第5話 褒められて伸びるタイプです
挨拶は終わり、本格的に訓練へ入った。全員が訓練を行うには闘技場は狭すぎるので、弓矢や魔法を練習する生徒は闘技場裏の森へ入っていった。あそこならば広いので、多少の無理は効くだろう。
翔真とクレアは闘技場に残り、壁際まで歩きながら短刀の扱い方を軽く講義していた。
「ショウマ殿、短刀の不利点と利点はお答えできますか?」
「不利点は他の武器よりもリーチが短くて……利点は……ごめん、わからないや」
ここでクレアは振り返り、手に隠し持っていた短い模擬刀で翔真の腹を軽く突く。質問に集中していたため、彼はまったく反応することが出来なかった。
「正解は、手数の多さと不意打ちです」
クレアは腰に下げていたもう一本の模擬刀を翔真に渡し、少し離れて向き合う。
「では早速試してみましょう。私が先程述べた『手数の多さ』と『不意打ち』を意識しながら戦ってみて下さい」
「いきなりですか……」
クレアが短刀を構え、それを見様見真似で構えてみる。
「では、参ります――」
言い終えると同時に、クレアは真正面から突撃してきた。勇者のスペックによりなんとか動きを目に抑え、胸をめがけて横に薙がれる短刀をバックステップで避ける。
途端、視線が青くなった。
「……え?」
視界を専有する青が、空の色だと判断するまでそう時間はかからなかった。気付けば右手に持っていたはずの短刀が、遠くに刺さっていた。大の字で寝転されていると、クレアが顔を覗き込んでくる。
「大分抑えましたが、痛みはありませんか?」
「あ、はい……」
差し出された手を素直に握り、立ち上がる。自分が一瞬で転がされたことは理解できるが、どのようにされたのか全く見えなかった。
「何を、したんですか」
「何って……隠し持っていた二本目の短刀でショウマ殿の短刀を叩き落とし、姿勢を低くして懐に入り貴方の足を取って倒しただけですが」
「『ですが』で終わらせるには高度過ぎる!」
一応、翔真は勇者のスペックを持っている。いくらこの世界において上位の騎士だとしても、技を受ける程度なら出来ると高を括っていた。……しかし現実に、為す術もないまま無力化された。その事実に愕然とし、同時にその強さが欲しくなった。
そしてクレアはその問いに答える。
「落ち込むことはありません。まずはレベル差です。私はLv.40ですが、勇者の皆様はまだLv.1であると思います。それだけの差があれば、ステータスの差も大きなものとなりますので、これからレベルを上げていきましょう」
ステータスは、レベルの高さに大きく影響される。素のスペックが高い勇者でも、その差をレベルで埋められたら敵わない。
「次に、技術です。私は十二の頃から、つまり七年近く訓練を積んでいますので、相手の身体を利用して投げることくらいは可能でした。ショウマ殿にも私の技術を学んで頂きたいと思います」
相手の懐に入り、相手の力を利用して投げ飛ばす。地球での武術に通じるものがあり、それは異世界においても、戦いを満たす要素の一つであった。
「……かなり大変そうですね、学ぶの。レベルを積んで、七年も訓練してるクレアに勝てる気がしないんだけど」
戦いを舐めていた気持ちは、確かにあった。剣を振るなど、ただ力任せに振り下ろすだけだと。
だが戦いにおける技術がここまでだとは思っておらず、自分の甘さと弱さが憎らしく、薄暗い今後を憂いていた。
若干ネガティブ気味になっている翔真を元気づけるように、クレアは大きな手振りで言う。
「わわ、私も才能が無かったのですよ! 先程『七年も』と仰られましたが、逆に言えば、七年も訓練してこの程度なのです。……私も、スキルに【短剣術】と書かれていたにもかかわらず、覚えが悪く、教えてくれた方を困らせてしまいました。なので勇者であるショウマ殿は、私よりもっと強く慣れるはずです!」
あれほど隔絶した強さを感じた彼女も、今の自分同様に才能が無かったと言う。翔真の場合は嘘をついて陥った難題なので自業自得としか言いようがないが、クレアの場合は純粋な努力で強さの獲得を成し遂げた。そこにある信念は天と地ほどの差があるが、現実がそれを当然と見なすか、はたまた不平等に力を与えるのかは不明である。
ただ、クレアの激励は翔真の心を持ち上げた。やる気が出ると同時に、自分を教えるのがクレアで良かったと、幸運を喜んだ。
(……まったく、なんて良い人に教えてもらえるんだ)
「分かりました。精一杯がんばりますので、お願いします」
気持ちを改め、真剣な目でクレアを射抜く。翔真の気持ちに当てられ、クレアもやる気が更に湧いてきている。
「はい! まずは素振りをし、その後で様々な型を見せますので――」
――三時間後
「っ、はぁ、はぁ……」
「お疲れ様です。一旦昼食を挟んで休憩を取りましょうか」
三時間続けて訓練をした翔真は、クレアの声を聞いてそのまま地面に倒れる。
「げほっげほっ! ……訓練キツい」
「はいどうぞ、水です」
「ありがとうございます……」
渡された水を呷るようにして飲み、渇いた喉を潤す。汗もかいていたので、失った水分を取り戻すように勢いよく飲んでいった。綺麗に最後まで飲み干すと、大きくため息をして息を整える。
「ふぅ〜……大変だね、訓練って」
クレアは普段は優しいのだが、訓練となると厳しくなる。
『型』を見て覚えさせられた後、なんと素振りを千回させられた。その素振りも型通りに行わなければカウントされず、姿勢が崩れていたりすると柔らかく注意される。
かといって厳しい訓練に苛立ちを覚えるかと言われれば、そんなことはなかった。叱咤の間に激励を挟むものだから、上手い具合にアメとムチを使い分けられて止めようにも止められなかったのだ。
「いえ、初日からここまで行える人はそうそういませんよ。やはり勇者様は素晴らしいのですね。まだLv.1なのにそこまで動けるのであれば、訓練を続けてレベルを上げて、私なんかすぐに追い越せますよ!」
クレアの応援を聞き、ふと周りを見渡す。どうやら他のクラスメイトも、指導係の騎士にだいぶ揉まれているようだ。
翔真は【ナイフ術】など保有していないので、まだ『型』の域を出ないが、速いところでは騎士と軽く打ち合っている生徒もいた。
潜入や諜報に関しては彼らよりも上手だが、戦闘においては現段階でかなりの遅れをとっている。周りや天秤の女神を騙した自分の責任とはいえ、この現状に行き場のない悔しさを覚える翔真であったが、そんな翔真の暗い感情を察したのか、クレアは変わらず明るい口調で提案する。
「あの、ショウマ殿に王都をご案内したいので、昼食も兼ねて一緒に城の外へ行きませんか?」
断る理由もなく、翔真は快諾した。
「はい。是非とも王都を教えていただければ」
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