第17話 委員長はやっぱり委員長だった


 そしてその一時間後、両軍が戦場予定地を間に挟んで向き合う。戦場は王都を西に出て直ぐの平原。障害物も特に無く、正面衝突からの乱戦が予感された。

 戦争についてまるで知らないクラスメイト達は、注意してサリアの指示を聞く。

 「取り敢えず同士討ち、誤爆、誤射だけに気を付けて、後は自分達の身を護るだけでいい」と。「勇者が戦うだけで士気が上がるので、本当に魔物を倒し続けるだけでいい」と。

 指示を終えた途端、遠くからホラ貝の音が鳴り響く。

 開戦の合図だ。


「さぁ皆、行くわよ!」


 母堂の声に鼓舞され、勇者達は各自振り分けられた部隊に別れて戦場を走る。魔王軍側も雄叫びを上げながら走り、両軍がぶつかるまで約三十秒。

 ……遂に各所で剣戟の音が鳴り始めた。翔真の部隊も接敵する。喜ばしいことに、翔真と同じ部隊にはシュウと日花里が所属していた。


「オラァ! 先生直伝の剣術だァ!」


 『剣士』であるシュウが前に出て剣を振り、周りにいる騎士に劣らない速度で敵を倒していく。彼は教育係の騎士をいつしか先生と仰ぎ始め、メキメキと実力をつけていた。


「……守って。”光星結界”」


 『結界師』である日花里が、自身を含めた部隊全員の周囲に結界を張る。星の紋章を宿すその結界は並の攻撃は弾き、味方に傷一つ付けさせなかった。相変わらず言葉足らずだが、確実に結果を出している。

 クレアも含めた騎士達も善戦している。その剣は確実に魔物を屠っていく。時々クラスメイトの戦う姿を見て士気が上がり、更に戦うスピードを上げていく。

 そして翔真もナイフで敵の首を飛ばしながら徐々に戦果を上げていた。この程度のスタンピードならば、今の翔真一人でも十分に対処可能だったが、こうして普通を演じているのも作戦の一つである。

 チラリと周りを見渡してみれば、全ての部隊が魔物に対して圧倒的な実力を見せていた。この一ヶ月で強化を果たした彼らにとって、この程度の敵は相手にならなかったのだ。


 ――だが、ここからがスタンピードの恐ろしい時間である。


「……クソっ、倒しても倒しても終わらねぇ!」


 シュウが思わず愚痴ってしまうほど、確かに敵の量が半端でない。一体一体は大した実力でないが数が多く、王国軍は段々と消耗していった。


「……きついから……前に出た人だけ」


 日花里も残存魔力量が不安になり、特に危うい戦士限定で結界を張る方針に変えていた。まだ戦えはするが、焦りは胸の内へ徐々に溜まっていく。


 その時、サリア騎士団長の声が戦場に響いた。


「神器開放! この戦場に安寧をもたらすために力を貸し給え、『カリバーン』!」


 瞬間、サリアの部隊の方向が途轍もない明るさで光輝く。


(来たか……サリアの神器、『カリバーン』)


 ここから姿は見えないが、その存在を翔真達には教えられていた。

 『カリバーン』とは、サリアが騎士団長に就任した際、王国から授けられた神器。神の祝福を受けた、魔を滅するための聖剣。現在ではサリアしか使えない、聖なる力を持って魔物を滅ぼす兵器。


 なぜそのような物がありながら、王国は勇者を召喚したのか?


 その答えは、この神器の特殊性にある。


 この剣は、攻める時には使えない。

 つまり『カリバーン』は、”守るための戦い”でしか力を発揮できないのだ。使用者が何かを背負って戦う時にこそ強く光り輝き、それ以外で使用すればナマクラより少しマシ程度の切れ味でしかない。従って魔王軍”討伐”には使えない。だから勇者を召喚し、異世界の者に魔王を倒してもらう他なかったのだ。

 ただ、普段は重い鉄の棒であるこの剣は、王国の存続を賭けた戦いにおいては絶大な力を発揮する。『カリバーン』の光に当てられた魔物は酷く弱体化し、その隙に王国軍が一転して攻め入る。


「今よ! ”アサルト・コメット”!」


 【弓術】の技が飛ぶ。一条の矢がまるで彗星のように飛び、複数体の魔物を貫きながら着弾する。着弾地が爆発を起こし、更に多くの魔物を倒す。『弓使い』でありながら誰よりも前に出て勇敢に戦う母堂に、疲弊した兵士たちは勇気づけられた。


「行くぞ!」「「オォォォ!!」」


 勝利まで、後少し――




 ――話は、サリアが『カリバーン』を使う少し前に遡る。


『準備が全て整いました、女王……いえ、東風谷様』


 装備を身に纏ったゴブリンが一体、ウメの側に跪いた。かつてウメの配下だった彼は油断して女王と呼びかけるが、ウメの睨みに寒気を感じながら訂正する。


「当然じゃな。寧ろ早すぎるくらいじゃったわい」


 ウメは洞窟の奥、その玉座の間でふんぞり返って座る。

 それもそのはず、過去と決別したはずの自分が、まさかこの部屋でゴブリン達に再度跪かれる日が来ようとは思ってもいなかったからだ。

 そして彼女を東風谷様と呼ぶのは、かつての部下。兵士ゴブリンらしく残虐で野性に支配されたような眼は、今では理性の灯火が宿っている。


「……鬼人と成ったはずの妾が、再びゴブリン共を率いることになるとはのう。運命とはまさに奇妙なものじゃ」


 或いは此度が真の決別かもしれぬ、と呟いたウメは玉座から立ち上がり、王都から直ぐに位置する東の森の出口に向かった。

 森には武装した大量のゴブリンが潜んでおり、またゴブリンだけでなく狼系魔物、ゴーレム系魔物、虫型魔物に人型魔物まで、あらゆる魔物が武器を持って隠れていた。彼らの目にはウメの部下同様に野性を感じず、寧ろ統率された歴戦の兵士のように思える。

 ウメは彼らのそんな先頭に立ち、『半月』の切っ先を、王都を守護する壁に向けて叫ぶ。


「さぁ……蹂躙せよ‼」




 ――その時、各部隊に伝令が走り寄って叫ぶ。


「報告です! 王都東から”もう一つのスタンピード”が発生しました! 東の大門がこじ開けられ、王城に在中していた残りの兵士でなんとか食い止めている状況です! 東の戦線が崩壊するのも時間の問題とのこと!」


 その報せは王国軍にとって絶望すべきものだった。戦場に在りながら、思わず動きを一瞬だけ止めてしまうほどに。

 軍を率いるサリアは、『カリバーン』使用時の負担を耐え忍びながら歯を食いしばる。


(王国軍が西に偏った途端に逆から攻める……これが真の狙いですか!)


 見事に罠へと嵌ってしまった自分を呪いながら、頭を冷徹にして命令を下す。


「全ての部隊に知らせなさい。勇者の所属する部隊は至急、南へ――」


 伝令に伝え終えようとした瞬間、サリアは視界の端で嫌なものを見つけてしまった。憎々しげにそれを見つめる。


「……西へはそう簡単に行かせない。そういうことですか」


 東側のスタンピードと思われる魔物の大群、その半分が王都の南側を回ってこちらへ攻めてきていた。

 最短距離で東の大門へ向かうためには、西の大門を開けて街を突っ切る必要がある。しかしそうしてしまえば、隙を突かれ王都の西側にまで攻め込まれてしまうかもしれない。なので壁を回って向かわせる指示を出そうとした途端にこれだ。

 南でなく北を回って向かうことも出来るが、そうしてしまえば今の軍が敵に挟み撃ちにされてしまう。両側から攻められた軍の末路がどのようなものとなるのか、サリアはよく知っていた。

 つまり今のサリアが取らなければならない選択肢は三つ。勇者をここに残して西を片付けた後に東へ向かうか、勇者を北回りで東に向かわせ西の軍が二つのスタンピードに対処するか、勇者を南回りで敵を倒しながら東へ向かうか。どれを選んでも苦しい状況に変わりない。……サリアは敵の知略に戦慄した。


(一体、どう、すれば)


 考えるべきことが多すぎる。諦めて思考を止めかけたサリアの耳に、一筋の声が響く。


「私達を……勇者を南回りで東に向かわせて下さい!」


 それは、サリアの部隊に所属していた母堂だった。


「そんな! 皆さんが疲弊した上に、あの大群を蹴散らして進むと⁉」

「そう命じて下さい! サリア騎士団長が命じれば、直ぐに私達も動けます!」


 サリアは己の不甲斐なさを恨んだ。


(……大人なのに、情けないわね。子供の手を借りなきゃ、一国を守ることすら出来ないだなんて)


 サリアは一瞬の迷いを見せた後、その迷いを振り切るように全ての部隊へ届くような大声で叫んだ。


「勇者が所属する部隊は直ちに南へ迂回して東に向かいなさい! 西の残りは、我々騎士団のみで対処します! ……副官ベヒモス、お前は私が倒す!」


 サリアはカリバーンの柄をしっかりと握り、より苛烈を極める戦場へと飛び込んでいった。



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