の肩に手を置く。
そして、懐から布に包まれたあるものを取り出した。
ボロボロの布で覆われたそれは一本の杭だった。
古臭くて、ささくれて、じっとりと湿っていて……血なまぐさい匂いがした。
『これは?』
『これはね……魔物の血を吸わせた杭だよ。
捕まえた魔物を縛り上げて、つるして、
ブスブスと身体を槍で刺して血を垂らすのさ。
その下にこの杭を置いてね。
少しずつ、少しずつ血を吸わせる。
そうするとね――』
『ぎょおおおおおおおおおおおお』
ダンジョンの奥から叫び声が聞こえた。
血に飢えた魔物が獲物を求めている。
『師匠、魔物が来ます』
『ああ……多分だけど、あれがアタシの死だね。
坊や、どうやらここでお別れみたいだよ』
『……え?』
『あたしはおそらく、この戦いで命を落とす。
アンタは守ってやれるはずさ。
けど……生きて帰れないと思う。
だからね、一つお願いがあるのさ』
師匠は短剣を鞘から引き抜きながら言う。
『この戦いが終わったら、
その杭でアタシの心臓を貫いておくれ。
ちゃんと深く身体に打ち込むんだよ』
『どっ……どうして⁉』
『それは特別な杭なんだよ。
多くの魔物の血を吸った呪いの品だ。
でもまだ完成してない。
最後の仕上げにアタシの血が必要なのさ』
『師匠の血が⁉』
その言葉に青年は耳を疑う。
『ああ……そうさ。
ちゃんと仕上げるには、血が足りない。
術者が命を捧げることで呪いは完成する』
『そんな……何のために⁉』
『あんたに特別な武器を残すためさ。
この杭はきっと役に立つ。
どんな魔物だってイチコロだよ。
だから――』
『でも……でも!』
師匠との別れを惜しむ青年は、追いすがるように抱き着く。
また一人ぼっちになってしまう。
たった一人で世界に放り出される。
家族を失った、あの時のように。
『いい子だから、言うとおりにするんだよ。
ほら……来たよ。
死は待ってくれない。
覚悟を決めな』
彼らの前に巨大な魔物が姿を現した。
絶対的な恐怖と絶望を携えて。
『お別れだよ、坊や。
今までご苦労だったね。
さぁ……アタシの最後の見せ場だ。
見届けておくれ。
アタシの物語の結末を……ね』
師匠は魔物に戦いを挑む。
これが最後の戦いになると分かっていたはずだ。
なのに……。
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