第43話 君たちの命を僕にください

「ごめん、悪いけど少しだけこの人を見てくれるかな?」

「え? あっ、はい」


 遺体を少女に託す。

 彼女が魔法の防壁を再び発生させれば、遺体が傷つくこともない。


「僕が離れたら、すぐにまた防御壁を張って身を守るんだよ」

「え? でも……」

「大丈夫、僕なら平気だから」


 青年は自信たっぷりに答える。


 呪われたこの力。

 今までずっと戦いを避けて来た。


 しかし、今この時に限り、心置きなく戦うことができる。


「それに……もしかしたらだけど。

 君を巻き込んでしまうかもしれない。

 だから――」

「分かりました!」


 すぐに詠唱を始める少女。

 物分かりが良くて助かる。


 青年が彼女のそばから離れると、遺体と少女、ついでに気を失って倒れているハンスの周りに防御壁が再び生成される。


 これで彼らを巻き込んでしまう心配はない。

 憂いは取り払われた。


「「「ぎぎょおおお……」」」


 前へ歩み出た青年に恐れをなし、死体かつぎたちが後ずさる。

 彼らは本能的に危機を察知しているらしい。


「ごめんね、君たちは悪くないんだ。

 でも……僕たちも生き残るために戦わないといけない。

 君たちの命を僕にください」


 鎌鼬から受け取った短剣。

 炎の光を浴びて刀身がギラリと輝く。

 死体かつぎたちの体液をまとったそれは、エメラルドの光沢を帯びていた。


 ああ……なんて美しいんだろう。


 青年がその美しさにウットリしていると、一匹の幼体が襲い掛かって来た。


「ぎぎょおおおおおお――ぎゃっ!」


 とびかかって来た幼体の身体を横一閃に薙ぎ払う。

 すると、すっぱり身体が切り裂かれ、頭部がゴロンと地面に転がった。


 かさかさと悶える胴体。

 動いているが死んだも同然。


 青年はその亡骸を一瞥すると、一歩、また一歩と前進する。

 恐れをなさずに歩み寄る強敵を前に、死体かつぎの群れは恐慌状態に陥った。


 あるものは無鉄砲に突っ込んで餌食になり、あるものは逃げようと仲間を踏みつけ、あるものは炎の中を転げまわった。


 青年は混沌とした状況で落ち着いて敵を倒していく。


 一匹、また一匹。

 脳天を突き刺し、腹部を切り裂き、触覚や足を薙ぎ払い。

 次々と絶命していく幼体。


 広間を埋め尽くすほど沢山いた死体かつぎの幼体は見る見るうちに数を減らし、抵抗を続ける者も数えるばかりとなった。

 その者たちも一斉にとびかかり最後の抵抗を試みるが、あえなく返り討ちにあう。


 残されたのは戦意を喪失した臆病者たち。

 逃げ惑う蟲たちをしり目に、青年はゆっくりと母体へ近づいて行く。


 ああ……どうして今まで恐れていたのだろう。

 こんなにも冷静に戦えるのなら、呪われた力を怖がる必要なんてなかったのだ。


 あまりに強すぎる勇者の力。

 父親のように正気を失ってしまったら後戻りはできない。

 ほしいままに殺戮を行う化け物になってしまう。


 この力が怖かった。

 誰かを傷つけ殺めてしまうのではと、ずっと不安で、一人で思い悩んでいた。


 今こうして、冷静さを保っていられるのは、きっとあの少女のお陰だろう。

 彼女の存在が安心感を与えてくれる。


「ぎっ……ぎぎぎ……ぎぎょおおおおおお!」


 恐怖をなした母体は慌てて広間から出て行こうとするが、不意に現れた防壁によって退路を断たれてしまう。

 少女が魔法を発動したのだ。


 母体は触覚を動かして、黒い光の玉を作り出す。

 その玉がぶつかると防壁の一部が崩れた。


 あれが魔法の防壁を破壊した力の正体らしい。


 力の正体を見切った青年はすぐさま側面へと回り込み短刀を投擲。

 回転しながら弧を描いて飛翔する短刀は触覚部を切断。

 そのまま壁に突き刺さる。


 重要器官を欠損した母体は悲鳴を上げて苦しみ悶える。

 わなわなと身を震わせて死の恐怖に打ちひしがれている。


 いままで多くの生き物を屠ってきた地の底の帝王は、自身が狩られる側になったのだとようやく自覚したのだ。


「ごめん……君は悪くない。

 でも、君を地上へ出すことはできないんだ。

 ここで終わりにさせてもらうよ」


 青年はハンマーを握りしめ、隙だらけになった母体の身体をよじ登る。


 死体の肉片がこびりつき、ぬちゃぬちゃと粘り気のある背中。

 一気に駆け抜けて頭部を目指す。


 急所に杭を打ち込めば、たとえ死体かつぎの母体であったとしても倒せるはずだ。

 青年は呪いの杭を取り出し、頭部に向かって振りかざした。


 すると、妙な感覚に襲われた。

 杭を握りしめる腕から、何かが這い上がって来る。


 びりびりとした衝撃が腕から肩を伝って、頭の中へと響いて来た。

 この感覚は確か――

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