第3話 影が薄い人って、かくれんぼ無敵だよね


 各々のオリジナルプレートでステータスを確認した後は、再びシモンから知識を授かる。この世界の成り立ちや各国の情勢、果てには魔物の弱点まで。

 教えられた知識はとても膨大で、まるで覚えきれる量ではなかった……が、勇者として召喚されたことで人間的なスペックが上がっているのか、覚えきれずに困った顔を見せる生徒は一人も現れなかった。

 日が暮れた頃、知識の伝授が終わる。ここでシモンの座学による役目は終わり、明日からは実践訓練を担当する新しい講師が訪れるらしい。なんと王国騎士団の団長が自ら教えに来るとのこと。騎士団という単語にわくわくする生徒達は、明日に期待しながら寮へと帰っていった。

 翔真は夕食を終えると自室に戻り、今後の方針を考えることにした。


(敵は人間、味方は魔王軍。現実として、僕は敵陣のど真ん中に居座っている)


 いくらSランク天職持ちの勇者で、どれだけスキルが豊富であろうと、王国側、それも同じ勇者であるクラスメイト達と事を構えて勝てる自信は微塵も起きなかった。それにスキルで勝っていたとしても、ステータスの総量では他のクラスメイトと変わらない。

 翔真自身が暴れるという選択肢はまっさきに排除した。


 なら、どうするべきか?


(せっかくスパイの天職が与えられたなら、王国側の情報を魔王軍へ密かに渡せばいいかもしれない)


 地球でのスパイよろしく、人間サイドの機密情報を門外漢へ漏らすという案を思いつく。そうと決まれば、動き出すのは早かった。


「ちょうどスキルの効果を確かめる良い機会だしね。新米勇者の今ならまだ、城の中を彷徨ってても誤魔化しが効く。――【気配遮断】【気配感知】【足跡消去】【足音消去】!」


 試しに四つのスキルを同時に発動してみたが、腹の中から何かが吸い取られる感覚がする。異常の原因を把握すべく、オリジナルプレートに目を通した。

 ちなみに彼のオリジナルプレートには【改竄】を既にかけており、他者は勿論、天秤の女神でさえ判別することは不可能だろう。しかし【解読】持ちの翔真にとって、改竄された文を読むことは造作もなかった。


◯相沢翔真『スパイ(Sランク)』Lv.1

 体力48/50 筋力50 敏捷100 魔力35/50 技工70

 スキル【改竄】【変装】【変声】【詭弁】【全言語理解】【解読】【足音消去】【気配遮断】【気配感知】【足跡消去】

 称号:【神をも欺く者】


 残存魔力量が減少していた。状況から判断するに、スキルを使用すると魔力を消費していくシステムなのだろう。使うごとに消費していくのか、または使い続けても消費していくのか……その疑問を確かめるためにも、翔真は王城に向けて部屋を出た。


(うわ暗っ!)


 いくら魔法のある世界といっても、電球で常に世界が照らされている地球とは違う。所々にランプの灯りが目印として見える程度で、とても廊下を歩けるような明るさではなかった。


「……暗さに慣れるまで待つしかないか」


 そう呟くと同時に脳内で声が響く。


『スキル【梟の目】を獲得しました』


【梟の目:暗視効果】


 何者かに見られたのかと驚きで飛び上がるが、それが天の声だと分かり安堵する。しかし、唐突なスキル取得に困惑を隠しきれない。


(こんな簡単にスキルって手に入るものなのか……? というか凄いタイミングで入手したな)


 でもこれで安全に夜に活動することが可能となり、再び歩みを進めた。

 城の敷地内に寮が位置することもあってか、城に到着するまでそう時間はかからなかった。しかし城に入るのは初めてであり、緊張が翔真の心に走る。

 怯えを胸のうちに封じ込め、深呼吸を合図に城への侵入を開始した。

 ……大胆に歩いても足音が鳴らず、人が近づいてきても草むらに隠れていればバレる気配も見せなかった。振り返れば不思議なことに足跡が残っておらず、侵入の形跡など一切残らないだろう。

 まるでチートのような能力だが、あくまで侵入などのスパイ活動の方向へ特化しているため、正面から敵と殺り合って勝てる自信は持てない。

 しかし人類の敵となる以上、いずれは強大な敵と事を交える時が来るだろう。その日に備え、戦闘術も身に着けねば……


 そんなことを考えていたら、遂に城への侵入を果たした。といっても今回はお試しの感覚で侵入したため、特にこれといって目的はない。なので少しの間城を散歩しようと無為に歩くと、灯りが扉の隙間から漏れている部屋を発見した。


(……なんとなくだけど、この部屋に近づけば情報が手に入る気がする)


 好奇心には抗えず、ここに来るまでよりも慎重に部屋へ近寄った。

 隙間から中を覗いてみると、なんと重鎮らしき老人たちが机を囲み、重要そうな会議を行っているではないか。翔真の予想は的中し、聞き耳を立てる。

 ちょうどリーダーと思われる、顎髭を蓄えた老人が重々しい声で会議の参加者に演説していた。


「――つまり、”禁書庫”の警備を更に強化すべきなのだ。あそこには国が保管する重要な書物が山ほどある。万が一賊に奪われようものなら国力の低下に飽き足らず、学術機関からの信頼も地に落ちるぞ」

「えぇ、大臣の仰る通りでございます」


(あの人、大臣だったのか。やけに偉そうな態度だと思ったが、実際に偉い立場だったとは)


「……しかし、あの”黒印魔術書”を読める輩はそうそう居ますまい」


 そろそろ帰ろうかと思い立った矢先、大臣の秘書と思われる人物の口から”黒印魔導書”という初めて聞く単語が飛び出て、身を戻す。


 ――その勢いで、扉に軽くぶつかってしまった。


 そして運の悪いことに扉は老朽化しており、少し押しただけで大きくギィと音が立ってしまったのだ。


「ッ、何者だ!」「賊だ! 衛兵を叩き起こせ!」「ひっ捕らえろ!」


(や――やばいヤバいヤバイ!!)


 自分の失態を反省する暇もなく、翔真はその場から急いで逃げ出した。

 一階に続く階段を速やかに発見し、勇者のスペックをフルに活用して駆け下りる。幻聴ならばいいのだが、背後から鎧のガチャガチャという音が聞こえた。それが彼の心に焦りの波をぶつける。

 そして城を飛び出て、寮が見え始めると安堵する。

 スキルは常時発動状態にしてあったので、不幸中の幸いで逃走中に誰からも見られることはなかった。

 息も絶え絶え、緊張で心臓をバクバク鳴らしながら自室の扉を閉める。ちなみに翔真にとってこれが初めてのスニーク行動であり、慣れた一流のスパイならまだしも、スパイになって初日の彼にとって、見つかるかもしれないというストレスは想像を絶するものだった。

 ふらふらとベッドにうつ伏せで倒れ、重い手を動かしながらオリジナルプレートの魔力の項目をぼーっと眺める。


「……魔力10/50、か」


 魔力が満タンの状態からかなり削られている。この疲労感は単純な緊張によるものだけでなく、魔力消費によるものかもしれない。

 スキルの使用中に魔力が切れた場合にどうなるのかはまだ教えられていないが、スキルが魔力消費で使用される以上、おそらくスキルが解除される。加えて今以上の疲労感によって動けなくなっていただろう。

 もしそんな状態であの大臣に見つかっていたならば、いくら勇者といえども怪しまれ、処罰は免れなかった。

 禁書庫と黒印魔導書という重要そうな情報を手に入れられたが……翔真の失態によって、図書館の警備は更に厳しくなったことだろう。

 本来スパイというものは、存在自体を怪しまれた時点で作戦成功率は格段に低下するものだ。今回も例に漏れず、音を立ててしまったことで次回の侵入の難易度が上がってしまった。勇者が疑われる可能性は低いといっても、わざわざ警備の厳しい時期に行くのはリスキー過ぎる。暫く間を空けて、入念に準備してから臨むべきだろうと決意した。


「疲れた……でも、楽しかったなァ」


 平凡な日常に飽きた男は、刺激に満ちた出来事に嗤う。まるで狂人のように口を三日月の弧にする男は、次に起きる”何か”に首を長くして待つ。平和な地球で平穏な日常を送った普通の男が、ここまで狂うものかと疑いたくなるほどの笑顔だった。

 そして遂に体が限界を迎え、翔真は気絶するように夢の世界へ入っていった。



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