第25話 肉塊
あれはアンデッドだ。
立ち上がってこちらへ近づいて来る者の正体に、青年はすぐに気づいた。
「おおっ! あそこにも生存者が!
おおい! こっちだぁ! 助かったぞぉ!」
「あの人はすでに死んでます!
ゾンビになったんですよ!
近くに死体かつぎがいる!
早く逃げないと!」
「したいかつぎぃ?」
いまいち要領を得ない吟遊詩人。
あまりに呑気すぎる。
しかし……妙だ。
アンデッドには近くにいる標的を優先して襲う習性がある。
彼が今まで襲われなかったのはどうしてだろう?
死体かつぎにはアンデッドをコントロールする力があると聞いているが……特定の標的を攻撃しないよう命令できるのだろうか?
無作為に人間を襲うしか能のないアンデッドが、そんな高度な指示を理解できるとも思えないが……。
疑問を覚えながらも、青年は吟遊詩人の手を引いて今来た道を引き返す。
悠長に考え事をしている暇なんてない。
急に虫のような鳴き声とひしめき合う音が聞こえてきた。
振り返ると、大きな部屋に繋がる複数の通路から、何かが這い出てくるのが見える。
暗闇の中で
あれがアンデッド化した生き物たちのなれの果てなのだと理解する。
肉塊を背負うのは醜悪な蟲たち。
感情のない冷たい目玉で青年たちを睨みつけると、真っすぐにこちらへ向かって走り出した。
『ぎぎょおおおおおおおおおおおおお!』
蟲は耳障りな鳴き声を上げる。
現れたのは親玉が生み出したと思われる幼体だ。
部屋をあっという間に埋め尽くすほど大量にいる。
「うわぁ! なんだ⁉」
「走って! 早く!」
二人が走り出すと、虫たちが背負う肉団子の中から何かが飛び出して、すぐ近くの壁にぶつかる。
それは真っすぐに伸びた帯のようなもの。
おそらくこれは他のモンスターの身体の一部であり、バラバラにした肉塊を触手のようにして獲物を襲う武器としているのだろう。死体かつぎは背中に乗せたアンデッドの身体を自由自在に操れるようだ。
「葬儀屋! 早くしろ! ヤバいぞ」
「こい! こい!」
青年たちは必死で走り、通路に穿たれた穴を目指す。
残してきたメンバーも危機を察知していたようで、必死に呼びかけていた。
不眠症と鎌鼬の声が聞こえる。
あと少しでたどり着ける。
あそこまで行けば……!
「うわぁ! 絡まった!」
吟遊詩人が触手にからめとられた。
青年は即座に短刀を抜いて、彼の右腕に絡みついた触手のようなものを切断する。
「ひぎぃ! なんだこれはぁ⁉」
「早く! その穴の中へ!」
「え? 穴ぁ? あっ、あれかぁ!
やったー! 助かったぞー!」
「早く入って!」
青年は叫び声を上げながら、穴の前でもたついている吟遊詩人の背中を押す。
あまりにモタモタしているせいで危うく突き飛ばすところだった。
「ぎぎょおおおおおおおおおおおおお!」
「ぎぎゃぎゃぎゃ!」
「ぎゃぴいいいいいいいいいいいいい!」
青年が穴を潜り抜けてから少しして、蟲たちが穴の前に殺到。
その醜悪な見た目に一同は言葉を失った。
背中に担ぐ死体の山は混ざり合って元が何かも分からない。
肉塊の中から無数の目玉がギョロギョロとこちらを覗き込む。
人の手や足と思われるものが、肉団子から突き出している。鳥類の羽根や獣の手足など、様々な生き物の一部が確認できた。
その全てが混ざり合い、生きているかのように
死体かつぎの幼体は結界に阻まれて前へ進めない。それを理解する知性がないのか、見えない壁をなぞるように手足を動かし続けていた。
「危なかったな……葬儀屋」
「……はい」
ハンスが肩に手を乗せると、青年はどっと額から汗が噴き出すのを感じる。
一足でも遅れていたら今頃――
「うわぁぁぁん! 怖かったよぉ!」
「抱き着くな、おっさん! 気持ち悪い!」
吟遊詩人が不眠症に抱き着いてワンワン声を上げて泣いている。
本来であれば中年男性のあのような姿を見て嫌悪感を抱くものなのだが、この状況では無理もあるまいと誰もが思っていた。
彼が落ち着くまで時間を置きたいが、そう悠長に待ってもいられない。
すぐに移動しないと死体かつぎの群れが襲ってくるはずだ。
「で、どうする? ハンスの旦那?」
「この様子だと移動した方がよさそうだな。
葬儀屋、お前はどう思う?」
「行きましょう。
このフロア全域が連中の巣のようなもの。
深層へ行った方が安全です」
決断を下すのは早かった。
モンスターも冒険者と同様に階層の移動を行うのだが、深層へ向かうと付いてこないケースが多い。
逆に地上へ向かった場合、出口まで追ってくることもある。
「奴らに追い付かれる前に。早く!」
青年が言うと、吟遊詩人を除いた残りの全員が黙って頷く。
迷っている暇はない。
今はただ、前進あるのみ。
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