第21話 ダンジョンへ
「そろそろ行くかぁ」
ダンジョンの前に整列する一同。
ギルド長。
不眠症。
鎌鼬。
僧侶の少女。
そして……葬儀屋。
この五人でダンジョンの奥深くに眠るギルバード王太子の遺体を回収しに向かう。
目的はあくまで遺体の回収。
討伐や攻略が目的ではない。
「準備はいいなー?
みんな再確認しろー!」
「「「はい!」」」
ギルド長の呼びかけに一斉に返事をする。
誰もが覚悟を決めてこの場に立っている。
――ただ一人を除いて。
「葬儀屋さん、これなんですかぁ?」
少女は呑気に葬儀屋の持ち物を観察していたようで、杭の種類が変わっていることに気づいた。
「それは特別な杭だよ。触ったらダメだ」
「ええ? 分かりました。
でも……随分、ボロッボロですね」
少女は背負子につるされた古ぼけた木製の杭を見つめながら言う。
「なんか変な匂いがしますね……これ」
「だから触ったらダメだってば。
これすっごく危険なものなんだよ」
「へぇ……そうなんですか」
少女はそれ以上、何も聞かなかった。
青年はホッと胸を撫でおろす。
師匠から譲り受けたこの杭を、決して人に手渡してはならぬ。
そう心に決めて今まで守ってきた。
誰かに見せたこともない。
「……ぼそぼそ」
少女が小声で何かを呟いている。
何か様子がおかしいが放っておこう。
かまってやる必要もない。
「とりあえずフォーメーションを確認するぞ。
脱出経路と臨時の集合場所の確認もな」
「「「はーい」」」
ギルド長の呼びかけに、少女以外の三人が返事をする。
彼女はいまだにブツブツと何かを呟いていた。
ダンジョン攻略の前にパーティー内で必ず情報共有しておくべきことがある。
一つは脱出経路。
低層のエリアは湧き出るモンスターも弱く、比較的移動しやすい。
しかし、深層でトラブルが起こって撤退を余儀なくされた場合、パーティーは混乱をきたしており、低層の弱いモンスターでも脅威になりうる。
そのため脱出経路をあらかじめ確認しておく必要がある。できる限り安全なルートをたどることで生存率を高めるのだ。
メンバーで情報共有すれば撤退の途中でバラバラになる心配も少ない。
深層は構造が変化する場合があるので、ルートを複数設定しておくとよい。こういった下準備もマッパーの仕事。
今回も道案内はマッパーの鎌鼬が担当している。脱出経路も彼が設定した。
次に集合場所。
ダンジョンの中には比較的安全なポイントがいくつかあり、パーティーからはぐれた時はそこで仲間と合流する。
集合地点をあらかじめ決めておけば、仲間とはぐれてもパニックにならずに行動できる。
事前に情報共有をきちんと行っておくことで、ダンジョン内でのパーティー崩壊の危険性を多少なりとも軽減できる。
ただでさえ生還率が低いのに、今回行うのは深層まで潜って死体を持ち帰る難易度の高いミッション。
事前準備はしっかりと行わなければならない。
――と言うことくらい、少女も分かっているはずなのだが。
さっきからずっとブツブツ、ブツブツ。
いったい何を呟いているのか?
「うぐっ……うげぇ」
急に少女の様子がおかしくなる。
彼女は膝をついて四つん這いになり、胃の中の内容物を吐き出してしまった。
「どうしたの?! 具合が悪いの⁉」
「ちょ、ちょっと気持ち悪くなりまして……」
少女の背中をさする青年。
もしかしてと思って尋ねる。
「あのさ……杭に触った?」
「すみません……悪いとは思ったんですけど」
「だから言ったでしょ。
触ったらダメだって」
あれだけ言ったのに、少女は手を触れてしまったらしい。
青年は深くため息をつく。
この杭はいわくつきの物だ。
触れただけでも気がおかしくなりそうな強い念が込められている。
しかし……少女の反応はあまりに大げさだ。
ただ触ったくらいでこんな風になるとは思えないが……。
「悪いけど、勝手なことをする人は連れて行けないよ」
「待ってください! もうしませんから!」
「体調だってよくなさそうだし……」
「ダイジョブ! ダイジョウブですよ!
ほら! このとーり!」
無理やり身体を動かして大丈夫アピールをする少女だが、顔色はあまりよくない。
やはり置いて行くべきかと思ったところで、ギルド長と目が合った。
『連れて行こう』
彼は言葉を介さず無言でそう訴えているかのよう。
青年をじっと見つめる視線から有無を言わさぬ気迫を感じる。
少女の使える魔法のレベルを考えたら、多少の問題に目をつむってでも一緒に連れていく価値はある。
「分かったよ。でも、言うことはちゃんと聞いてね」
「はい! 分かりました!」
どこで覚えたのか、敬礼のポーズをする少女。
あまりに不格好で似合わない。
そんな彼女のことを見て、ギルド長はにやりと口端を釣り上げる。
冒険者としてならしてきた彼は、生き残るために何が必要なのか分かっているのだ。
少女の扱う魔法はパーティーの生還とミッションの達成に欠かせない要素。些細な問題を起こしたくらいで手放すことはできない。
なにも起こらないと良いけどな。
無理やり元気そうに振舞う少女を見て、青年は少しばかり心配になった。
ザリヅェの件は誰にも話していない。
少女にも口止めしておいた。
いらぬ情報を伝えたせいで、仲間たちを危険に巻き込んでしまうかもしれないと考えたからだ。
秘密を知る者は少ない方がいい。
「うしっ、準備は整ったな! 行くぞ!」
「「「「おおっ!」」」」
ギルド長の呼びかけに対し、一斉に声を上げて返事をする一同。
彼らは臆することなく死地へと赴いて行く。
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