第18話 女性を襲うゴブリンは時代遅れ


 場所は再び変わり、襲撃中の東区大門付近。


「に、逃げ、なさい……」

「きゃ、キャァァ! お父さん!」


 目の前で父が倒れ、悲鳴を上げる若い娘。母が若い頃に亡くなり、残された花屋を営む父の手伝いをいつものようにしていたはずだった。しかし突然東の大門が魔物によってこじ開けられ、建物が次々に破壊されていく。


『グルルル……グギャギャ!』


 大切にしていた花が踏み散らされ、そろそろ買い替えどきだと考えていた花瓶が無惨にも粉々になっていた。そして若い娘を傷つけんとばかりに、ゴブリンが私に向けて刀を振り上げている。


「あ……」


 彼女は知っていた。ゴブリンは魔物の中でも特に醜悪で、汚らわしいのだと。生死問わず人間の女を戦利品として巣に持ち帰り……そんな彼女達は、二つの意味で帰らぬ人となったことを。


(あは、私、穢されちゃうんだ)


 最後くらいは人間として死のうと、震える手と足を抑え、振り上げられた刃を両目で見つめ続けた。


(せめて初めては、好きな人とがよかったなぁ……)


 だが、その剣は一向に振り下ろされる気配がない。

 ゴブリンは剣を戻し、若い娘に何もすることなく店を去っていく。


『グギュ……ギャッ!』

「ぐあぁっ!!」


 代わりに、駆けつけた騎士の脇腹を浅く斬って戦闘不能にした後、また何処かに行ってしまった。若い娘は目に入った出来事を理解しきれない。


「え……?」

「お、おぉ……無事だったか」


 何もされなかったことを逆に恐れる若い娘は、倒れたと思われた父が立ち上がり、ふらふらと娘の元に歩み寄る様子を見た。慌ててこちらも駆け寄る。


「お父さん! 無事だったの⁉」

「あ、あぁ……それが、頭を剣の腹で叩かれただけで……それ以外に怪我はないよ」

「よかった……」


 抱き合いながら、父の無事だったことを安堵する。


「しかしゴブリンは女性を見つけると略奪すると聞いていたのだけど……誰に救けて貰ったのかい?」

「それがね、ゴブリンが何もせずに帰っていったの……」

「それはどういう……騎士達は斬られて倒れているよ」

「うん。でも、全員が浅い傷で止められてるらしくて」


 父は倒れた騎士に近づき、簡単に手当をしながら傷を確かめた。父は戦争で衛生兵として参加していたこともあり、手当が迅速で、だからこそ傷の状態がよく分かったらしい。


「本当だ……傷が急所を避けられている」


 ふと隣に座る娘の無事な姿を見る。自分は倒されたとはいえ、頭を叩かれて一時的に気絶させられただけであった。


(確か……自分は抵抗しようとしたけど、娘は黙って怯えることしか出来ていなかったな)


 これまでの情報から、今回のゴブリン達は民間人には手を出さず、抵抗された時だけ気絶させ、基本的に兵士だけと闘う方針なのだと父は推測した。


(そんな……まさかゴブリンが戦争人道に則った動きをしている⁉)


 ゴブリンは野性に生き、理性を持たず、単純に襲って蹂躙するだけだ。たとえ統率された軍隊のような動きは出来るはずがない。……出来ないはず、なのに。


「お父さん……私、怖いよぉ」

「そ、そうだな。一旦家の地下室に避難しよう」


 懸念を胸のうちにしまい込み、父娘は倒れた騎士を引き摺って地下室へ隠れていった。



 その頃、ウメは家の屋根に悠然と立ちながら、ゴブリン達が命令違反を犯していないか監視していた。

 見たところ、特に問題なく襲っているようだ。


「ふむ……訓練の結果は上々じゃな。『市民には可能な限り手を出さず、兵士のみを切り捨てよ』という令も守れておる」


 一際強い騎士が現れた場合はウメが対処することとなっているが、目論見通り、位の高い騎士は皆、西のスタンピードで戦っていた。訓練をたかが一ヶ月施した程度の魔物達でも、十分に活躍出来ているようだった。


「さて、そろそろこの辺りは破壊し終わったし、そろそろ魔物を連れて引き上げるとするか。妾も西側に用があるしの」


 そう思って東の大門に目をやると、ちょうど到着した勇者達の姿が見えた。ルリア遺跡での出来事で、彼らにはウメの顔が知られてしまっている。


「おや、困ったの。……早う兵を引き上げねばな」


 ウメはこの後の用事のことも頭に入れつつ、速やかな撤退の令を魔物達に下した。




 勇者達は命令を受けるが早く、勇者達は直ぐに王都南へ移動し始めていた。疲弊した状態であったが、勇者達は奮闘して南の大群を突破し、なんとか東のスタンピードに接敵した。既に戦闘を繰り広げていた王城の兵士と挟み撃ちにし、魔物を追い詰めていく。

 その中で一際目立っていたのは、母堂グループだった。

 烏崎と馬場が刀と体術で前線を張り、母堂と野々村が弓と魔法で後方から援護する。まさに命を懸けて戦う自分達のリーダーを見て、他のクラスメイトも戦い続けた。

 一生にも思える長い戦いの時間が過ぎ、遂に――


「……勝った、のか?」


 撤退していく魔物を眺めながら、誰かが呟いた。それはみるみるうちに伝播していき、堪えきれなくなり、一斉に喝采した。


「勝ったぞォ!」「やった、勝ったんだ!」

「勝ったのね⁉」「俺たちが魔物を退けた!」


(……良かった、皆さんが無事で)


 勇者も含め、兵士全員が疲弊しきっていた。しかし大怪我をしたものは数える程度で、兵士の傷の殆どは、何故か浅かった。しかし取り敢えずは、損害を最小限に抑えることが出来たと言って良いだろう。そのことにクレアは安堵する。

 苛烈過ぎる戦いのせいで見守り続けることを忘れてしまっていた彼の存在を思い出し、ふと周りを見渡して――



「……翔真、さん?」


 大切な教え子が、戦場から姿を消していた。



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