第33話 身近なところに同類がいたとは……


 自分の裏の顔がバレていたというのに、翔真の心は酷く冷静だった。またはこの部屋に連れて来られた時点で、なんとなく察していたのかもしれない。


「僕は勇者の任を背負っている。そんな僕が人類の敵って?」

「えぇ。魔物を率いてスタンピードを引き起こし、王国の情報を盗み、魔王軍幹部と密通……ふふっ、なんて悪い方なのでしょうか」


 ルナは翔真がこの世界に来てから行ってきた活動の全てを、余すこと無く的確に言い当ててみせた。

 これ程までに把握されているのならば、再度とぼけたところで無駄だ。少なくともそう判断した翔真は、深い溜め息の後に降参を示した。


「ハァ……そうですね。全部ルナ王女が言った通りです」

「でしょうね。私は


 違和感。


「……でも何故? いえ、王女だから独自の情報網を持ってるんだろうが、僕は誰にもバレないように活動をしていたつもりだった」

「種明かし、してほしいですか?」

「そりゃ、まぁ……」


 翔真が興味を示したことを確認すると、ルナは不敵な笑みを浮かべて彼へにじり寄る。その姿は一国の王女ではなく、まるで大人には内緒でイタズラの準備をしている子供のような顔つきであった。


「では、ショウマ=アイザワ様。貴方も隠し事無く、問われた一切を私に明かすことを誓ってください」

「……」


 翔真は一瞬の躊躇を見せるも、先程ルナが明かした把握済みの情報から推測するに、こちら側の殆どが知られているのだと考える。

 ならば今更情報を出し惜しんだ所で……であるなら新しく情報を仕入れた方が益だと判断した。


「分かった。だからルナ王女側が持ってる情報も明かせ」

「ふふっ、なんと強欲なことでしょう。……ですが、嫌いではありませんよ?」


 翔真との会話が素晴らしく楽しいといった様子で、終始笑みを絶やさないルナ。それはカイザード皇帝との面会で見せた作り物の笑顔ではなく、傑物である彼女が珍しく見せる、本心からの笑みであった。

 ルナは姿勢を正し、翔真側の情報を把握済みの理由を明かし始めた。



「私の身内以外に知られていませんが……私のスキルは【】です。この世に溢れる事象の殆どを知ることが出来る、というスキルなのですよ」

「【万智】……だから僕の情報を知っていると」

「その通りです。付け加えれば、ではなくではないですか? 東風谷ウメさんを忘れてしまっては、彼女が悲しまれるでしょう」


 なるほどウメのことまで知られているとなっては、彼女の言う【万智】が本物であると信じる以外にない。

 かつてのダンジョンで勇者達とウメの接点は存在していたが、そこから翔真とウメの個人的な繋がりを予測するには不可能だ。


「【万智】について、より詳しく訊いても?」

「構いませんよ。といっても私自身、このスキルの全てを理解しているわけではないのですが……知っている限りのことをお教えしましょう――」



 ルナが言うには、【万智】は完璧なスキルではないとのことだ。この世の殆どを知ることが出来るが、全てではない。訊かれても答えられないことは当然のようにあるらしい。

 だがそれでも、現在起きている事象の殆どを把握できる。

 加えるなら、その事象は彼女の脳内に勝手に入ってくるらしい。

 知りたいことを知りたい時に調べられる、まるで地球での検索機能のようなものは付いておらず、無差別に情報が頭に入り込む感覚である。

 その彼女の脳内に入り込んだ情報の一つに、翔真達の活動が含まれていたのだ。



「私が知ることが出来るのは、過去と現在のことについて。未来のことは一切不明です。集めた情報から推測することは可能ですが、それが必ずしも確定した未来というわけではありませんから」

「それでも十分に強力なスキルじゃないですか……」


 情報の多さ、正確さが支配するこの世の中で、知ることが出来るスキルというのは非常に強力だ。

 現に、人類側の敗北を招こうとしている翔真の活動を把握していた。

 当人にそれをどうこうする力はなくとも、その情報を共有することで軍は最大効率の動きを為せるだろう。


 この時に翔真の心で湧いた感情は――


(欲しい。彼女のスキルが。彼女の【万智】が)


 所有欲であった。


 ルナの【万智】を、それでなくとも彼女自身を己の陣営に引き込むことができれば、いちいち情報収集などといったまどろっこしい真似はせずに済む。

 翔真は今、ルナが猛烈に欲しいのだ。


「えぇ。今の貴方の思考も知っています。私のスキルが欲しいのでしょう?」

「そうだ。ルナ王女が欲しい。是非ともこちらの陣営に引き入れたい」

「熱烈な歓迎、誠にありがとうございます。いやはや、王女という席に座っている間は権謀術数の最中に放り込まれるようなものですから……ここまで素直な感情を向けられるというのは、慣れないものですね」


 ルナは照れる演技をして誤魔化すが、翔真はずっと真剣に彼女の目を見ていた。


「それで、回答は」

「そんなの……ふふっ、お受けするに決まっているではありませんかっ!」


 急に声量を上げるルナ。先程の冷静な様子とは打って変わり、それこそ無邪気に笑顔を浮かべている。


「【万智】のスキルによって、私は知りたいことは既に殆どを知っています。新しく学ぶ楽しさ、気づく楽しさ……そのようなものが一切無かった。……だからこそ、予測不能な展開が魅力的に映るのです」

「つまり、僕達の活動が予測不能だから楽しそうに見えると。だから僕達の活動に参加したいと?」

「えぇ、その通りです。勇者でありながら魔王軍に味方し、人類の転覆を狙うイレギュラーなど、今後現れるかどうかさえも不明です。この機を逃してはならない……【万智】ではなく、私の勘がそう言っているのですよ!」


(ははっ。なんだこの王女。結構壊れてやがる)


 熱弁するルナを眺めながら、翔真はそう思った。


 己の快のためだけに人類と敵対する自分も相当に壊れていると自認していたが……まさか身近なところにも、自分以外に壊れた人間がいるとは想像していなかった。

 既に知っていることが多すぎるから、刺激を求めて翔真に味方する……己の脳の刺激、または知識欲を満たすためだけに、王女という立場でありながら人類の敵側に就こうとしている。


 その本性を知らされ、翔真は猛烈に心が昂ぶっている。表情には出さないでいるが、内心では壊れたルナへのシンパシーで満ちている。


 翔真が出す答えなど、決まりきったことだった。



「それじゃ、ルナ王女……こちら人類の敵へようこそ」

「えぇ。末永く仲良くしましょうね、裏切り者さん?」




 異常だ。

 この部屋で話す二匹は、人としておかしい。

 だからこそ、なのだろう。









――帝国は今夜、滅亡する――



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