第35話 常識に囚われてはいけない
殺した男に変装した翔真はプロトタイプを抱え、事前に警備が薄いと判断したルートを通り城内へ侵入した。
仮に翔真の姿を見られたとしても、捕まえた【プロトタイプ】を運んでいる最中だと誤魔化せるように、彼女の腕を足を縄で縛り、口には猿轡を噛ませてある。
互いに承知の上での格好だが、彼女にとって親しくないオトコの顔で、無抵抗に縛られていくというのは……小さな嫌悪感を抱いた。これが翔真の顔で、翔真の声であったのならば、どんな反応をしたのか自身も気になるところであった。
『そちらの扉を開けて、進んだ先の二つ目の角を左に曲がってください』
小声で話すプロトタイプの指示に従って進む。それ以前にもルナから城内の大まかな構造を教えてもらっていたので、その情報とも照らし合わせ、より確実に迷わず歩く。
幸いにもプロトタイプを連れていた所で翔真に話しかける者はおらず、人とすれ違っても疑問を抱かれるような態度が見られなかった。
無論彼女の存在について問われればどのようにでも返したのだが、行き先を塞がれないに越したことはない。
(案外、このような事柄は日常茶飯事なのかも……だとしたら僕好みの
進むに連れ、壁の耐久度が下がっていく。人通りが少なくなり、怪しい雰囲気を増していく。
そして遂に、目的の扉へ辿り着いた。
脇に抱えていたプロトタイプを床に下ろし、念の為に再度人気の無さを確認し、それから漸く彼女を縛っていた縄を解く。
「ん、今外すからな」
「……ぷはっ! 多少息苦しかったですが、問題ありません」
「なら良し。それじゃ――」
翔真はその扉の前に立ち、観察する。
金属製の扉は、ルナからの情報が正しければ攻撃魔法数十発を放ってようやっと開くような硬度を誇る。無理矢理な突破は不可能だろう。
しかし解錠しようとしても、扉のサイドに設置されているパネルに正しい暗証番号を打ち込まない限り開かない。ピッキングなどそもそも叶わない。更には件の暗証番号はドクターとその助手しか知らないという。
まさに鉄壁。……だからこそ、そこまでして隠したい”何か”がこの先にあるのだということを確信させる。
己が出てきた扉であるが、プロトタイプの場合は内からであり、外から眺めるのとは大きく違う。その堅牢さに唾を飲む。
かなりの戦闘能力を持つように改造されたこの体であっても……翔真に魔力を移してもらったおかげで最高のパフォーマンスを出せるようになった今であっても破るのは難しいと、実行に移すまでもなく理解する。
しかし隣に立つ翔真ならばと期待を寄せながらも、恐る恐る尋ねる。
「翔真様は解錠に関しては問題ないとおっしゃっていましたが……もしや先程おっしゃっていた協力者の方から、暗証番号をお教えされているのですか?」
「いや? ……非常に悲しく残念なことに、”殆どの事象を知っている”からこそ、その『殆どの事象』の範囲外の情報にこの扉の暗証番号が含まれていてな。パネルを操作して開けるのは無理だ」
「……はい?」
「ぶち破ろうとすれば……この扉の硬さなら、開けれたとして大きな音が鳴るだろう」
翔真はコンコンと扉を小突きながら言う。
信頼していた翔真の口から飛び出た、不可能。その事実はプロトタイプの顔を曇らせる。
「本人も申し訳無さそうな顔をしてたなぁ。……ま、こちらが頼り切りだといつかは関係が崩壊してただろうし、今回は僕達で扉をなんとかしないといけない」
小声で『頼り続けたら使い潰されそうな気もするし……』と加えたが、その言葉がプロトタイプの耳に入ることはなかった。
「そんな……どうすれば……」
悲しみの声を隠すこと無く漏らすプロトタイプであったが、……翔真が無策で敵陣の中へ突っ込むようなことはありえない。
暗い表情の彼女とは対照的に、彼は自信に満ちた表情で扉へ更に近づく。
そのことに気付いたプロトタイプは翔真を制止する。
「待ってください! まさか扉を力尽くで破るつもりですか⁉ そんなことをすれば衛兵が大量に押し寄せてきますよ!」
「まさか。大丈夫だから後ろに下がってろ」
安心させるような声音とは裏腹に、翔真の行動は過激さを増していく。
スルリと、短剣を抜いたのだ。
今更止められるわけもなく、プロトタイプは固唾を呑んでその様子を見守る。万が一に爆音が響けば直ぐに訪れるであろう衛兵に対処すべく、背後に気を遣りながら。
短剣を振り下ろす形で握った翔真は、その腕をゆっくりと上げ――
「ふっ!」
――振り下ろす直前で体の向きを変え、ドアの縁ギリギリの箇所を切り裂く。
刃が短い故に翔真の膂力が全て乗せられた刃先は、まるでバターのように壁に切れ目を空けていく。
右に、上に、左に腕を動かし……そして遂に、扉を見事に切り抜いていた。
その間に音は鳴ること無く、静かに仕事を終えていた。
脱力する翔真は、ルナとの会話の一部を思い返す。
◆
『……申し訳ありません。【万智】の効果範囲内に、その扉を解錠するための言葉は入っていませんでした』
今夜の計画を二人で練っている時、件の扉に関することで一つの障害が現れた。
なんと先へ進むために通らねばならない通路に、ルナのスキルを用いても開けることが出来ない扉があると言うのだ。
『他のルートは数少なく、【プロトタイプ】が出てきたと思われる裏口は外出専用……入る手段はそれこそありません。第一、その裏口は外に警備が常在しています』
『かなり詳しいな。流石【万智】』
『皮肉ですか? ……肝心な所で貴方の役に立てないなど、やはり万能ではないのですよ。私のスキルは』
自嘲するルナだったが、顎に手を添えて考え込んでいた翔真はふと尋ねる。
『……壁の素材は何で出来てるんだ?』
彼の問いに対し、少し脳内を探ってから確かに答える。
『壁は……壁はどうやら、一般的な木材で作られているようですが……』
『なら問題ないな』
『はい?』
頭に疑問符を浮かべるかのように首を傾げるルナへ、ニヤリとした笑顔で翔真は言う。
『扉は硬い。でも壁はそこまで硬くない。……なら、することは一つだろ』
翔真は指先で、空中に四角形を描く。
聡明なルナ王女は翔真の意図に素早く気づくも、己では思いつかなかったであろう方法を編み出した翔真に驚愕する。
『……まさか、扉ごと――っ⁉』
◆
翔真はくり抜いた扉を手前に倒し、それを盛大に踏みながら先へ歩いていく。
眼前で起きた出来事に目を丸くし呆けることした出来なかったプロトタイプは、蝋で固められたかのように動かない。
先へ続く度に暗くなっていく階段の下から、翔真の声が響き渡る。
「おーい? 早く来ないのか?」
「……いい、今行きますっ!」
我に返ったプロトタイプは慌てて階段を下りていく。
彼はかなり先に進んでしまっているようで、合流するまでに色々と考える時間が出来た。
「……翔真様と出会ってから、驚かされてばかりです」
◆
私は作られた時から、ずっと研究室に閉じ込められていた。
薄暗い。
見るも悍ましいと感じさせる数多の研究結果が視界に入り、心の奥底で言い表せられぬ嫌悪感を抱きながらも、書き換えられた私の精神は発狂を許されない。
私は【プロトタイプ】。
素体に含まれていた知識を再度与えられたがために、失敗作だと判断された物。
それに習い、私の後に作られた娘達は完全に過去の記憶を持たない。自意識を持つ肉ニンギョウとして作られた。
私は――
私でない私の、つまらない生涯を語ろう
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