第14話 腹立たしい美女は本気で苛立つ
「では、さらばじゃ」
表層の大部分を探索し、勇者と騎士団はダンジョンから切り上げる。ウメはここでお別れであり、殆どの男子から別れを惜しまれながら、彼女は泊まっている宿屋へ帰っていった。
その際に翔真に向けて一瞬だけサインを送ったのを彼は見逃さず、ふと大きな溜め息をつく。
「今日はお疲れさまでした! 色々とアクシデントもあり、お疲れかと思いますので、皆さんもゆっくり休んでくださいね。それとこの町の中なら、自由に出歩いていただいて結構です」
サリアの挨拶が終わると同時にこっそりと【気配遮断】を発動し、バレないようにその場から立ち去る。そしてウメが宿屋へ向かった道を進み、彼女の背中を見つけて追う。
ウメが宿屋に入ったことを確認し、同じ宿屋で同じ部屋の扉を開ける。するとソファーにゆったりと寝転んでいるウメがいた。
「おう、主様か。いやはや、【気配遮断】を使った主様に尾行されると全く気付けぬな」
「……色々と説教したいことがある。まず、あの牛型魔物の件だが……あれ、お前がやったんだろ」
「やはりバレておったか」
あの牛型魔物のダイナミックな登場は、中層の強いモンスターが暴走した結果などではない。ウメがあの魔物を表層に向けて追いやり、わざと表層の扉をぶち破らせたのだ。
つまり、全て彼女の自作自演である。
「信頼を得る最適な方法は、人の窮地に駆けつけて救う英雄となることじゃ。その点、妾の取った手段は良かったであろう? あの強い騎士団長以外に怪しむ者はおらんかったし」
自信満々に言うが、ソファーに寝ながら言われても評価するものも出来ない。翔真の苛立ちが少し上がった。
「次だ。なんでお前は周りの目がある中で僕の前に姿を現した? 前もって禁止したはずだが」
「ふむ、妾も予想外なことに深刻な主様不足に陥ってしまっての。今まではなんだかんだ毎日会っていたが、今回は丸一日空いてしもうた。逢いたくて逢いたくて、我慢しきれなんだ」
「それを本気で言ってるなら今直ぐ頭の治療を受けろ」
「ハッハッハ。頭を弄られでもしたら、角の存在がバレてしまうではないか」
「折ってやろうか」
これ以上ここでの会話は不毛だと思い、踵を返して自分達の宿屋へ戻ろうとする。
しかしいつの間にか背後に立っていたウメに肩を掴まれていた。
「待て待て、妾からの話がまだ終わっておらぬ」
「これ以上ふざけるっていうんならマジでぶっ飛ばすぞ」
ウメが自分勝手に色々動いたせいで、翔真のストレスは限界まで溜まっていた。禁止したにも関わらずクラスがいる前で翔真に姿を見せ、牛型魔物をクラスメイトにけしかけ、クレアに殺気を飛ばした。
臨界点に達した翔真の放つ圧に押され、目を横にそらしながら少し声を上ずらせてウメは言う。
「そうじゃ主様よ。……もしや消化不良ではないか?」
「……あ?」
翔真は自身に【気配遮断】を使い、ウメには【変装】でダンジョン管理局員に紛れさせてダンジョンに忍び込む。
大量の魔物が正面に立ち塞がるが、朝までに帰らねばならないという事情を抱えている以上、雑魚に時間を割く余裕はない。翔真はスニーク系スキルで表層の魔物をスルーして中層へと続く扉へ向かった。ちなみにウメはエンカウントした魔物を全て薙ぎ払いながら進んでいる。……彼女には【気配遮断】をかけられないので、仕方がなかったのだ。
そして流れるままに中層の迷宮へと入る。魔物の種類は変わらず、しかし全体的に強さが増していた。ゴブリンの上位存在であるオーガや、投石をしてくるゴーレムなどだ。
一対一の時は【気配遮断】を発動した翔真が後ろから忍び寄り急所を切り飛ばして倒し、魔物に囲まれた時は刀を抜いたウメが気を引き、その隙にやはり【気配遮断】で身を隠した翔真が背後から殺す。
流石ダンジョンの中層と言うべきか、魔物を倒すたびに翔真のレベルが上がっていく。遂にはクレアを超え、Lv.54となっていた。
◯相沢翔真『スパイ(Sランク)』Lv.54
体力1854/2000 筋力1597 敏捷3043 魔力2345/3000 技工1376
スキル【改竄】【変装】【変声】【詭弁】【全言語理解】【解読】【足音消去】【気配遮断】【気配感知】【足跡消去】
称号:【神をも欺く者】【魔物を率いる者】
ステータスも向上し、初期の頃とは比べ物にならないほど強くなっている。
「まったく、妾の主様はどこまで強くなるつもりなのかのぉ」
そう言いながら敵を斬り伏せるウメだが、どうやら主人のレベルと配下の強さはリンクしているらしく、翔真が強くなればなるほどウメも強くなっていった。以前よりも洗練された剣技で自由自在に刀を扱うウメも、一体何処まで強くなるつもりなのか甚だ疑問である。
そうして中層の魔物を倒しながら先へ進み続けると、いつの間にか深層へ続く扉が目の前にそびえ立っていた。建築様式がここから先で異なっているのは、この先にある”何か”を警告するためなのか、はたまた……どちらにせよ、翔真の心は高ぶる。
斬って、刺して、避けて、姿を消して、虚を突いて……戦いに集中することで頭が冴えていき、いつの間にか自身の悩みは溶け切っていた。
(あぁ……やっぱり”今の僕”が僕なんだ)
ウメとクレアとの出会いによって、神と会話した時の決心が揺らぎかけていた翔真。
彼女達の抱える背景に比べると、己の楽しさを求めるためだけに他者を騙して傷つけようとする自分の理由が、酷く小さなものに思えていた。完璧な悪人になれず、中途半端な善性が芽生えてしまったばかりに、己の欲と理性との相克に悩んでいたのだ。
(……でも違う。ウメにはウメの、クレアにはクレアの理由がある。なら、僕にも僕なりの理由があったって良いんだ)
これからもスパイ活動を続けるとなると、クラスメイトと敵対し、魔王軍の味方をし、これから多くの人間に迷惑と被害を与えてしまう。それに……いつか人殺しをしなければならない時が、来るかもしれない。
多くの者に謗られるだろう。少しの者からしか称賛を浴びないだろう。たかが自分のためだけに、自分が楽しむためだけに余計なことを、とその両方から憎まれるかもしれない。
ただ、それも全て平凡な自分と日常から抜け出すためだ。……それで構わない。
「――だってこれも、大事な”今の僕”さ」
ウメには聴こえないようにボソッと呟き、深層へと続く扉を開けた。途端に濃密な死の空気が流れ込んでくる。
(……怖いな。『まだここに来るときじゃない』って、僕の本能が告げている)
ふと時間を確かめると、帰りの時間も含めてちょうど良い機会だった。キリが良いのでここで一旦切り上げ帰ることにし、来た道を引き返す。ウメは黙って従った。
中層、表層と出口に向かって走り抜け、当然のようにスニーク系スキルで遺跡から抜け出した。宿に帰るウメとの別れの際に、彼女は問う。
「憑き物は落ちたか?」
「……お前、気付いてたのかよ」
「当たり前じゃ。そなたが妾の胸の中で子供のように甘えた時に言ったじゃろうに。……妾は主様の感情の機微には通じておるが、かける言葉が思いつかん。ならば主様自身に解決してもらうしかないと思うての。じゃからダンジョンに誘った」
自分が生き悩んでいたことがバレていて、加えて悩みを自己解決できるように気を遣われたことが恥ずかしい。
まだ暗いので頬が染まったことが見られないよう祈ったが、どうやら見つかってしまったようだ。翔真の頬を眺めながらニヤニヤと笑っている。
「なに、弱みを見せるのは妾の前だけで良い。主様は自由に生き、自分勝手に戦い……それで傷つこうものなら、妾が力となろう。いつでも何処でも胸を貸してやるから、遠慮なく頼るがよい」
「そっか……ありがとうな」
スパイは真に誰も信用してはならない。いつ裏切られるか、いつ裏切ることになるか不透明だからだ。
手下がいても、友人はいない。雇い主が居ても、真の仲間はいない。
それでも心の底から信用でき、また頼りになる相棒がいるのならば――
――そのスパイは、きっと世界最強だ。
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