第32話 死因

 縦穴をよじ登った二人は、更に上の階層を目指して走り続けた。


 先ほどまでの騒乱が嘘のように辺りは静まり返っている。

 死体かつぎの幼体はこのフロアにはいないのだろうか?


「ハァ……ハァ……少し休みませんか」


 荒く呼吸しながら少女が言う。

 さすがに少しくらい休憩が必要かと思った青年は、腰を下ろして息を整えることにした。


「もっ……もうだめぇ」

「あと少しの辛抱だよ、頑張ろう」


 へばりつくようにして地面に寝転ぶ少女。

 弱音を吐くにはまだ早い。


 深層を抜け出したとはいえ、気は抜けない。

 大量の死体かつぎとアンデッドをヒリムヒルが炎で焼いたので、モンスターが再び湧き始める可能性もある。

 そうなったら遺体を運びながら少女を守りつつ、青年が戦わないといけないのだ。


 頭を抱えたい状況であるが、青年は落ち着いていた。

 むしろ状況はかなり好転したと言っていい。


 彼女の魔法による支援があれば地上へ帰還できる可能性は高い。

 アンデッドも簡単に無力化できる。


 死体かつぎの群れと出くわしたとしても、幼体であれば何とか対処できるはず。強敵である母体はまだ深層にいるので、追いつかれなければ大丈夫だろう。


 楽観的な予測を立ててはいるが、このまま無事に地上へ上れるのか分からない。不安が常に付きまとっている。


「あのぉ……葬儀屋さん。

 ちょっといいですか?」

「なに?」


 息を整えた少女が尋ねてきた。


「その影武者さんの死体、変じゃないですか?」

「え? どこが?」

「だって、どこも怪我してるように見えないんですよ。

 魔物の毒にやられたにしても、

 噛み傷とかひっかき傷とかがあると思うんですよね。

 でも……あんまりにもキレイだなって」


 青年は背負子を下ろし、改めて遺体の様子を観察する。


 確かに少女の言う通り、回収した遺体の身体には何処にも傷が見当たらない。


 服の下に傷があるとも思えない。

 怪我をしたこの人をわざわざ着替えさせる余裕などなかったはずだ。


 結界を張った後で着替えさせたとか?

 それでも、結界内に取り残されたら術者も危ないし、影武者の死体をキレイに整える必要など皆無に等しい。


 ザリヅェの話では、付き人たちは死体かつぎに襲われて全滅したそうだが……影武者の死因は違うらしい。

 死因が魔物の襲撃なら、こんなきれいな状態で死ねるとはとても思えない。


「確かに……君の言う通りだね。

 どこにも傷が見当たらない」

「もしかして、誰かに毒を盛られたとかですかね?」

「毒を? 誰に?」

「さぁ?」


 少女は肩をすくめる。


「でも……ギルバートさんの影武者ですから。

 暗殺しようとする人もいるんじゃないですか?」

「つまり彼の死は仕組まれたものだと?」

「そこまで言うつもりもないんですけど……。

 もしかしたら、そうなのかなって」


 王太子ギルバード……の影武者と思われる人物は、誰かの手によって殺害された。

 それも、傷が残らない方法で。


「早く地上へ彼を連れて帰って、死因を特定しないと。

 黒幕を突き止めれば戦争を回避できるかもしれない」

「あっ、私の魔法で分かるかもですよ」

「……へ?」

「ほら、言ったじゃないですか。

 上級の鑑定魔法が使えるって。

 あれでこの死体の記憶を読み取って、

 いつ誰に毒を盛られたか確かめようかと」

「そんなこともできるの⁉」


 意外過ぎる少女の提案。


 彼女が魔法の力で黒幕を特定したのなら、ややこしい問題が解決する。行方知れずになっているギルバードの所在も判明するかもしれない。


「はい、彼の服を鑑定すれば、もしかしたら」

「え? この人の記憶を読み取るんじゃないの?」

「あくまで鑑定魔法ですからねぇー。

 物体のしか読み取れないんですよ。

 まぁ、物体に染み付いた怨念だとか、

 強い気持ちとかは読み取れるんですけど……」


 さすがにちょっと期待しすぎたか。


 青年はじっと遺体の顔を眺める。

 命を失い抜け殻と化したその肉体は何も語らない。


 だが、少女の魔法によって真相にたどり着けるかもしれないのだ。

 もし……彼が誰かの手によって殺されたとするのなら……黒幕には報いを受けさせなければなるまい。


 それが彼の弔いにもなるだろう。


「じゃぁ、さっそく始めて」

「はい、分かりました」


 青年の求めに応じて、少女は詠唱を始めた。

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