第15話 速報、配下が戦闘狂
あれから夜になるたび、ルリア遺跡に侵入して攻略を進めていった。既に中層迷宮のマップ、その殆どを覚えてしまったくらいには。
そして二日後に至る。
「……じゃあ、行くか。深層へ」
「うむ。妾のはいつでも準備できておるぞ」
緊張気味の翔真に対し、ウメは余裕飄々といった感じで佇む。その姿に勇気を貰い、彼は遂に深層への扉を開ける。
……やはり重苦しい空気が奥の方から漂ってきた。少し尻込みするが、後ろに立つウメの気配で正気に戻り、大きく一歩を踏み出した。
長い階段を下り続け、やっと開けた場所に出る。
……そこには、巨大な廃都が広がっていた。石レンガで建てられた家々は所々崩れており、しかし窓の中に見える家具類から、かつてここで誰かが生活を営んでいたのだと思わせる。確かな文明の足跡を感じながら、翔真とウメは街の通りを歩く。
「おや、早速出迎えが来たようじゃ」
ウメの言葉でナイフを抜き、気配のする方を向いた。
すると家と家の間にある陰から、ひっそりと魔物が現れる。人型の魔物で、顔立ちが整っている男の容貌をしていた。何故か両手が拘束具で締め付けられており、また一向に叫ぶ気配のないことも、目の前の魔物の不気味さを強調させている。
「……ククッ、中層は温すぎて退屈であったからのう。久々に”戦い”を味わえそうじゃ」
戦闘狂のようなことを言いながら、ウメは『半月』を抜く。刀の光が、全体的に薄暗い深層の中を照らしていた。
「主様、気をつけよ。此奴――」
途端、拘束具の魔物が猛スピードで突撃した。
「――強いぞ」
「うわっ!」
翔真はそれを横っ飛びに避け、ウメは『半月』で衝撃を受け止め、後ろに押されながらも魔物の勢いを殺した。
力が拮抗しているおかげで、攻撃態勢に移っている魔物の姿をよく観察することが”出来てしまった”。
「げ、なにそれキモっ!」
整った顔立ちだと評した頭は縦に真っ二つに分かれていた。そしてその断面には歯と思われる鋭利な刃物が無数に並んでいて、割れ目の奥に一ツ目が見える。言葉通りの”モンスター”の歯による攻撃を、ウメは素の力で押し返し距離を取る。
「どうやら頭部に見えるアレは、此奴の口のようじゃ。生物の弱点である目を口腔内に隠すとは、中々どうして面白いな」
「このホラーな状況で楽しんでられるのはお前くらいだよ」
翔真はそう言いながら、魔物を挟んでウメの反対側に移動する。二対一の状況でなら、誰でもこうするだろう。……しかし、一見この魔物は思考能力が無いように見えるが、次に翔真を狙って走り出した。
「チィッ! 弱い僕から始末するってことかよ!」
魔物の攻撃がウメに受け止められたことで、彼女には手を焼かされると判断したのか、先に翔真を殺そうと魔物は駆ける。
彼はそれをナイフでそらしながら再び避ける。しっかり注意すれば避けられないこともないのだが、逆に言えば避けるので精一杯だ。翔真一人だけなら体力切れか集中力切れでミスを犯し、無惨に負けていたことだろう。
だが、今は違う。彼には信頼する配下がいた。
「主様よ、妾の元へ!」
短い会話だけで全てを理解した。翔真は言われた通りにウメの近くへ移動し、『半月』で受ける体勢に移ったウメは翔真と魔物の間に割り込み、やはり翔真を狙ってきた魔物の動きを止める。止められてはいるが、反撃が出来るような状況ではなかった。
……だからこそ彼を呼んだ。
「今じゃ!」
「了解!」
翔真は直ぐに方向転換するとモンスターの無防備な首に飛びつき、ナイフを大きく振るう。存外に柔らかかった首は簡単に切り飛ばされ、胴と頭が二つに分かれた魔物は動きを止めた。暫く観察するが、再び動く気配はない。
「……倒したな」
「うむ。では更に奥へ――」
瞬間、翔真の【気配感知】は感じ取った。
「危ないッ!」
どこからあの膂力が出ているのかと疑問に思うほど軽いウメの体を、両手を使う暇がなく、右手だけで突き飛ばす。
「っ、主様⁉」
右に倒れたウメが敬愛する主人の方へ振り向くと――
「ぅ、ぐぅ、っが……ぎゃぁぁぁ!」
腕が関節から切り落とされ、痛みに苦しみ悶えて転げ回る翔真の姿がそこにはあった。
「痛ってぇぇぇえ‼」
断面からは血が勢いよく吹き出ており、骨が見えて酷く痛々しい。
「くっ、貴様か!」
翔真に身体を二つに分断されてもなお、歯を飛ばし頭部のみで彼を攻撃したと思われる拘束具のモンスター。
翔真の腕を斬ったことに満足したのか、表情は浮かべられないはずなのに、床へ転がっている顔はニタニタと嘲笑しているように感じる。そんな敵にウメは一瞬で近づき、『半月』で力任せに叩き切った。グチュッ、と音を出して肉片になったことから、今度こそ消滅したと確信する。そして直ぐに翔真の元へ向かった。
「主様! 主様! 落ち着くのじゃ!」
暴れる翔真の体を力で無理やり抑える。これ以上動いては出血が激しくなり、失血を起こす可能性もあったからだ。
痛みに痙攣して体を震わせる翔真を抑えながら、ウメは自分の袴をビリビリと破り、涙目になりながらも即席の包帯として翔真の患部に巻く。彼女のシミひとつ無い太腿が露わになるが、そのようなことを気にするほど余裕のある者はここにいない。
涙をぽろぽろと流すウメはただ、出血が治まることだけを祈っていた。
対処が早かったおかげか、もう包帯に染みた血液が固まり始め、出血の広がりが弱くなっている。そのことに安堵したウメは、翔真のまぶたがピクリと動いたのを見逃さなかった。
「主様! 意識はあるか⁉」
「……な……なんとか、な。それであの魔物は」
「肉片に散らした。今度こそ倒しておるよ」
「なら、よかった……」
(……ちゃんと経験値が入ってるのかどうか、天の声で確かめるべきだったな……)
まだ腕に激痛が走り今にも意識を落としそうだが、心配するウメの声でなんとか保っている状態だった。ゆっくり顔を動かし、右腕の状態を確認する。
「ははっ」
人は受け入れがたい事象が身に降りかかると、どうやら逆に笑ってしまうらしい。痛みは重く感じているが、しかし右腕の関節から先の感覚が一切なかった。
――何故なら、もう腕が無いから。
逆に左を見ると、切り落とされた右腕が寂しげに倒れていた。当然だがそこに生気は感じられず、”腕”ではなく無機質な”物”として存在していた。
翔真は痛みに叫んだことで掠れた喉を動かし、ウメに頼む。
「なぁ……あそこに落ちてる僕の腕、持ってきてくれないか」
「わ、分かったのじゃ」
涙を着物の袖で拭ったウメは翔真の横で立ち上がり、彼の腕を拾いに行く。両手で広い、まるで壊れ物のように扱いながら腕を運ぶウメ。仰向けに倒れる翔真の隣にぺたんと座り込む彼女の姿が、今は何故か無性に微笑ましかった。
ウメは腕の”あった”場所にそっと並べて置き、彼はそれを今の腕と見比べて問う。
「……お前の知識で、無くなった体の部位を繋げたり生やしたりする方法を知らないか?」
彼女は申し訳無さそうに、ふるふると無言で首を横に振った。この世界に回復術師は存在するが数は非常に少なく、また彼女らでも腕を失うほどの大怪我は完治させられない。出来てせいぜい、激しい出血を止める程度だった。
ウメはここで「ある」と嘘をつくべきか迷ったが、結局止めて真実を伝えた。今の翔真に慰めをかけて中途半端に希望をもたせることは出来ても、しかしそうすれば彼はいつか必ず、今以上に傷ついてしまうから。
翔真は残り体力を確認するために、オリジナルプレートを左手でポケットから取り出して見る。
◯相沢翔真『スパイ(Sランク)』Lv.54
体力984/2000 筋力1597 敏捷3043 魔力1990/3000 技工1376
スキル【改竄】【変装】【変声】【詭弁】【全言語理解】【解読】【足音消去】【気配遮断】【気配感知】【足跡消去】
称号:【神をも欺く者】【魔物を率いる者】
腕の欠損と多量出血により体力が半分以上減っていた。それをぼんやりと眺める。
そんな主人を見たウメは、涙を堪えるしかなかった。
翔真は絶望のあまり、独り言で呟く。
「……この怪我じゃ、もう戦えないし、スパイ活動も出来ないよな。第一、こんな状態でクラスの元に帰れるはずがない……ここで終わりか」
翔真の目尻から、ツゥと一筋の涙の川が作られた。
ウメにとって、敬愛する主人は誰よりも強く、誰よりも賢く、……そんな主人が初めて溢した”諦めの言葉”に、遂にはウメが嗚咽を漏らし始めた。美女の泣き姿が視界の隅に入りながら、意味もなく再びオリジナルプレートを見始めた。
【改竄:無生物を対象に、手に触れたあらゆる物を改竄することが可能。外見と性質が変化するため、看破されることはない】
そんな時、ふと【改竄】の詳細が目に留まる。
(無生物、か……『無生物』、『無機質な腕』、『性質も変化』……いや、まさかね)
オリジナルプレートを懐にしまった翔真は、左腕を使って”右腕だった物”と右腕の断面との距離を出来るだけなくす。その間に左手の掌を置き、意識を自分の体に集中し始めた。そんな主人の行動を、涙が枯れたウメは黙って見守る。
極限まで意識を集中させたおかげか、右腕を中心に襲いかかっていた鈍痛をいつの間にか感じなくなっていた。奥に沈み込んだ意識を途切れさせることなく、彼は呟く。
「――【改竄】」
途端に彼の左手を中心に光が灯る。眩しさに思わず目を閉じたウメが、再びまぶたを開けるとそこには――
「あ、あ、主様……治っておる。腕が繋がっておるぞ!」
――斬られたことなど無かったかのように、元通りに繋がった翔真の右腕があった。酸素が行き届かず壊死しかけた細胞に血脈と神経が通り、短い間だが懐かしい腕の存在を確かに感じる。
まだジンジンとした痛みはあるが、そんなことは些事に過ぎなかった。逸るウメに急かされ試しに右腕を動かすと、問題なく可動した。一か八かに賭けてみた本人も、まるで夢のようだった。
「本当に上手くいくとは思ってなかったよ」
「それで主様よ、一体何をしたのじゃ。二つに別れた腕が再び繋がるなど、世界中何処を探しても、そんな技術は公になっておらぬ」
「いや、僕も今でもあまり信じられないんだけど……」
翔真が言うには、【改竄】によって巻かれた包帯代わりの布を”翔真の腕の一部”に改竄したとのこと。それによって死んだ腕に血液が通り、再び腕を動かすことが叶ったのだ。
文章だけでなく無生物全体を根本的な性質から変化させる【改竄】とは即ち、『事象の改竄』に近いと彼は予想する。文章を上書きするのと同様に彼は、包帯という事象を、腕の一部として上書きしたのだ。
「……毎度主様には驚かされるものよなぁ。理論は呑み込めど、実際に行うとなれば話は別じゃ」
「うん、多分僕以外には使えない。改竄先のことをよく知らないと、失敗するんだと思う」
物事を【改竄】する際には、”何に変質させるか”について良く把握していなければならない。【改竄】は確かに事象へ干渉するが、何でも変えられるというわけではなかった。
なのでウメの二本角を【改竄】して消すことを試みても、銀貨を金貨に変質させようとしても、きっと難しくて叶わない。前者については改竄先である”空気”か”無”についての把握を必要とし、後者は”金”の全てを把握しなければならないからだ。
しかし、自分の身体のことは、自分自身が誰よりも知っている。だから翔真自身の外傷を治すことは出来ても、他者の受けた傷は治せない。
彼が生命の危機に脅かされ、【改竄】についての理解を急激に深めることができて初めて使えるようになった奇跡の技だった。
「とにかく、これで問題解決した。だからお前もこれ以上泣かないでくれ」
「う、うぅ……主様が無事でよかったのじゃぁ……」
次は安堵により再び涙を流し始めてしまったウメ。顔を両手で覆いながら泣く彼女の身体を、右腕でそっと抱いた。邪魔する魔物も現れず、暫くウメの泣き声だけが深層に響いていた。
ウメは泣き止んで落ち着くと、何事もなかったかのように振る舞い始めた。いくら敬愛する主人でも、無様に泣く姿を見られるのは恥ずかしいものがあったらしい。翔真も自分を想っての涙だったと理解しているので、特にそれについて言及することもなかった。
二人は深層より比較的安全な中層に上り、そこで更に休憩した後にダンジョンを出た。
【変装】を解いた際に現れた、スカートと思われる服が縦に裂かれスリットのように、歩くたびに美しいお御足を垣間見せる美女の存在に周囲は騒然とする。目立ってしまった翔真は【気配遮断】でその場からそっと立ち去る。
残されたウメの恨めし気な視線に、フッと軽く笑う翔真だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます