第27話 狂い始めた歯車

「ひいいいいいいいいいいいい!」


 悲鳴を上げる吟遊詩人。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 ハンスが左手に持つナイフの切っ先が吟遊詩人の喉元へ突きつけられると、青年は慌てて止めに入った。


「ここで処刑だなんて、絶対にダメです!

 僕たちの手で殺してしまったら……」

「王太子殿下の死がコイツの仕業なら、

 ちゃんと裁判を受けさせましょうよって、

 お前はそう言いたいのか?」


 ハンスが尋ねると青年は首を横に振る。


「そんなことを言うつもりはありません。

 ただ最善を尽くしたいと思っているだけです。

 誰一人欠けることなく地上へ帰るためにね」

「こいつが一緒にいた方が生存率はあがると?」

「いえ、違います」


 きっぱりと言い切る青年。


「余計な殺しをする必要はないと言いたいんです。

 放置するならまだしも僕たちの手で殺すのは反対です」


 冒険者同士の殺し合いが始まるのは、決まって行き詰まった時である。


 どん詰まりになると、次第に良くない考えが浮かんで疑心暗鬼になり、他人に危害を加えてしまうことがある。

 些細なもめ事から一人、二人と犠牲者が増えていき、最終的にモンスターではなく人の手によって全滅してしまうのだ。


「なんでそんなにコイツの命にこだわる?

 ダンジョンの奥で人一人殺したって、

 誰も構いやしねぇだろうが」


 ハンスはナイフを喉元に突きつけたまま動かさない。


「もし彼を処刑するのであれば、

 僕はアナタをパーティーから追放します」

「ハァ⁉ お前にそんな権限があるのかよ⁉」

「いえ、僕一人では主張が通りません。

 でも……多数決なら……」


 そう言って他のメンバーを見渡す青年。


 不眠症や鎌鼬がどう反応するか分からない。

 だが……ここで無意味に人の命を奪う愚かさは理解しているはずだ。


 ハンスは暴走しかけている。

 誰かが止めなければならない。

 一度狂った歯車は2度と元には戻らないのだ。


 しばらく誰もが無言のまま状況を見守っていた。

 一同がハンスに視線を送っていると、彼は己の浅はかさに気づいたのか、肩を落としてため息をついた。


「……ちっ。分かったよ、分かった。

 お前の言うとおりにするよ、葬儀屋。

 とりあえず殺しはなしだ」


 ハンスはナイフを鞘に納める。


 それを見て青年も勢いよく息を吐いた。

 握った両こぶしは汗でびしょびしょ。


「だが、そいつを信用したわけじゃねぇ。

 一緒に連れて行くのには反対だ。

 なにするか分からねぇからな」


 ハンスの言葉に青年は心の中で頷く。


 処刑こそ反対したものの、処遇を決めかねているのは一緒。

 必要な情報が引き出せないのであれば、これ以上彼に用はない。


「アンデッド属性付与のアイテムがあれば襲われないんだろ?

 それならこいつを偵察役として連れて行こうぜ。

 もしくはアイテムだけ奪って置いて行くとか……」

「待ってくれ!」


 不眠症の提案に吟遊詩人は猛烈に抗議する。


「諸君らは吾輩をなんだと思っているんだ⁉

 まるで奴隷でも扱うかのようじゃないか!」

「るせぇえ!」


 ハンスが吟遊詩人の胸倉を左手でつかんで締め上げる。


「テメェは今、奴隷以下の存在なんだよ!

 ここにいるだけで迷惑なんだ!

 殺されないだけでもありがたいと思え!」

「ひいいいいい! 放してくれ!」


 すごい剣幕で怒鳴りつけるハンスに、吟遊詩人はすっかりと怯えてしまう。

 さすがにこのままではまずいと思った青年は止めに入った。


「落ち着いて下さい! ハンスさん!」

「ハァ……ハァ……くそっ!

 こいつを見てるとイライラする!

 はぁ……このクソったれが!

 クズだこいつは!」


 吟遊詩人がクズなのは全面的に同意する。

 だが冒険者としてならしてきた彼の経験からすれば、この状況で感情的になるのはよくないことだと分かっているはずだ。


 なのに……どうして。


「そろそろ落ち着きましょうよ、旦那。

 どのみち、先に進むしかないんです。

 こいつはみんなで見張るってことで」

「ああ……そうだな」


 不眠症が取りなすことで落ち着きを取り戻すハンス。

 なんとも言えない空気が漂う。


「なんて無礼な男だ!

 地上へ戻ったら覚えていろ!

 吾輩は王宮の者にも顔がきくんだぞ!」


 吟遊詩人の男はいまだに状況を把握できていない。

 そろそろいい加減にして欲しいものだ。

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