第6話 異世界の食堂はやはりロマンの宝庫


 翔真は水場で汗を流し、クレアは騎士団長に外出の許可を申請しに行った。体を清めて新しい服に着替えた翔真は、待ち合わせ場所である城の門へ向かう。すると既に

到着していたクレアが、城を巡回する兵士に絡まれていた。


「ねぇクレアちゃん、いい加減俺とデートに行こうぜ?」

「……何度もお断りしたはずですが。これ以上しつこく話すようなら団長に報告しますよ」

「ほ〜ん、そんな態度とっていいのかな? 実は俺、聞いちゃったんだよね、君の噂」

「ッ⁉」

「メイドの立ち話が偶然耳に入っちゃってさぁ。驚いたよ。まさか、あの可愛いクレアちゃんが孤――」

「あの! お待たせしました!」


 兵士とクレアの間に割って入る。スパイとして生きるために面倒事は極力避ける方針だが、地球人で勇者ならば、ここで見過ごすはずがない。逆に無視してしまえば目立ってしまう。だがやはりしつこい兵士は案の定、邪魔者である翔真に突っかかってきた。


「あん? 誰だよお前」

「どうも、勇者です。クレアさんに王都を案内してもらう予定なので、退いていただけますか?」

「げっ、異世界からの勇者かよ……」


 最悪乱闘にでもなるのかと予想していたが、意外とすごすごと巡回に戻っていった。クレアとの会話からなんとなく予想はしていたが、やはり『勇者』という肩書は、この世界で強い効力を持つらしい。


(これは、使えるな――)


「大丈夫ですか、クレアさん」


 脳内で別のことを考えながら、クレアを心配して声をかける。クレアもしつこく絡まれていただけで、兵士にも実力でどうこうといった気はなかったようだ。

 実際に、たとえあの兵士が十人がかりでクレアに襲いかかっても返り討ちにできたのだが……そのことをあの兵士が知る由もなかった。


「はい。助けてくださってありがとうございます。……あの人には前々からしつこくデートに誘われていて、そのたびに断っていたのですが、何度もやって来る彼に辟易としていた頃なんです。助かりました」

「そうなんですね……」


 クレアは鎧を脱ぎ、私服に着替えていた。白いワンピースである。そして何より視線を誘導されるのが、胸で素晴らしく主張している二つの双丘。硬い鎧で覆われていて分からなかったが、脱ぐとどうやら、クレアは結構なものをお持ちのようだ。


「似合ってるね、服」

「ありがとうございます。勇者様のお隣に立つとなれば、お洒落しないわけにはいきませんからね!」


 そんな気を入れなくてもいいんだけどなぁ、と思いつつ、城門をくぐって街に出る。



「うわぁ……凄い活気だ」


 思えば初めて異世界の街を見たが、想像以上に発展していた。門から続く大通りには色んな店が立ち並び、多くの人々が行き交っている。その中にはサリア騎士団長と同じエルフ族の姿や、頭に獣の耳がある獣人族、身長が低くがっしりとした体つきのドワーフ族まで、多種多様な人種が共存していた。


 大通りを歩きながら、クレアは王都について説明する。


「王都は主に北区、東区、西区、南区の四つに分かれています。それぞれを治める区長が存在し、それぞれの自治区として治安やイベントなどを担当しています。王都には沢山の人々、沢山の物資が集まり、王のお膝元でありながら世界有数の貿易国家でもあるのですよ」


 クレアの説明を聞きながら進み続ける。

 サレンバーグ王国では人種問わず、あらゆる種族の者が訪れる。他国では種族による差別が行われている場所もあるようだが、この王国ではそういったものは一切が禁止されている。あらゆる者を受け入れているからこそ、多様性という強みを持ってこの王国は発展していった。


「あ、この店です」


 もう少し話を聞いていたかったが、大通りを一分ほど歩いて右に曲がり、路地を更に少し歩いた先で立ち止まる。目的地に到着したようだ。

 店名を確認するために看板を見上げると、『太陽と風』と書かれていた。店内へ入っていったクレアに翔真も続く。


 店内は落ち着いた雰囲気で、地球でのバーに似ている。クレアはカウンター席に座り、翔真もその隣の席に座った。すると店の奥からバーテンダーらしき女性が現れ、クレアの姿を見ると笑顔でカウンターに立つ。


「いらっしゃい、クレアちゃん。いつものだね」

「はい、それと――ショウマ殿も同じもので構いませんか?」


 クレアは翔真に尋ね、翔真は首を縦に振った。翔真の存在に女性は一瞬目を見開いて驚いたが、直ぐに表情を戻す。


「同じものをもう一つお願いします」

「はいよ」


 バーテンダーらしき女性は再び店の奥に戻り、少しすると料理をする音が聞こえてきた。


「あちらの方は、このお店の店長であるマリアーヌさんです。私が小さい頃からお世話になっている方で、今でもよくこのお店に訪れているのですよ」


 クレアは小さい頃、このお店で手伝いをしていた。現在は騎士を務めているので手伝いをする必要はなくなったが、『太陽と風』の雰囲気が心地よく、昼食の際や休日に店を訪れている。すっかり常連となったクレアに他の常連客が手を振り、クレアもそれに応えた。


「お待たせ! ドラゴン肉の香草炒め二つ!」


 食欲が唆られる香りを放ちながら出された料理は、肉と野菜を一緒に炒めたシンプルなもの。だがシンプルで家庭的だからこそ、素直に食べたいと思わされる料理だった。


「いただきます!」

「い、いただきます」


 元気に食べ始めたクレアを見て、翔真も食べ始めた。



「……美味しいっ!」

「でしょう?」


 肉を噛むたび、口いっぱいに旨味が広がる。下拵えがしっかりとされているらしく、脂は少ないが身が柔らかく、とても食べやすかった。ワイルドにも思える料理だが、香草によってなされた香り付けがまた絶妙で、肉の臭みを打ち消し、だが香りが強すぎず、絶妙な味わいとなっている。

 気が付けば、皿の上には何も残っていなかった。


「はい、これ。サービスだよ」


 マリアーヌさんがコトリとカウンターに置いたのは、二つのマグカップ。白い液体が入っており、仄かに漂う香りからミルクと推測した。


「トーラス牛のミルクだよ。蜂蜜も入れてある」

「マリアーヌさん、ありがとうございます!」


 一口飲むと、これまた絶品で、ミルクは乳臭さをまったく感じさせず、蜂蜜の甘さが混ざり合って調和し、ずっと飲んでいたかった。しかし現実は非常にも、数回喉に流しただけでマグカップの中は空になってしまった。翔真は惜しみながらも、空のマグカップをマリアーヌに返却し一息ついた。


「……とても美味しかったです。連れてきてくれてありがとう」

「喜んでいただけたならば幸甚に存じます」

「いや本当に……最高だった。寮で出される料理も良いけど、僕はこのお店の方が好きだ」

「おや、そこまで言ってくれると恥ずかしくなっちまうね。でも素直に受け取っとくよ」


 マリアーヌは食器を洗いながら朗らかに笑う。会ってから少しの間しか経っていないが、翔真は彼女にとても良い印象を抱いた。叶うならば、今後もこの店に訪れたいと思うほどに。


「で、だ。さっきから訊きたかったんだが……そこのお兄さん。クレアちゃんと一体どんな関係なんだい?」


 水気を拭き取ったコップを棚に置くと同時に、マリアーヌは身を乗り出しながら翔真に尋ねる。


(さて、なんて返そうか……。やはり目立たないためにも当たり障りのない答えで返すのが正解だろう。こんな場所で「勇者です」って言ったところで悪目立ちするだけだろうし)


「職場の知り合いですよ。二人共暇が空いたので、クレアさんオススメのお店を教えてもらったんです」


 嘘は言っていない。【詭弁】を使うか一瞬迷ったが、クレアとの会話でボロが出てしまっては余計に面倒事を招いてしまう可能性があった。


「なんだい、恋人じゃないのかい」

「ちょちょマリアーヌさん⁉ 何を突然仰っているのですか!」

「いやぁねぇ、男を連れてくる雰囲気がまったくなかったあのクレアちゃんが、まさか男を連れてくるもんだから、ちょいと気になっただけじゃないか。そんな反応しちまったら、逆にそういう気があるんじゃないかと勘違いしちまうよ?」

「マリアーヌさんったら……」


 顔を手で覆うクレア。耳が赤くなっている。クレアにはそういったことへの免疫がなかったらしい。



 その後、気を取り直して暫く雑談をする。


「そういや聞いたかい? 王都に隣接する森で、ゴブリンが発見されたって」

「それは……おかしいですね」


 王都には沢山の人々が集まる。それはつまり、世界中の強者が集まっているということ。そんな場所であるため、王都付近の治安は堅く守られており、魔物の姿は長らく発見されていない。もしゴブリンが本当に森に住み着いているとなれば、それは明らかな異常事態だ。


「初めはくだらない噂だと思ってたんだけど、客の何人かがゴブリンの姿を見たって言っていたよ。騎士団が対処してくれるんだろうね?」


 不安がるマリアーヌを安心させるように、クレアは姿勢を正して堂々と言う。


「勿論ですよ。そうですよね、ショウマ殿?」

「えぇ、そうですね」


 職場の知り合いという設定なので、騎士のフリをして答えた。クレアもそれを分かっていたようで、翔真は安堵する。




 その後、当然のように翔真はサレンバーグ王国での通貨を所持していないので、代金はクレアに支払ってもらうことになった。将来必ず返すと堅く約束し、翔真に呆れ顔を向けるマリアーヌへ挨拶をして店を出た二人は王城へ帰る。

 帰宅途中に、翔真はクレアに尋ねた。


「レベルって魔物を倒せば上がるんですよね」

「はい。魔物を倒すと経験値が貯まり、一定に達するとレベルアップします」

「……」

「ショウマ殿?」

「あぁいや、なんでもないよ」



 翔真は、森がある東区方面の門を見据えた。



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