第32話 腹黒王女は囁く


「では、また夜に会おうぞ」

「あぁ。次は夜でな。――”疑似転移”」


 一瞬で視界が切り替わり、簡易の隠れ家から宿の翔真の部屋へと移動した。




 そのままベッドに移動し、膨らんだ毛布を剥ぐ。


「んーっ! ん゛〜!」


 そこには手足の腱を切られた上に両手両足を縛られ、更には猿轡まで噛まされた男が横たわっていた。翔真の姿を見るや否や、うめき声にも聞こえない程か細い叫びを放つ。

 男は【イビル・クロウ】の構成員であり、先日翔真に捕らえられた者だ。王国へ戻る際に、万が一のことを考えて身代わり、と言うべきか、掛け布団に膨らみを持たせるためだけに隠し場所からこの部屋まで運んだ。

 翔真にとって、この男にはその程度の価値しか無い。


「うるせぇな。殺すぞ?」


 脅しとばかりに短刀をチラリと見せれば、直ぐに声は収まった。……男は代わりに、恐怖に満ちた目を見せる。


「さて――」


 そんな男には目もくれず、翔真はドアに近づく。

 床を見れば、王国に向かう直前にドアと縁の隙間に挟んでおいた極小の紙片が落ちていた。それはつまり、何者かがドアを開けたという確かな証拠。


「……誰か来ていたな。またはドアを開けただけか」


 顔を男の方に向け、目を見開いて尋ねる。


「僕の外出中に、誰かこの部屋に来たか?」


 男は従順に、首を縦に振る。答えなければ死んでいまうかのような、そんな必死な形相で。


「じゃあ、部屋の中に入ったか?」


 男は少し戸惑いを見せた後、首を横に振って否定した。毛布を体全体にかけていたために、部屋の中の様子は伺えなかったのだろう。

 そして何者かが、この身代わりのことに気付いたはずがない。もし気付いていたのならば、既に大事になっているはずだからだ。


(じゃあ僕が部屋で寝ていること……いや、大人しくしていることを確かめに来ただけか? 十中八九、【イビル・クロウ】の一人だとは思うが)


 【プロトタイプ】捜索中の話は既に仕入れている。王国から来た部外者である翔真達が、何かしらの変な動きを見せたら直ぐ報告出来るように、監視しているという情報も知っている。


「念の為にお前を置いといてよかったよ。じゃ、戻ってくれ」


 男の真下にゲートを作り、元の監禁場所に送還した。ゲートを閉じる一瞬の間に、ゴトリと鈍い音が響いた。雑に送ったので頭を打ったのかもしれないが、そこは全くと言っていいほど問題でない。少なくとも、翔真は微塵も気にしていない。

 壁にかけてある制服に袖を通し、清々しい笑顔の翔真は元気強く言う。


「さて、今日も学生生活頑張りますか!」



 場所は代わり、帝国学院が保有する運動場の一画。

 運動場……いや、フィールドと言った方が正しいと思えるほど広大なそれは、四つの区域に分けられている。それぞれ森林エリア、平原エリア、市街地エリア、闘技場エリアである。

 そして現在、留学中の翔真が所属しているクラスは、闘技場エリアで活動している。どうも実践演習のような、一対一のタイマン戦を行うことで個人の能力を測る目的なようだ。

 それ自体、翔真は何も文句など抱いていない。誰が相手であろうとも、勇者の肩書に恥じない程度の力にセーブして、手加減をすれば済む話であるからだ。タイマン戦を行うという知らせを聞いた時も、嫌な気は一切起きていなかった。


 しかし、だ。


 現在進行系で翔真が闘技場の中心に立たされており。

 目の前にいる相手は、手加減して戦えば首を刈り取られそうな程の殺気を発しているのならば。


 少しと言わず、かなり嫌だ。


「ショウマ=アイザワ……なるほど召喚された勇者、その程度の力はあるようだな」

「ありがとうございます」

「だがっ! この程度の力では! 王女様の護衛など力不足甚だしいッ!!」

「あっ、はい。そうですか」


 げんなりとする翔真と対照的に、相手のミリエスタは言葉を発するごとにテンションを上げている。一方的な発言でとても会話として成り立っておらず、翔真からしてみれば一人で勝手に喋り、一人で勝手にボルテージを上げているようにしか見えていない。

 ミリエスタにも理由はあるようだが、正直言って、翔真は面倒に感じている。


(そっちの事情を僕に押し付けるなよ……どう考えても嫉妬。それも八つ当たり、いや逆恨みか?)


 今までの発言から、ミリエスタがルナに対して並々ならぬ感情を抱いていることは用意に想像できる。

 それが敬愛であれ、主従を越えた恋愛であれ、どちらにせよ翔真にとって煩わしいことこの上ないのだが。


「しょうまー、頑張れよー!」

「……」


 友人であるシュウは、観客席から声援を送ってくれている。その隣にちょこんと座っている日花里からは、何の応援も送られないが。

 その他、元々帝国学院に在籍している生徒も観客席で翔真とミリエスタの戦いを今か今かと待ちわびている。無論、ミリエスタが必死になって話題に挙げているルナも、ニコニコと笑顔でこちらを見下ろしていた。


(白々しい……笑顔の下にどんな顔を隠してんのか、一度見てみたいよ)


 そして以外だったのは、平民でありながらも学年トップの席に居座り、ある程度の自由が許されているはずのカイトが姿を見せていること。有象と同じ席で、翔真の戦いを観ようとしている。

 一応、翔真とカイトは知らない仲ではないので観戦すること自体に何も文句はないのだが……カイトの目が、見定める側の目になっていることが少し疑問に思えた。

 十分な強さを持っているはずなのに、自分と同等以上の力を持つ者を、仲間に引き入れようとしているかのような。

 少々具体的過ぎる予想だが、カイトの目の動き、態度、その他端々に見える癖がそう語っている。


(後で暇があったら聞いてみるかな……)


 その時、教師のエリザが開始の合図を宣言する。



「それでは、ミリエスタ対ショウマ=アイザワの試合を行う。両者構えて……始めっ!」



 試合が始まると同時に、二人は相手に向かって走り出した。

 ミリエスタの武器は長剣、翔真の武器は短剣。リーチの差はありながら、両者ともに近接武器である。

 遠距離を保ち斬撃を飛ばし合うといった策では、互いに体力を消耗するだけの不毛な時間となってしまう。闘技場のように広い場所においてならば、尚更。


 であるなら、相手よりも速く一撃を繰り出せば良い。初撃を奪うことが出来たのならば、隙が生まれた相手を追撃し、戦いにおける主導権を握れる。

 両者の狙いは一致し、一人で走る時よりも速く、相対速度が二倍となり、一気に距離が詰められた。

 ミリエスタは突きの構え。短剣相手に大きな隙を見せるような大ぶりではなく、翔真のどんな動きにも対応できるような、コンパクトな構え。

 翔真は目視するや否や、頭からカウンターという選択肢を外す。この調子では、逆カウンターをされても文句を言えない。

 ならば――


「ッ⁉ 真正面から、だとっ」


 こちらも相手に合わせ、突きの構えを取る。力を溜め、放つ。

 そのまま剣先同士が見事に衝突し、キンと心地よい音が鳴り響く。互いにかける力も等しく、そのまま数秒の膠着状態となった。


「テヤァッ!」


 均衡を崩したのは、ミリエスタだった。掛け声とともに切っ先を横にずらし、翔真の横を走り抜ける。彼も前にかけていた重心に押され、ミリエスタとの距離を取ることを余儀なくされた。

 互いに睨み合う。これで状況は初めに戻った。

 しかし直ぐに両者は歩み寄る……ゆっくり、と。


(膂力の差は殆ど無い。だから剣戟での勝負に持ち込むって算段だな。……いいぜ、乗ってやるよ)


 刃の打ち合いは、意外とすんなり始まった。滑らかな動きで剣が動き、金属同士が鳴らす高い音が再び闘技場内に響き始めた。

 斬る。弾く。押す。距離を取る。読み合う。斬り上げる。突く。


 一瞬の隙を縫ってミリエスタの懐に入ったところで、ミリエスタは即座に柄の部分で短剣の刃を受け止める。寧ろ柄で殴るというカウンターをかけられた。

 逆にミリエスタが入ると確信した袈裟斬りを打ち込んだところで、翔真は常識的に考えては想像しきれない角度で体を反らし避けられた。反撃とばかりに短剣を振られ、鎬の部分で防ぐも衝撃を止められず、自分の剣の柄を胸に打ち付けてしまった。


「強いですね、ミリエスタさん」

「名前で呼ぶな。……だが、貴様も確かな実力だ」



 ――幾万にも思えた剣戟が止まり、相手の首に刃を突きつけたのは、


「僕の勝ち、ですね」


 翔真だった。ミリエスタの長剣は、彼女の手から十メートルほど離れた場所に転がっている。


「……降参だ」


 悔しさに歯を食いしばりながらも、ミリエスタは素直に白旗を揚げた。

 途端、観客席から喝采が湧き上がった。


「すげぇ! すげぇよ今の試合!」

「途中の剣の動きとか、全部見きれなかったわ!」

「王国の勇者も凄いけど、ルナ王女の側付きの人も凄かったよなぁ……!」


 数々の称賛が翔真に降り注ぐ中、飛ばされた剣を拾いに行くミリエスタの背中は少し寂しげに見える。


「あの――」

「悪い、今は話しかけないでくれ。……貴様の実力はよく分かった。今後の対応を改めよう」


 それだけ言い残し、ミリエスタは去っていった。

 入れ替わりに、いつの間にかルナが翔真の側に立っている。


「あの子は――ミリエスタは、私がスラムから拾い上げた者です。メキメキと実力を付けていきましたが、それ故に出自と合わせ、様々な嫌がらせに遭ったようで……」

「だから、ルナ王女にあそこまでの敬意を表していると?」

「えぇ。彼女にとって、私の近侍を務めることは単なる栄誉に留まらず、自身の心の拠り所のようなものであったでしょう」

「そこに俺達勇者連中が割り込んできたから――ん?」


 ルナは何と言ったか。

 確かに言った。と。


「試合中にも関わらずこのように貴方の元へ訪れたのは、とある要件が――」

「ちょっと待ってください。……彼女? ミリエスタって女なんですか⁉」


 驚きに満ちた表情を浮かべる翔真だが、それと対照的にルナは通常の平静を保った顔だ。


「そうですが? てっきり初対面の際にお気づきになられているものかと」

「いや、その、普通に……僕と同じ男かと……」

「過去に女として辱められたがために、男装と男のような振る舞いを好んでいるのですよ」


 意外な所で衝撃的な事実。

 だが驚く翔真を置いて、教師のエリザが二人に向かって叫ぶ。


「そこの二人! ミリエスタはもう闘技場から去っているぞ。他の生徒が使うために、早急に観客席へ移動しなさい!


 慌てて二人はステージから立ち去る。ルナは無邪気な笑みを浮かべていた。


「ふふっ、怒られてしまいましたね?」

「まぁ話を広げた僕に責任がありますし……」


 それから少し話しながら、ミリエスタを先導として歩いた。

 だが彼女が歩く先の方向は、観客席ではない。


 周りに人がいないことを確かめた翔真は、態度を二人きりの場合に切り替える。


「で、姫さんが一体何のようだ?」

「まぁ一旦落ち着きなさってくださいな。私は貴方とお話したいだけですよ」


 ルナが翔真を連れて訪れたのは、闘技場の奥にポツンと設置された、誰も使っていないような個室。中に入れば、至って普通の控室だった。

 翔真は彼女に勧められるままに、机を挟んで置かれた二対の椅子の片方に座る。

 反対側の椅子には、ポツンとルナが腰を下ろした。庶民が使う椅子であるのに、使用者がやけに高貴な雰囲気を所作を見せているがためにアンバランスだ。


「ここであれば、貴方の付いているは問題ないのではありませんか?」

「ッ! 王女様が、なんでそのことを……」

「ご安心を。私はでございます」


 謎に含みを持たせたその言葉に違和感を懐くも、ここで話を止めてしまっては無意味だと判断し、今は聞き流すことにする。


「……じゃ、早速本題に入ってもらおうか」

「はい。実は貴方達の活動に交ぜていただきたいのです」

「活動? いや護衛対象が護衛するって矛盾し過ぎ――」

「そちらではありませんよ。……ねぇ?」


 無邪気ではない、邪気に満ちた笑顔でルナは囁く。






「【】さん?」



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