第8話 敵が勇者より勇者っぽい


 ――場所は王都に隣接する森。その奥深くにある洞窟、ゴブリン達の巣穴。


「一体どういう事じゃ⁉ 何故妾の部下たちが減っている⁉」


 ゴブリン達の女王、ゴブリンクイーンは玉座で怒りに震える。


「そ、それが……女王様の言う通りに罠を仕掛けていたところ、全て敵にバレていまして……」


 ゴブリンクイーンの側近は怯える声で言う。

 ゴブリン達にとって上位存在であるゴブリンクイーン。力も知能も全て彼らに勝り、これ知能という点においては人間の思考にも匹敵すると言われている。そんな生き物の怒りを受け止める覚悟は、彼らには無かった。


「ふざけるでない! ゴブリンという種族の弱さを泣く泣く認めた上で、あの罠を敷いた。並の冒険者やヒラ騎士ごときが回避できるようなものではなかったはずだ! いくら王都に隣接しているとはいえ、騎士団幹部以上の輩がわざわざゴブリン退治に来るはずも無かろうに……一体何者だ?」

「敵はどうやら背後で一太刀にしているようで……何者かさっぱりです」

「この愚か者共めが! 即刻調査せよ!」

「「「はっ!」」」


 ゴブリンクイーンの叱責で、配下のゴブリン達は速やかに動き出した。部屋に一人残った女王は爪を噛みながら思案する。


「……早く敵を排除せねば。此度は魔王軍幹部であるアマイモン様から直々に賜った作戦。失敗するわけにはいかぬ……ッ」


 だが現実は非情にも、彼女らの命を刈り取る魔の手が徐々に近づいていった――




「……ここがゴブリンの巣穴、か」


 あれからもゴブリンを倒し続け、遂にゴブリンの巣穴を発見した。森の奥の奥、小さな丘に洞窟が作られており、入り口で見張りのゴブリンが行ったり来たりを繰り返している。

 翔真は一度【気配感知】で洞窟内を索敵し、敵の兵力を確かめた。すると数十体のゴブリンの気配を感じ取る。確かに、ゴブリンの巣穴のようだ。


(あれ、でもこの気配だけは普通のゴブリンと違う……洞窟の奥にいるってことは、ゴブリン達の首魁か?)


 周りのゴブリンよりも明らかに強さのレベルが違う敵を見つけ、翔真は警戒を上げる。今までのゴブリンと違うということは、その分イレギュラーな事態が発生しやすいということ。単独で挑んでいる以上、そのイレギュラーは死に直結する。

 入念な準備をしてから挑むべく、巣穴の周囲を探索してから翔真は帰っていった。




 ――場所は再び巣穴の奥、ゴブリンクイーンが居る部屋。翔真が一時撤退した日の翌朝、配下の報告を聞きながらゴブリンクイーンは思考する。


「今晩は被害が一つもありませんでした」

「被害がなかったのは喜ばしいが……妙じゃな。毎晩犠牲者が出ていたというのに、何故今日だけ……まさかッ!」


 ゴブリンクイーンは玉座から立ち上がり、配下のゴブリンへ命じる。


「強大な敵による襲撃が、数日以内に必ず起こる! 警備のレベルを最大限にし、罠の点検を再度行え!」

「「「はっ!」」」


 命じたゴブリンクイーンも、自身が帯剣する愛刀を鞘から抜いて手入れする。

 その目には立ちふさがる敵への憎悪、憤怒、嫉妬が浮き沈みしていた。上に立つ者として、感情に流されてしまってはいけないと分かっている。分かっていてもなお、配下を殺されたことへの憎しみと怒りを隠しきれない。

 そして、たかがゴブリンと侮らず、入念に準備してから挑んでくるであろう敵の知力と冷静さを妬んだ。


(思えば……しっかりと妾達を警戒してくれたのは……ちゃんと妾を見てくれたのは、初めてかもしれぬ)


 ゴブリンクイーンは天井を仰ぎ回顧する。




 彼女は最弱であるゴブリン族を治めるクイーンとして生まれ落ち、低いゴブリンの立場を少しでも上げようと今まで邁進してきた。知識を蓄え、戦略を編み、戦いの訓練を怠らず、強く賢き者であろうと努力してきたのだ。


 ――だが、魔物たちのゴブリンを見る目は彼女の想像を超えて低かった。

 ゴブリンには無価値だと、教育を与えられなかった。長い時間をかけて立案した作戦を、蒙昧なゴブリンごときの作戦と見下され却下された。ゴブリンは最弱と侮られ、まともに訓練相手をしてくれなかった。


(そんな妾達を、姿の見えぬ敵はしっかりと警戒してくれている――)


 憎らしいはずの敵に情を抱きかけたが、雑念を振り払うように首を横に振った。


(――いや、争いに感傷は不要。敵が強大であろうと、どれだけ準備をしてこようと、それを覆す策で倒せばよいだけじゃ)


 『貴様の作戦が成功すればゴブリンの階級を上げる』と、魔王軍幹部アマイモン様から約束されたのだ。これは数十年、いや数百年に一度の大チャンス。長年見下され続けてきたゴブリンという種族が本当は強いのだと、周りを見返してみせる絶好の機会。逃すわけには、いかないのだ――




 その頃翔真は、クレアと訓練をしていた。まだ本当のステータスは見せず、力を抑えた上でナイフを振る。まだ魔物の一体も倒していないという設定なので、全力を明かすわけにはいかないのだ。


「ふっ!」「やぁッ!」


 数日前から、訓練内容は素振りに加えてクレアとの打ち込み稽古を行っていた。学んだ『型』を実践で活かす訓練をするためだ。


「「シッ!」」


 刃を潰した短剣同士が交差する。クレアが振りかぶった刃を短剣で受け止め、鍔迫り合いの力勝負となるが、クレアに力を受け流され翔真は姿勢を崩してしまった。その隙を見逃さず腹を狙って振り下ろされるが、なんとか短剣で弾いて姿勢を戻す。息を少し整えた翔真は、真っ直ぐクレアの姿全体を見つめた。


(実力差は歴然……でも何処かに、必ず、勝機があるはずだ)


 その勝機を模索するため、今度は翔真から斬りかかる。ナイフを受けようとするクレアの短剣を、姿勢を低くして地面を滑りながら避ける。すると予想外の行動に驚いたのかクレアの体が少し固まるのを見逃さなかった。すぐさま振り返り、その勢いで鎧の背中目掛けてナイフを投げる。


(獲った――)

「ハァッ!」


 クレアが左手に隠し持っていた短剣によって、投げたナイフが叩き落される。そして気付けば距離を詰められ、右手に持った短剣の刃を首筋に当てられていた。


「……降参です」


 両手を挙げると、クレアは短剣を鞘に収める。翔真も気が抜け、地面を大の字に寝転がる。クレアも翔真の隣に腰を下ろす。


「まだクレアに一矢報いることも出来ないかぁ」

「いえ、先程の虚を突く攻撃は危うかったです。私と打ち合うことも出来ていますし……成長しましたね」

「そう言ってもらえると嬉しいけど……早くレベルを上げたい。いつ頃に魔物を倒しに行くのか団長さんに聞いたりしてます?」

「実は……まだ他の勇者様にはお伝えしていないのですが、近頃勇者様を連れてダンジョンに向かう予定です。表層でレベル上げをし、実際にそのダンジョンのクリアを目指していただきます」

「それは楽しみだ」


 子供のような笑みを浮かべる翔真を見て、クレアも微笑む。すると休憩の間にサリア騎士団長が近づいてくる。何事かと思い慌てて立ち上がったが、どうやらクレアの方に用事があったらしい。


「クレア=ノヴァク。王都付近の森でゴブリンの目撃情報があった件ですが、調べたところによるとゴブリンの巣が発見されました。明日直ぐに強襲作戦を執り行うので、ノヴァク団員も参加しますか?」

「はい。喜んでお引き受けします」


 即決したクレアに微笑むサリア騎士団長。翔真も交えて世間話をした後、最後に翔真への激励をしてから去っていった。

 その背中を眺めながら、彼は焦りの気持ちを芽生えさせていた。




 その日の晩、体力を万全にした状態で翔真は寮を抜け出す。天気は晴れで、三日月の弱い光が降り注いでいた。


(今夜の内にゴブリンの巣穴を攻略しなければ、騎士団に先を越されてしまう。……ここまで殺ってしまったんだ。最後まで自分がやりきらなきゃ)


 武器のナイフを腰に下げ、昨晩訪れたばかりのゴブリ員の巣穴に到着した。

 【気配感知】で索敵したところ、昨日は居たはずの見張りの存在を感知出来なかった。偶然なのか、はたまた僕を誘う罠なのか……どちらにせよ、攻めなければ始まらない。

 スパイなのに勇者らしく、勇気を持って翔真は洞窟へ忍び込んだ。


 洞窟内はやはり暗く、【梟の目】が無ければ一寸先も見えないほどの暗闇に包まれていた。微かな月明かりも洞窟の奥には反射せず、言葉通りの真っ暗闇。

 今は殆どのスキルを発動中であり、【足音消去】の効果で洞窟内に足音が響くことはなかった。勿論【気配遮断】も【足跡消去】も発動しているので、洞窟の暗さも相まって、翔真の存在を感知できる者は居ないだろう。


「っ!」


 【気配感知】に反応があり、壁にできた窪みへ咄嗟に隠れる。すると直後に奥から足音が響き、続いてゴブリンが二体姿を現した。何やら会話しているようで、聞き取ろうと耳を澄ませた。


『――女王様も面倒なことさせるよなぁ。敵が強大って言ってたけど、どうせ誇張だろ?』

『ほんとそれな。最近の女王様って何か焦ってるみたいだし。俺たちの地位を上げようと奮起してるらしいけど、別に俺たちは人間の女を犯せればそれで良いんだけどな!』


 ギャハハと下品に笑いながら翔真の横を通り過ぎていくゴブリン達。姿が見えなくなったのを確認してから、翔真は更に奥に向けて歩き出す。


(ゴブリン達の話が……聴こえる?)


 今までゴブリンを闇討ちしてきたので、彼らの声を聞くことなどなかった。しかしいざ聞いてみると、明らかに人間が使う言葉じゃないと分かる。……分かっているのに、理解できた。


 おそらくスキル【全言語理解】による効果だと思われるが、この世界で魔物の声を聞くこと自体珍しいことなのかまだ分からない。もしかすると同じようなスキルを所持している者ならば意思疎通も可能だろうが……会話の内容からすると、とても良い交流が出来るような性格ではなかった。

 何処の世界にもチンピラのような者がいるのだと考えていると、特に罠にかからずボスがいる部屋らしき場所を発見した。

 【気配感知】で中にボスがいることが判明し、この部屋に繋がる横道や狭い道がないかと暫く周囲を探索してみるが、他に道は見つからず、やはり目の前の扉からしか入れないようだった。小細工無しで正面からやって来いというメッセージに思える。

 真正面から挑むのならば、スニーク系スキルを発動していても意味がない。スキルの殆どを解除し、翔真はいつでも武器を抜き出せるよう準備をして扉を開いた。



 真っ先に目に入ったのは、奥の玉座で悠然と座っているゴブリン。体格が普通のゴブリンよりも一回り大きく、翔真の身長の少し下くらいの大きさであった。立ち居振る舞いも堂々としたもので、こいつがゴブリンの長なのだと理解する。


「――来たな」

(っ、人語⁉)


 ゴブリンの長の口から飛び出たのは、まさかの人語。【全言語理解】が発動していない。ゴブリンが人語を介するなどという話は初耳である。


「お前が妾の配下の多くを殺した者か?」

「……あぁ、そうだ」

「そうか。お前が、やったのだな」


 ゴブリンの長は玉座に立てかけてあった剣を握り、静かに立ち上がる。


「配下の者は、全員が一太刀に首を落とされていた。他に傷は見当たらず、抵抗した痕も見えなかった。……推し量るに、お前のスキルは暗殺向けであろう?」

「っ!」

「ふん、図星か。暗殺向けのスキルと分かれば、相手が堂々と正面からしか挑めない場を作ればよい。……お前は見事に罠へ嵌ったというわけだ」


 翔真は目の前の敵に対して、警戒のレベルを最大限にする。人語を介する時点で賢い魔物だと思っていたが、まさか自分のスキルを看破されるとは思ってもいなかった。


(こいつは、今までのゴブリンとは全く違う。賢く、だからこそ驚異的だ)


「……僕がお前の想像よりも強かったら?」

「ねじ伏せるのみ。妾は最弱の種族ゴブリンの長、ゴブリンクイーンである」


 ゴブリンが剣を構える。その立ち姿には、まさに『王』としての格を纏っていた。


「弱者の剣、受けてみよ――」



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