第2話 職業がバレる魔道具、無職の人特攻持ち説


 咄嗟につむった目を見開くと、まるで古代ローマの闘技場のような場所に立っていた。

 ぐるりと辺りを見渡してみればクラス全員が無事に召喚されたようで、正面には王冠を頭に載せた見るからに国王な人と、ローブを着た宮廷魔術師らしき人が興奮した顔つきで喜び合っている。


「陛下、成功です!」

「うむ、大儀であった。では諸君、私はゴドルフ=ヴァン=サレンバーグ。この国の15代目国王である! 貴公らは我々の手によって、悪に脅かされているこの国を救うべく勇者として召喚された!」


 勝手に召喚して勝手に話を進めていく王様にしびれを切らしたのか、委員長が皆の間から割って出てきた。


「ご質問よろしいでしょうか、ゴドルフ王」

「許可しよう」

「私達は自分の意志関係なくこの地に呼び出されました。まず前提として、我々は地球へ帰れるのでしょうか?」

「その質問については私の信頼する宮廷魔術師である、シモンが答えよう」


 シモンと呼ばれた宮廷魔術師は一歩前に出て、掌を上に向けたかと思うといきなり大きなホログラムのようなものが空中に出現した。


「す、すげぇ……」「これって魔法だよね?」

「最新技術でも無理だろこんなの」「絶対魔法じゃん! マジやべぇ!」


 シモンは周囲のどよめきを気にする様子なく、淡々と説明を始めた。

 曰く、この世界は魔王ベルゼビュート率いる魔王軍による侵略を受けており、それに対抗するため四年に一度、各国の会議で定められた国が異世界から勇者を召喚している。

 どうも異世界からの来訪者は強い能力を持っている場合が多いらしく、単純なパワーだけでなく魔力量、特殊技能なども含めて優秀な戦士を集められる。今回それに選ばれたのが、翔真達というわけだ。

 この異世界では『天職』が運命によって定められる。天職とはその名の通り、個人に最適な職業のようなものであり、EからAまでランク付けされ、ランクの高さに応じて強力な天職となっている。ステータスやスキルは、天職の影響を大きく受ける。

 そして魔王の心臓は大量の魔力を蓄えており、魔王討伐の暁にはその心臓を使って僕達を地球に帰還させることが出来るとのこと。

 つまり翔真達は天職が与えられていて、その能力を駆使して魔王を倒せばいい。

 ただし、彼は人類と敵対し、魔王に勝利をもたらさなければならない。


「魔王かぁ……強そーだな」「っていうか私達戦えるの?」

「血とか見たくねぇよぉ……」「戦い方とか知らないんだけど」


 再びクラスがざわめき始めるが、王様が手を掲げるだけで一斉に静かになる、見事なカリスマだった。


「案ずることはない。我々も無為に貴公らを見殺しにするような真似はせぬ。全員に個別の指導者と特別な武具を与えるので、十分に訓練を積んだ後に戦いへ挑んで欲しい」



 その後、クラスには大きな館が貸し与えられ、そこで寮のように暮らすこととなった。勿論個室で、中もちゃんと広い。少なくとも一人が暮らす分には問題ない環境だった。

 色々あって疲れたのでベッドに大の字で寝転がる。まだ家具以外に何もない部屋を目線でぐるりと見渡すと、ドアのノック音が聞こえた。制服のままなので着替える必要もなく、そのままドアを開けた。

 ドアの向こうには、メイドさんが立っていた。


「相沢翔真様、夕食の準備が終わりましたので皆様をお呼びしなさいとメイド長からのお達しでございます」

「あ、わざわざどうもありがとうございます」

「それでは大広間への移動をお願いします」


 言われた通りに大広間へ向かった。テーブルは半分程度埋まっており、空いている適当な席に座った。すると何者かが彼の隣の席につく。


「……母堂さん」

「やっほー、元気にしてる?」

「まぁまぁですね。っていうか母堂さん、あの時とてもかっこよかったですよ。僕達が戸惑ってる中、堂々と王様に向き合ってたんですから」


 あの時率先して前に進んだ委員長が、今隣りにいる母堂朱李である。明朗かつ剛健な性格で、クラス全員に慕われているまさに姉御肌な女子だ。クラスであまり目立たない翔真にも話しかけてくれるのだから、これが彼女の生来の性格なのだろう。


「ん〜、……皆も慣れてない環境だろうし、私が体を張って守らないとね。それが私の信念だから」


 母堂の心情を聞くと同時に全員が着席したことを確かめ、彼女は立ち上がってクラスの視線を集めた。


「皆、大変な状況だけど聞いて。私達が帰るためには、魔王を倒さなきゃならない。でも死んでは駄目。頑張って強くなって、皆で生きて地球に帰りましょう!」


 委員長の演説に全員が賛同の声を上げた。異世界召喚という珍しい状況に浮足立っている彼らにとって、更に魔王討伐という目標が与えられれば盛り上がらないわけがない。

 その後は異世界らしい豪華な食事をとり、各々の部屋へ帰っていった。翔真も早々に寝入り、忙しくなるであろう明日に備えて……。



 翌朝、再び闘技場に集められた勇者たちはシモンから細かい説明を受ける。


「この世界にはレベル、ステータス、スキルが存在します。レベルは魔物を倒すことで上がり、レベルに伴ってステータスも上昇します。昨日説明した天職ですが、ステータスの上昇補正や学ぶことが出来るスキルは天職の影響を強く受けます」


 そのあたりは地球で有名なRPGと同じシステムだった。翔真も人並みにゲームをする男子であったので、その話によく耳を傾けていた。実際に自分がゲームの中に入っているようであり、小さい頃からの夢が叶ったと、まさに夢見心地である。

 天職、本名、スキルやステータスなど個人の全ての情報が記されたのが、『オリジナルプレート』。登録するまでは一見何の変哲もない金属の板だが、登録者の肉に触れながら念じることで登録でき、その情報は当人のみが閲覧できる。他者は一文字も見ることができないという。

 そこでオリジナルプレートの情報を見ることが出来る、”垣間見の魔水晶”を使う。

 どうやらこの魔水晶は、世界に存在する神の一人、”天秤の女神”の権能を宿しており、魔水晶に触れた者の情報を余すことなく晒すのだ。冒険者ギルドに登録する際や、捕らえた敵のステータスを暴く際にも用いられるらしい。


「ではオリジナルプレートを皆様にお渡しします。ちなみにこの世界での平民の平均は全ての項目が10前後であり、殆どがEランクです」


 衛兵に手渡しされたステータスプレートを見る。本当に一見して只の金属板だが、僕が念じるだけでステータスが分かるようだ。



 ――スパイにとって最も重要なことは何か。


 ――それは、『目立たないこと』だ。



 スパイなのではないかと疑われることは、単純に活動時間と範囲が狭まるだけに終わらず、それこそ自分の首を絞める致命傷となる。すなわち、何者にも気取られずミッションを成し遂げる……それこそがスパイの本髄だ。

 そして目立たないためにも、この場はとても重要。ここで可もなく不可もないステータスであることで、今後の動きやすさが変わってくるのだ――


◯相沢翔真『スパイ(Sランク)』Lv.1

 体力48/50 筋力50 敏捷100 魔力50/50 技工70

 スキル【偽装】【変装】【変声】【詭弁】【全言語理解】【解読】【足音消去】【気配遮断】【気配感知】【足跡消去】

 称号:なし


「は?」


 翔真は思わず二度見する。もう一度見ても、表示内容は変わらなかった。

 バカ正直に天職が『スパイ』と書かれてあることもそうだが、他の内容にも色々とツッコミどころがある。

 ステータスは、この世界での一般人五人分……勇者の初期ステータスとして妥当だろう。だが初期にしては異様に感じるスキルの数。初めから強そうなスキルを十個も保有しているのは……他の勇者がどれほどなのかまだ知らないが、流石に多いと感じた。

 そして何より、AからEまでのランクのはずが、翔真の場合はSランクの枠に入れられている。この異世界での基準で言うと、完全にイレギュラーだった。

「……いや、僕だけじゃないだろう。勇者なんだからきっと全員がSランクで、スキルの数も同じくらいなはず――」


◯母堂朱李『弓術士(Aランク)』Lv.1

 体力49/50 筋力40 敏捷80 魔力80/80 技工100

 スキル【弓作成】【矢作成】【弓矢威力上昇】【鷹の目】

 称号:なし


◯烏崎刀也『刀使い(Aランク)』Lv.1

 体力77/80 筋力100 敏捷80 魔力50/50 技工50

 スキル【刀術】【魔力填帯】

 称号:なし


◯馬場剛志『拳闘士(Bランク)』Lv.1

 体力100/100 筋力100 敏捷40 魔力30/30 技工40

 スキル【格闘術】【硬質化】【根性】


◯野々村暁子『魔術師(Bランク)』Lv.1

 体力30/30 筋力30 敏捷30 魔力150/150 技工100

 スキル【火魔法】【水魔法】【土魔法】【風魔法】


 生徒は順番に魔水晶に手を当て、ステータスを開示していく。大体がBランクかCランクであり、数人Aランクが混じっているようだった。その結果にシモンは満足した表情を浮かべ、歓喜する。


「素晴らしい! 皆様のステータスはなんと高いことでしょう! まさに勇者!」


 三分の二が魔水晶に手を当て終えた時点で、未だにSランクは現れなかった。そして遂に翔真の番が数人先まで近づく。


(いや『スパイ』とか見られたら絶対に怪しまれるじゃん! しかも前代未聞のSランク! 見つかったら面倒だぞ……)


 神は翔真がスパイとバレてはいけないとルールを定めてはいなかったが、ここでスパイという事実が露見してしまえば、今後が動きづらくなってしまう。

 現状は勇者として見られているが、最悪の場合、裏切り者だという疑いをかけられて、そのまま処刑ルートだ。

 どうにか誤魔化す手段はないかと模索していると、ふとスキル【偽装】が目に入る。文字を指で叩いて詳細を除くと――


スキル【偽装:無生物を対象に、手に触れたあらゆる物を偽装することが可能。本質的には異なるため、極端な場合は失敗する可能性が大】


(――これに賭けるしかない! スキル【偽装】!)


 頭の中で、手に持っているオリジナルプレートの文字を変えていく。天職を『ナイフ使い』に……スキルを【ナイフ術】【投擲術】に……。

 するとオリジナルプレートの文字がぐにゃぐにゃと踊りだし、姿を変えていく。みるみるうちに、文字は翔真が想像したものと同じになった。


「次、相沢翔真!」

「はい」 


 不安を抱えながらも魔水晶に手を当てると、翔真のオリジナルプレートに書かれた内容がホログラムのような画面で空中へ映し出される。


◯相沢翔真『ナイフ使い(Cランク)』Lv.1

 体力48/50 筋力50 敏捷100 魔力50/50 技工70

 スキル【ナイフ術】【投擲術】

 称号:なし


(よし、上手くいった)


 偽装は完璧に仕上げられ、どこから見ても並の力を持った勇者だ。周りからの反応も薄く、まずは初めから悪目立ちすることは避けられた。


「次、田中政宗!」


 王族お抱えの魔術師であるシモンも、まったく疑う様子も見せなかった。次に呼ばれたクラスメイトを横目に、待機場所へ移動する。

 そしてオリジナルプレートに目を通し、偽装の解除を試みる。すると再び文字が踊り始め、元の『スパイ』の内容に戻った。だが、変わった点が一つ。


◯相沢翔真『スパイ(Sランク)』Lv.1

 体力48/50 筋力50 敏捷100 魔力47/50 技工70

 スキル【偽装】【変装】【変声】【詭弁】【全言語理解】【解読】【足音消去】【気配遮断】【気配感知】【足跡消去】 

 称号【神をも欺く者】


 驚きで吹き出すのをこらえながら、詳細を覗くと――


【神をも欺く者:世界を管理する神でさえも欺いた大罪人に与えられる】

『称号により、スキル【偽装】がスキル【改竄】に進化しました』


 確認すると同時に無機質な天の声が聞こえた。

 どうやらオリジナルプレートの内容を偽装したことで、この場にいる全員だけでなく、魔水晶でステータスを丸裸にする神の権能さえも騙すことになったらしい。それに伴い、【偽装】のスキルが【改竄】へと成長したようだ。

 大罪人とは真に大変不名誉な称号であるが、スキルが進化したことは素直に喜ばしい。早速確認してみると――


【改竄:無生物を対象に、手に触れたあらゆる物を改竄することが可能。外見と性質が変化するため、看破されることはない】


 改竄とは本来、文書を不正に書き換えること。しかし異世界に来て魔力という超常の力を手に入れたことで解釈が拡大し、文書だけでなくあらゆる無生物を対象に書き換えることが可能となったのだ。

 また、【改竄】を入手したおかげで、オリジナルプレートをいちいち偽装する必要がなくなった。


「……ふぅ」


 初めての危機を乗り過ごし安堵している時、一つのグループが翔真に近寄ってきた。


「相沢くん、ナイフ使いだって? とても格好いいね!」

「はっ、俺の刀使いには全然敵わないがな! お前はCランクで、俺はAランクだ。ちゃんと上下関係は分かっとけよ」

「コラ烏崎くん。相沢くんに酷いこと言わないの」

「へいへい」


 昨晩話したばかりの母堂。翔真を嘲ってくる男は、烏崎刀也。とても分かりやすい母堂への恋慕だが、当人には全く気づかれていないので母堂に近寄る男子全員を牽制する番犬のような存在になってしまっている。地球でも何度か絡まれたことがあった。


「母堂さんと刀也くんはAランクだったよね。ほんとに凄いよ!」

「俺は拳闘士だかんな。Bランクだけど」


 彼女、彼は野々村暁子と馬場剛志。幼馴染の関係であり、とても仲が良いことで有名なコンビだ。野々村は小柄なのだが、馬場は体格に恵まれ逞しい体を持っているので、二人が並ぶ様子を美女と野獣と揶揄する生徒が極少数いるらしい。

 母堂、烏崎、野々村、馬場は普段からこの四人でグループを作っている。素晴らしいほどの陽キャグループだが、誰にでも世話焼きな母堂に振り回される烏崎、そんな烏崎に振り回される馬場と野々村の四人が傍から見ていて面白い。翔真は自身を平凡でつまらない人間だと自覚していたので、凪であった彼の日常にスパイスを与える存在として、そういったグループには感謝していた。


「うん、とても頼りにしてます。僕も頑張らないとですね」

「おっ、いい心がけじゃねぇか」

「私達も頑張ろー!」

「はい!」


 ……将来的に彼らの敵になることは分かっていながらも、翔真はその敵意を隠して元気に応えた。



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