第38話 報連相は大事ってこと



「……そろそろ来ると思っていたよ、私の試作機。私を殺しに戻ったのかな」 


 ドクターが振り返ると、そこには扉の前に立ち塞がるような位置で視線を険しくするプロトタイプが居た。


「……その割には、やけに嬉しそうな顔をしているじゃないですか。貴方が私に与えた力で、私は貴方を殺すことが容易だというのに」

「無理だよ」


 脅すような発言にも怯まず、ドクターは即断する。その態度で、逆にプロトタイプが怯んでしまう。


「君が私に傷を一つでも付ければ、間髪入れず機能停止するようにプログラムされている。当然、私の命令や指示で君を物言わぬことにするのも可能だ」

「……」

「だんまり、か。折角の再開だ。もっとお喋りでもしようじゃないか」


 プロトタイプは視線を左右に動かす。そっと、バレないように。

 右にはプロトタイプの姿形がそっくりな者達がカプセルの中で揺られ、左にはプロトタイプが一度脱出を果たした裏口がある。


「まぁ取り敢えず……この場所から逃げたからには、何かしらの理由があったのだろう。不満を解消してやれるかは分からないが、話してみなさい」

「妹……いえ、娘達への残虐な実験を即停止し、全員解放しなさい。それが私の望みです」


 虚勢を張らねば先に進めないと判断したプロトタイプは、一転大胆不敵に宣言する。



 自分のクローン……肉体情報を丸ごとコピーし、兵器としての調整が為された娘達の解放を。



「君は重要な素体だ。情報は分析し終えたとはいえ、予測不能の事態に備えて君の存在は処分せず、敢えて残していた。……だからこそだろうね、人並みの感情も残っている。自分のクローンに愛着でも湧いたのかな」

「……それの何が悪いのですか」

「いや? 悪くはないとも。寧ろ人道的に考えれば、君の主張は至極真っ当なものだろうとも。……だからこそ、解放はしない」


 ドクターはプロトタイプの実質的な主導権を握っていると信じている。だからこそこの至近距離でありながら、背を向けるという愚行を敢えて犯すことが可能だ。

 自分の研究結果を眩い瞳で眺めながら、ドクターは述べる。




「君はこれらの有用性をキチンと理解しているのか? この世の中は常に人材不足、労働力不足、戦闘力不足だ。人の能力には限界があり、だからこそ人類は数と多様性を発展させ、ここまで文明を進化してきた」


「その中に無尽蔵の数の人間を投入できれば? 与える影響は計り知れない。あらゆる場所に労働力を送ることができ、殊に戦争においては私達が一切のリスクを負うことなく敵軍を追い詰めることができる。無能な他国は勇者召喚だのなんだのと嘯いているが、それは極論個人の実力でしかない。圧倒的な一人と並以上の無数を比べれば、どちらが強いなど明白だ。現に勇者に頼り切った結果、今までに魔王軍を壊滅させることができたか? 否。否だ。それは従来通りの方法が、対処が、思考が誤っていたという証拠に他ならない」


「これらは余分な感情を抱かないように調整が為されている。痛みも悲しみも憂いも哀れみも沈みも感じない。人型だからといってこちらが心を痛める必要がない。これらはモノだ。人間の母体から生まれるのが人だと定義するのならば、これらは何だ? 母体から生まれることはない。感情を持たない。私のような矮小な個人が調整を可能にしている。これらを人だと断じるのは、私からしてみればそちらが異端だ」


「魔力で動き、その魔力も自己補完できている。無駄な動きを取らず、命令に忠実に従う、完璧な兵器だ。数に制限はなく、プラントがある限り生まれ続ける。今はまだ生産スピードが遅々たるものだが、日進月歩の研究を行えば直ぐに製造が整うだろう。無論今のままでも十二分な実力を誇っている。それは既にこの帝国の戦力を優に超えているだろうな」


「私は数年前に偶然【紅印魔導書】を広い、感銘を受けた。その技術は古代と侮るには恐れ多く、現代の凡庸な思考とは一線を画す革新的で核心的な研究内容だった。この技術を再現するのが私の使命、天命、運命だと察した。その道中で少々の障害に当たることもあったが……まぁ結果的には成功したわけだが」



 つらつらと想いを述べるドクター。

 その目は理性と狂気が共存し、明らかに様子が異常だった。


「……もういいです。私は彼女達を連れていきます。道具になんかさせない……傷つけさせない」

「ふむ。……ん?」


 ドクターがプロトタイプの発言に対し適当な返事をしながら何かしらの画面を操作すると、唐突にドクターの眉にシワが起こった。

 続けて指を高速で動かし操作を行うが、その表情は変わらない。


「何故だ? 君の支配権が私の手元に存在していない」

「……?」

「備えの強制支配も、最終手段の自爆機能も消えている……だと⁉」


 プロトタイプにはドクターが何を言っているのか全て理解は出来なかったが、その異変に足を一歩踏み出すと、ドクターは怯えたように一歩下がる。


「ち、近づくな……っ」


(一体何が起こっているのでしょうか……余裕飄々としていたのが一転、怯えているように見えます)


 疑問が頭を渦巻くが、既に時間が随分と経っていることに気づく。

 時間稼ぎが成功したことを確認し、翔真からの合図を探そうと目を左右に動かした途端――



「な、なんだこの揺れは!」


 地下の研究室の床が、壁が、天井が大きく揺れ始めた。

 プロトタイプと相対している状況にも関わらず、ドクターは事態を確認するためにその場を立ち去ってしまった。それはつまり、ドクターにとってプロトタイプの帰還以上の想定外だということ。


 その隙に、研究室の一区画で活動を今か今かと待ちわびているかのようにカプセルで浮かぶ自分の娘達の元へ駆け寄る。

 彼女達の知識を全く有していないが、それでも何かできることがあるのだと信じて――



「よっ、と!」

「きゃっ! どど、どこから出てきてるんですかっ!」



 カプセルの陰から、ずっと探していたその姿を見つける。


 翔真は何かしらの作業をしていたらしく、その頬が黒く汚れていた。


「さて、と。次は――」

「ちょ、ちょっと待ってください! 何も説明されていませんよ!」

「いや説明してる時間無いんだが……」


 再会と同時にまた何処かへ向かおうとする翔真を呼び止める。

 急いている彼を引き止めるのは心が痛んだ。何も知らない自分なんかよりもずっと多くのことを知っていて、常に最善を考えて行動してくれているだろう彼を。


「それでも、少しくらいは信用してくれたって……」


 俯き拗ねた様子を見せるプロトタイプに観念したのか、翔真は両手を挙げた。


「分かった分かった! ……僕も説明不足だったな。それじゃ移動しながら話すから、よく聞いてろよ」


 そう言い終えると早速移動し始めてしまった彼を追いかけ、通るのは二度目となる裏口をくぐって外へ出れば――






 彼女を迎えたのは、火の手の上がる帝都だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうも、人類の敵です。 〜女神からの指令で異世界スパイ活動〜 GameMan @GameMan01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ