第28話 これは、違う
それから話し合いの結果、吟遊詩人を連れて行くことになった。
彼を列の真ん中に入れ、前を青年が、後ろをハンスが抑える。
僧侶の少女は前から二番目の順。
吟遊詩人はあの後もブツブツと文句を言っていたが、今のところは大人しくしている。
一同は奥へと進んでいき、とうとう深層50階層までたどり着いた。
ザリヅェの話ではこの辺りにギルバードの遺体を置いて来たらしいが――
「あった」
鎌鼬がさっそく何か見つけた。
目指す方向の先に、仄かな明かりが見て取れる。
近づいて行くと、それは結界の魔法陣から発せられるものらしく、光の輪の中央に誰かが寝かされているのが分かった。
「おいおい、やけにあっさり見つかったな。
拍子抜けしちまったぞ」
ハンスはそう言いながら肩を落とした。
目的を達成したことで安堵感が漂う。
「この人――!」
その人物に青年は見覚えがあった。
魔法陣の中で眠っているのは、ザリヅェに絡まれた時、助けてくれた人だった。
生前の様子では育ちの良さを感じていたが、やはり平民ではなかったか。
遺体には目立った外傷がなく、安らかな死に顔を浮かべている。
戦いのさなかで命を落とした者の表情とはとても思えない。
「これが隣国の王太子様か。
こんなところで死んじまうなんて惨めなもんだ」
「いやいや、旦那。
ご遺体を持ち帰れば蘇生魔法で生き返りますよ。
俺たち庶民とは違って、特別扱いですんで」
ハンスの言葉に不眠症が答えた。
王族や勇者と言った特別な存在は、蘇生魔法によってよみがえることができる。
しかし、それが許されるのはごく限られた者だけ。
一般庶民は死んだらそのまま終わりである。
蘇生魔法は非常にコストのかかる魔法で、発動するのに莫大な費用を要する。
庶民を生き返らせるほど、どの国の財政にも余裕がない。
命がけで助けに来た冒険者には蘇生の機会が与えられないのに、王族だけが特別に蘇ることができるのは不公平だと、この場にいる誰もが感じている。
ただ一人を除いて。
「ふんっ、なにが特別扱い……だ!
王族なのだから当然の権利であろう。
これだから教養のない平民は」
やれやれと肩をすくめて首を横に振る吟遊詩人。
さすがに青年もいらだちを覚えたが、感情的になっては負けである。
この程度のこと、さらっと水に流そう。
あとで彼がハンスに殴られたとしても、見て見ぬふりをすればいい。
「おお、おいわたしや、王太子殿下。
こんな場所で朽ち果ててしまうとは。
このヒリムヒル・アップルピーが来たからには、
必ずや地上まで……うん?」
王太子の顔を覗き込んだ吟遊詩人――今しがたヒリムヒルと名乗った男――は顔をしかめる。
「違う……これは、違う」
「は? なにが違うって言うんだ?」
ハンスが尋ねると、ヒリムヒルは信じられないことを言った。
「これはギルバード殿下ではない!
別人だ! 別人! よく似ているが別人だ!」
「え? 嘘だろ⁉」
「嘘ではない!
吾輩は何度も彼と会っている!
見間違うはずもない!
おそらくは影武者だろう」
「マジかよ……」
ハンスは表情を固まらせる。
遺体が別人であると分かり一同に戸惑いが広がるが、別人であると断定するにはまだ早い。
「あのぉ、その人本当にギルさんじゃないんですか?
私にはギルバードって名乗ってましたけど」
少女が言うと、ヒリムヒルは鼻を鳴らす。
「ふんっ、バカが。
自分で偽物だと名乗る影武者がどこにいる?
吾輩は何度もこの目で王太子殿下の顔を拝んでいるのだ。
見間違うはずもなかろうよ」
「テメェが嘘をついてないという証拠は?」
不眠症が尋ねる。
「証拠などない。
しかし、吾輩の名誉にかけて誓う。
これは全くの別人。
ギルバード殿下ではない」
「ううん……」
あまりに堂々と言い切るもので、誰もがヒリムヒルの言葉を否定できないでいる。
この人物が別人であるとしたら、当のギルバード本人はどこに消えたのか。
不可解さばかりが募るが、悠長に推論を並べ立てる余裕はなかった。
がさ……がさ……がさ。
何かが這いまわる音。
どうやら魔物がこちらへと近づいて来ているようだ。
「――来ますね」
「ああ」
青年の言葉に短く答えるハンス。
一同は各々の得物を手に取り、身構える。
暗闇の奥で巨大で邪悪な何かが蠢いている。
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