第4話 異世界あるある『指導者が美少女』


 翌朝、疲れが取れていたので再度オリジナルプレートを確認してみる。


「魔力47/50。じゃああの疲労感は魔力不足からくるもので、時間経過か睡眠で回復していく感じかな」


 推測の域を出ないが、経験からほぼ確信する。

 ……昨晩の一歩は、他の勇者よりも早く成長するための立派な足がかりとなったことだろう。スキルの使用感に慣れるために、今度も寮から抜け出すことを決める翔真だった。


 食堂で朝食を摂り、王国から支給された動きやすい服に着替えて闘技場に向かう。服の材質は軽いが腰に紐を巻くためヒラヒラせず、見た目がまさに異世界のような服装に、翔真は内心歓喜した。


(地球で着ればコスプレでしかなかった服装を、まさか大手を振って歩けるなんて……厨ニ心がつつかれるなぁ)


 クラスメイト全員も同じような気持ちであり、そわそわして落ち着かない様子だった。

 自身もそわそわしていた翔真に、一人の男が歩み寄る。


「……シュウか」

「よっ! 元気にしてたか、翔真?」


 彼は春夏冬秋。苗字が”春夏冬”で『あきなし』と呼び、名前を”秋”で『しゅう』、合わせて『あきなししゅう』だ。

 ……冗談みたいな名前だが、彼の今の苗字は母親が再婚して変更した後のものだ。

 彼の母も再婚の意思を息子に話した際、苗字と名前でイジられることを不安がっていたのだが……そこで素直に母の再婚を祝福したところに、シュウの性格が表れている。


「元気にしてたか、って……そんなに気になってたんなら話しかければよかったのに」


 クラスで寮生活しているようなものなのだから、いつでも話しかける機会はあったはずだ。


「わりぃわりぃ。ちょっと日花里が俺の袖を離してくれなくってさ」

「そういうことか」


 彼には幼馴染の恋人がいる。橘日花里というのだが、『ひかり』という名に相応しくないほど大人しい性格をしている。

 基本的に無口で、恋人のシュウとしかコミュニケーションをとらない。しかもシュウの場合、幼馴染特有の意思伝達能力で言語を介さずに通じ合っているので、他人はどうにもならない。一応シュウの友人であるのだが、僕とも滅多に話すことはない。

 シュウは険しい顔を見せた。


「……皆は異世界に来て喜びまくってるけどよ、日花里みたいに戦いたくない、家に早く帰りたいってやつもいるんだよな。隠してるだけで、そう思ってるやつはそこそこいるだろうし。だから『剣士』の俺が頑張らねーと」


 友人は、友人なりに戦う理由を見つけたようだ。



 ――だがそんなこと、翔真には関係がなかった。今更友人の心情を知ろうが、人間へのスパイ活動を行うという決意は揺らがない。彼は友人の心よりも、己の楽しさを優先したのだ。

 昨晩の外出でのスリルは、翔真にまるで麻薬のような快楽をもたらしていた。このままスパイであり続けるだけで、刺激溢れる生活が待っている……その期待が意志を更に固める。既に狂った領域へ片足を突っ込んでいることに、彼自身が気づくことは一生ないだろう。



「……ん」


 シュウは袖を引っ張られるのを感じ、視線を下に向ける。それに合わせて翔真も視線を目線をそちらに向けると、ちょうど話題に出ていた日花里が秋に密着する形で側に立っていた。


「お、日花里来たのか。戦うのが嫌って言ってなかったけ」

「……秋くん……傷……嫌」


 僅かな単語のみで日花里は話す。具体的に何を伝えているのか翔真は理解できなかったが、シュウは――


「そうか。そう思ってくれるんなら、俺ももっと頑張らなきゃな」


 相変わらず会話が二人の間のみで成立してしまっているが、二人が満足しているならばそれでいいと、翔真は何度目になるか分からない思考放棄をする。


「……『結界師』……帰ろうね」

「マジか。日花里が守ってくれるなら俺も安心して戦えるよ。で、俺も日花里を守るからな! ……必ず一緒に帰ろう」


 シュウの言葉に頬を赤らめる日花里。やはり会話の内容は分からないが、とにかく恋人がイチャイチャしていることだけは把握できた。

 恋人たちの惚気に付き合う余裕はないので、翔真はその場を離れてオリジナルプレートを取り出す。今一度、保有するスキルの確認を行うためだ。


【改竄:無生物を対象に、手に触れたあらゆる物を改竄することが可能。外見と性質が変化するため、看破されることはない】

【変装:生物に手に触れると変装させる。あくまで外見のみであり、見た目以外は変えられない】

【変声:声音を任意に変えられる】

【詭弁:嘘を真実だと思わせる。嘘と矛盾した事象を見つけた場合、看破される】

【全言語理解:すべての言語で読み書き会話が可能】

【解読:あらゆる暗号を解読可能】

【足音消去:足音を消す】

【気配遮断:存在の気配を極限まで消す】

【気配感知:生物の魔力、生体エネルギーを感知する】

【足跡消去:足跡を消す】

【梟の目:暗視効果】


 改めて見ても、やはり潜入において最高のスキル群だ。変装と変声を行い潜入し、あらゆる暗号を解読して情報を盗み取り、逃走用のスキルで安全に逃げられる。このスキルの並びを誰かに見られただけで、盗みや詐欺の常習犯ではないかと疑われるほどだ。


(目下の問題としては、魔力量。長い間潜ることもあるかもしれないし、出来るだけ魔力を増やしておきたい)


 レベルを上げればステータスが上昇し、勿論魔力も増える。そうすれば、もっと長い期間で情報を手に入れられる。となると、一層今日の授業に気合が入るというもの。

 闘技場の入り口から現れた者を目視すると、翔真は姿勢を正した。

 その人物は、翔真の真正面に立つ。いつの間にか、彼の横にクラス全員が整列していた。


「皆さん、ごきげんよう。私はサリア=ターリア。王国騎士団の団長を務めています」


 話題の騎士団長は、まさかの女性だった。緋色の髪を一つに束ね、素晴らしく顔立ちが整っている。しかし堂々とした立ち居振る舞いは、一国の防衛を担う者に相応しいほどであった。

 そして何よりも目を引くのが、人間よりも長く、先が尖った耳。つまりターリア騎士団長は、エルフ族であったのだ。


「今日から皆様の訓練を担当します。といっても私一人で行うのではありません。事前に皆様のオリジナルプレートを拝見し、それぞれの天職に合った指導員を、私の団から送ります。それぞれ個別で教えることになりますので、しっかりついて来てくださいね」


 見目麗しい騎士が、カリスマも含む滑らかな声で指示をする。しかもエルフである。


「ふ、ふつくしい……」「俺、あの人に教えてもらいたいんだけど」

「は? 俺に決まってんだろ」「僕だよ!」「俺だ!」


 男子諸君が見惚れるのも、当然のことであった。

 そんな勇者たちを見て、サリアは微笑んだ。実は直前まで、異世界人は一体どのような人たちなのだろうかと緊張していたサリアであった。傲慢で乱暴者、初めから教えを請う気がなかったならばどうしたものかと。

 しかし己の美貌にときめく少年たちを見て、勇者といってもまだ子供なのだと安心する。


 ――そんな中、自身の美貌に目もくれず、ただひたすらに彼女の強さを測ろうとする視線をサリアは感じた。何者かと男子の集団に視線を動かすと、途端にその気配が途切れた。


(ふむ、これは【気配感知】ですね。私の視線を敏感に反応出来るスキルはそれしかありません。しかし勇者の中に現段階で【気配感知】を有している生徒はいなかったはずですが……もしや昨晩の王城侵入と何か関連が? ……いえ、この結論に至るにはまだ尚早。彼らを教えていれば、いずれ明るみに出ることでしょう)


「それでは、私の部下たちを紹介します」


 サリアの声を合図に、闘技場へぞろぞろと騎士たちが入ってきた。年齢、性別もバラバラだが、共通して言えることは全員が強者の風格を纏っていること。その闘気に当てられ、生徒達は冷や汗を垂らした。


「先程申し上げたように、皆様のステータスを吟味した上で最適な教育者を用意しました。これからは担当騎士の指示に従って、訓練を行うようにして下さい」


 そして騎士たちは、事前に伝えられた生徒の元へ行く。



「母堂朱李と申します。これからよろしくおねがいします」


 母堂には、弓を肩に背負っている壮年の男性騎士が付いた。



「春夏冬秋って言います。言いづらいので、シュウって呼んでくれると助かります」

「……橘日花里……おねがいします」


 シュウには若い男性騎士が、日花里には妙齢の女性騎士が付く。二人は顔を見合わせ、互いの指導者が同棲であったことに安堵していた。恋人が異性に教えを請うている様子は、思春期の彼らにとって心がモヤモヤする種であっただろう。

 母堂の指導員が男性騎士であったことから、必ず同性でなければならないという規則はない。本当に幸運だったのだ。

 他のクラスメイトも、己を指導する騎士と挨拶を交わしていた。

 そして翔真を担当する騎士は――


「こんにちは! ショウマ=アイザワ殿ですか? 私は騎士団で斥候を務めています、クレア=ノヴァクと申します。これからよろしくおねがいしますね!」


 明るく元気な、若い女性騎士だった。……いや、女性と言えるのかどうか怪しい。外見で判断すると、生徒達より少し上程度に見えるが……それでも、戦闘に関して素人な翔真が明らかに『強い』と感じるほどの雰囲気を纏っていた。


 翔真は彼女を二、三歳上程度かと予想したが、なんと的中していた。クレアの年齢は一九歳である。

 自分達と二歳しか変わらないのに、もう騎士団に入って斥候として活躍し、勇者の指導係に任命されるほどの実力なのか……と、クレアを見た生徒達は皆、彼女を尊敬の眼差しで見る。しかし彼女がその視線に気がつく様子はなかった。


「はい、相沢翔真です。ノヴァクさん、ご指導のほど、よろしくおねがいします」

「あわわ、勇者様に敬語を使わせたなんて知られたら怒られちゃいますよ! 出来れば通常語で会話していただければ……」


 慌てて注意するクレアを見て、何故か胸がほっこりとした。異世界に来てからスパイ活動についてしか考えてこなかった翔真の心に、初めて温かさが灯った。ただし本人は、何故それを感じているのか理由をまだ分かっていない。


「それと、ノヴァクさんではなく『クレア』と気軽にお呼び下さい」

「じゃあ、僕のことは翔真と呼び捨てに――」

「そ、そそそんな。勇者様を名前で呼び捨てだなんて恐れ多いことです! 年もそこまで変わりませんし……でもお許しいただけるのならば、『ショウマ殿』と」

「全然構いませんよ。是非それでお願いします」


 畏まった名前で呼ばれるのは、流石の翔真も気恥ずかしかった。


「ではショウマ殿。貴方のオリジナルプレートの内容を読ませてもらいました。確か【ナイフ術】と【投擲術】でしたよね。私も短刀を使用しているので、かなり効果的に教えられると思います」


(あ、それって僕が騙したやつ!)


 ここで再び危機が訪れる。咄嗟に誤魔化した天職だが、そのせいで未経験の短刀系を教えられることとなった。勇者は総じてスペックが高く、また天職による補正があるので、特定の分野においては無類の強さを誇る。

 しかし翔真の場合、ナイフは専門外だ。地球ではナイフを扱ったことすら滅多に無いのに、まして生物を切るためなど考えたこともなかった。スパイとして戦闘力は大事なので頑張ろうと決意したが、これでは周りに強さで劣ってしまう。

 いやそれ以前に、『勇者なのに、何故あそこまで才能が無いのか』と怪しまれてしまうかもしれない。ただですら騎士団長の強さを見抜こうとして男子が怪しまれたというのに、これ以上猜疑心を向けられてはスパイも何もない。


(なんとかしてこの場を切り抜けなければ)


「……あの、実は僕、運動神経がとても悪くて……覚えも悪いので、先に言っておきます」


 シンプルに、戦闘技術の向上速度が遅いと伝える。呆れられたり、嘘だと判断されないか不安がる翔真だったが――


「そうなんですね。でも大丈夫です! 出来るまで私が付き合いますので、魔物と渡り合える段階まで引き上げますよ!」


 ――会話で分かる底なしの優しさに、逆に申し訳無さを感じる。自分の快のみを考えていた彼に訪れたこの感情は狂気とは程遠く、酷く人間的だった。


「分かりました。頑張りますので、ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「ですから敬語はやめてくださいよぉ……」


 萎縮するクレアは、まるで小動物的な可愛さを纏っていた。冗談もほどほどにしようと思ったが、周りの男子からの視線が痛い。『翔真にあんな可愛い女が付いてくれるだなんて』という嫉妬でしかない感情だったが、結果として少し悪目立ちしてしまったことを翔真は反省するのであった。



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