第13話 配下がチートレベルの強さです


 ルリア遺跡は、かつて古代文明があったと考えられている街の遺跡。

 洞窟内に広がるそのダンジョンは表層、中層、深層の計三層に分かれており、深くなるほど魔物の強さが上がっていく。

 表層の殆どは洞窟で、所々に家のような小屋があるだけ。しかし深層に到達したベテラン冒険者によると、中層と深層には本格的な街、もとい迷宮が広がっており、表層に比べて難易度が格段に上がるようだ。

 そんなルリア遺跡の表層で、勇者たちは初のモンスターと戦っていた。


「すげぇ! めっちゃレベル上がってくじゃん!」

「あっ、おいそっち行ったぞ!」

「うりゃぁっ!」

「おっ、またレベル上がった!」


 クレアの心配は杞憂に終わり、異世界の勇者たちは元気に魔物を倒していた。

 召喚された直後であればグロテスクな光景に耐えきれず吐いていたが、しっかりと訓練を積んだ彼らにとってあまり苦しい問題ではなかった。血が苦手だと自己申告した者は後ろに控えさせチマチマ魔物を倒しているが、彼らも確かにレベルが上っていく。

 表層に出現する魔物は弱く、スライムやゴブリン、狼型の魔物に小ゴーレム程度である。鍛えた勇者たちにとって、表層の魔物はレベルアップのための経験値にも見えてくる。それがまた、吹き出す血に耐えられている理由となった。

 ちなみに、翔真は既にレベルをかなり上げているので何体倒しても一向にレベルが上がる気配がなかった。しかし一人だけ上がっていなくては異常なので、適宜オリジナルプレートに【改竄】をかけて表記のレベルとステータスを徐々に上げて誤魔化していく。



 騎士団も勇者たちの成果に安堵し、少し気が緩んできた頃に変化は起こった。


「っ、あれ? 魔物がどっかに逃げていくんだけど」

「あれ、そっちも? 実は私のとこも……」

「……なんか大きな音が聴こえね?」


 途端、中層に続く扉をぶち壊しながら巨大な魔物が姿を見せた。


『ブモォォォ!!』


 巨大な一つの角が頭に存在する、大きな牛型の魔物。サイと暴れ牛を併せたような見た目のモンスターは、中層の魔物らしい圧を放っていた。


「うっ、うわぁぁあ!」「キャアーー!」


 突然の登場に殆どの勇者が慌てふためきダンジョンの入口に向かって逃げる中、母堂グループの四人だけが戦闘態勢で残っている。


「烏崎くんと馬場くんは前衛! 私と暁子は二人を援護するよ!」

「おう!」「分かったぜ!」「うん、頑張る!」


 騎士団は油断していたこともあって直ぐには動けそうにない。そのことを瞬時に把握した母堂は委員長として、クラスのリーダーとして、仲間を守るために立ちはだかった。

 ちなみに翔真は、他のクラスメイトと一緒に全力で逃げている。今の翔真なら余裕を持って倒せるが、ここで前に立って目立つべきではない。前に立つべきは、リーダーであり真の勇者である者だ。

 ……一応、魔物と母堂達の気配を比べて彼女達でも倒せると踏んだ上で逃げているので、別に翔真が冷酷過ぎるというわけではなかった。

 そんな翔真は母堂グループが見事な連携で牛型の魔物を追い詰めている様子を眺めながら、【気配感知】で感じ覚えのある気配を読み取った。


(ん、この気配って……えっ、ここで出てくんの?)


 途端、牛型魔物が現れた扉を踏み越えて一人の女性が現れる。悠然と立ち、腰に刀を携える様は、地球出身の勇者たちにとってとても見覚えのあるものだった。


「ふむ、こんなところに中層の牛とは珍しいものよな」


 女性は刀の柄を握り、居合の形で姿勢を保つ。


「……人助けは人の性。押し入りとなるが、文字通り助太刀しよう」


 瞬間、女性の姿が消えたかと思うと、走るモンスターの正面に立っていた。


「ッ、危ない避けて!」


 母堂が叫ぶが、それは余計な心配というもの。何故なら――



『モ゛、モッ?』


 牛はいきなり足を止め、困惑した顔を見せる。牛が困ったらこのような表情をするだろうという想像のままの顔だった。


『モ……モ゛ォォ!!』



 ――牛は縦に真っ二つに裂かれ、既に倒されていたからだ。

 残されたのは牛型魔物の死体と、変わらず悠然と立つ女性。濃い桃色の髪、紫紺の目、そして整った顔立ちの女性は母堂に近づく。巨大なモンスターを一瞬で倒すその実力者に母堂達は警戒を強めた。


「なに、警戒せずとも妾はそなたらの敵ではない。妾の名は”東風谷ウメ”。しがない冒険者よ」


 堂々と翔真の前に姿を現したウメに、彼は呆れる他なかった。


「えーと、それで東風谷ウメさん? 一応、私達だけで倒せそうだったのだけど……」


 言外に文句を言う母堂。確かにあのままであれば牛型魔物を倒せていたし、巨大な経験値が入っていただろう。母堂に同意するように他の三人も首を縦に振るが、ウメは整然と言い返す。


「いやいや、妾は別に横取りしようという気はなかったのじゃ。ただ……あのまま表層で暴れられていたら、ここの地盤はどうなっていたことかのう?」


 言われてハッと気付き、母堂は辺りを見渡す。牛型魔物が暴れたことによって表層はそれなりのダメージを受けており、危うく崩壊しそうな雰囲気を纏っていた。


「た、確かに……あのまま戦ってたらまずかったかも」

「だな。ありがとうよ、東風谷ウメさん」

「えぇ、私もありがとうございます」


 野々村、馬場、母堂の三人は感謝を述べるが、烏崎だけはウメに敵意の視線を向けていた。


「ちょっと烏崎くん。助けてくれた人に失礼でしょう」

「……お前のその刀術、何処で習った」


 珍しく母堂の言葉を無視し、烏崎はウメに質問をぶつける。


「さっきの刀捌き、達人なんてレベルじゃねぇ。ウチの道場で師匠やってたジジイより何倍も……それにその刀はなんだ? 俺が使ってるものと全然質が違ぇぞ」


 天職『刀使い』であり、また実家が剣道場を営んでいる烏崎にとって、ウメの存在は非常に異質なものに思えるのだ。

 矢継ぎ早に訊かれるが、ウメは一呼吸置いて言う。


「黙秘する。妾にも秘密はあっての。全て話せるわけではない」


 その回答に烏崎は激高しかけるが、ウメは落ち着いて言葉を続けた。


「ただ、この刀の銘だけは教えよう。これは『半月』という」


 ウメはかつて翔真にしたように柄を握り『半月』の刃を見せる。素人でも分かるその名刀に惹かれ、烏崎だけでなく母堂グループまで、遂にはクラス全員が集まり魅入っていた。


「すげぇ……」「超綺麗じゃん」

「かっけぇなぁ」「てかあの人めっちゃ美人じゃね」


 色々な感想が飛び出て、周りに惜しまれながらもウメは刀を鞘に戻した。


「して、そなたらの監督者は? 見たところまだ子供じゃろうに」

「私です」


 サリア率いる騎士団が姿を現し、クラスの誰も騎士団の怠慢を責めることなく、彼女が歩く様子を見ていた。ウメの前に立ったかと思うと、サリアは頭を垂れる。


「先程は弟子たちを助けてくださり、誠にありがとうございました。本来は私達がすべき仕事を負ってくださったこと、感謝してもしきれません」


 サリアは身分が不明な者を訝しげな目で見ながらも感謝を伝えた。ウメはその目に対して気付いていながらも特に言及することはない。


「よいよい。偶然妾が通りかかったとこじゃし、結果的には魔物を横取りしてしもうた。謝辞を述べられる理由はなかろうて」

「ですがこのままでは……お礼に何か、貴方の役に立てることはないでしょうか」

「ふむ……では、そなたらと共にダンジョンを攻略しても構わぬか?」


 予想外の答えにサリア含めた全員が呆気にとられる。


「それは構いませんが……貴方の腕前ならば一人で挑んでも問題なさそうな気がします」

「だからこそじゃよ。なにぶん一人で挑んでおると、会話が恋しくてのう。そなたらの邪魔はせぬから、共に歩くだけでも良いのじゃ」

「そういうことならば、私達からもよろしくおねがいします。貴方のような方が共に居てくれるのならば、先程のようなことが起きても我々も安心できます」


 監視の意味も込めているだろうが、後者の理由のほうが大きそうであった。

 サリアの言葉を聞いて体をこちらに向けたウメは、頭を軽く下げる。


「それでは、暫しの間だがよろしく頼む」


 こうして、ウメは勇者たちのダンジョン攻略に付き合うこととなった。




 美人、強い、刀、大正風、などなど……諸々の理由でクラスの中で大人気となったウメは質問攻めに遭っていた。

 中には失礼としか言いようがない質問も紛れていたが、それに目くじら立てることなく丁寧に答えていく。


「東風谷さん、改めて、先程はありがとうございました」

「気にする必要はない。そなたらの獲物を奪ってしまったのには変わりないしの」


「ウメさんってなんでそんなに強いんですか?」

「内緒じゃ。それと、女に強いとはあまり言わぬ方が良いぞ。妾は別に構わぬが、他のおなごがどう思うかは知らん」


「その刀って何処で手に入れたんですか?」

「『半月』は成り行きで手に入れた。申し訳ないが、刀鍛冶は明かせぬよ」


「東風谷さんって彼氏いるんですかぁ?」

「”いろ”はおらぬ。ただ、敬愛する主人がおる。妾の身も心も、全て主様に捧げたのじゃ」


「ウメさん、俺と付き合って下さい!」

「断る。お主はまず女心の扱い方を覚えい」


 答えられない質問が混ざっていて、それらをのらりくらりと躱すその姿が逆にミステリアスに目に映り、更に人気が高まっていく。女子はウメの言う”主様”について妄想を膨らませ、男子はウメの美貌の虜となっていた。

 勇者が集まる中心にいるウメを、サリアは複雑な目で見ていた。

 未だに警戒が解けないこともあるが、主な理由として、勇者がウメに注意を向けてしまっているが、ウメに良い所を見せようとしてモンスター討伐に奮起していることにある。

 単純に、勇者の尊敬を奪われたことへの嫉妬だった。


 ちなみに翔真は、ウメの集団から離れた隅っこで細々と魔物を倒していた。そんな彼の元にクレアが近寄る。


「翔真さんはコチヤ殿の元へ向かわないのですか?」

「あぁいや、あの手の美人は苦手で……」


 翔真は別にウメの顔が苦手というわけじゃないが、今は集団から遠ざかることで目立つリスクを許容した上で近寄りたくなかっただけであった。自分の話題が出されているのに、一体どのような顔で、素知らぬフリをして立っていればいいのか。

 クレアは眉を寄せてそっぽを向く。


「コチヤ殿は美人さんですからね。翔真さんは鼻の下を伸ばしてデレデレするのかと思ってました」

「僕の印象が不名誉過ぎる……」


 機嫌を悪くさせてしまったようなので、取り敢えず褒めておく。


「クレアも美人だよ」

「……おざなりに扱われた感覚がしてなりません。翔真さんこそ、コチヤ殿から女心の機微について叱責を受けるべきでは?」

「それは手厳しいなぁ」


 クスッと笑うクレアに、ウメの登場で荒れた心が癒やされる。しかしウメはちらりとクレアに向けて睨みの視線を飛ばし、クレアも何かを感じたのか、苦笑いで腕を擦りながら翔真から離れていった。

 翔真は少し悲しくなった。



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