第19話 怪しい物には手を出すべきじゃない、これ真理
――東のスタンピードの報せが彼の耳に入った時に、翔真は動き始めた。
(よしよし、ウメはちゃんと動いてくれたな)
彼は適当な短剣使いの兵士、それも勇者と全く接点のない、加えて勇者が所属していない部隊にいた短剣使いを見つけ、【気配遮断】でそっと近づく。手でその体に触れ、【変装】によって、その短剣使いを翔真に外見だけ変化させた。勿論、当人は自分が翔真に見られていることに気づくことはない。
『自分は戦場に居た』という証拠を作り、【気配遮断】で身を隠して彼は王都へ向かう。
大門は閉じられていたが、レベルアップした彼にとってこの程度の壁は、壁ではなかった。助走を取ったかと思うと一気に壁を駆け上り、振り返って壁の外を見下ろす。
「お、やっぱ委員長は動き出したか。まぁ『カリバーン』があれば西の魔王軍はギリ倒せるだろうし、そうすると思ったよ」
『翔真を良く知る者達』が、身代わりのいる西軍から離れていく様を見て、彼は満足そうに笑みを浮かべる。
「さて……こっからが、僕の仕事だ」
まずは王城に忍び込む。一応スニーク系スキル全発動で臨んだが、残っていた兵士は街に出て東のスタンピードに対応している最中だ。王は謁見の間で全体の指揮を執り、文官は自宅に避難し、使用人たちも家に帰らせている。おかげで王城の中は誰も歩いておらず、隠れて動く必要は無かったようだ。
計画通りに事が運び、翔真は笑みを浮かべる。
彼は手始めに財務大臣の執務室へ入り、重要そうな書類を手に取って眺める。それは王国領の財政について書かれた報告書であり、他国との貿易事情や鉱山についてまでも書かれていた。記載された情報だけでも王国の弱点となりうるものだった。
次に外務大臣の執務室へ。諸外国との対応政策や、なんと各国重鎮の弱みについてまで書かれた書類を見つけた際、彼は思わず飛び跳ねて喜んでしまった。これを利用すれば、人間側である国さえも利用できるかもしれないからだ。
続いて内大臣、騎士団長、果てには王の執務室にまで侵入し、情報を盗み見た。そしてゴドルフ王のとある書類には、面白いことが書かれていた。
「へぇ……帝国が自立式魔導人形の開発に成功したとの噂、か。これが本当なら、魔王軍どころか他国との戦争までも有利に運んでしまうな」
頭の片隅に置いておき、引き続き情報収集に努めた。
一通り調べ終わった後、次に禁書庫へ訪れた。初期の翔真がやらかしたことで警備が厳重となり賑やかだった禁書庫も、今では兵士の姿一つ見えない。
禁書庫の位置だけは度重なる王城への潜入によって把握済みなので、迷うこと無く到着する。早速お目当てのものを探すことにした。
「こ、こ、……あった、黒印魔導書」
禁書庫の奥の奥、更に奥の棚でその本は眠っていた。大臣の側近が言っていた通り、黒印魔導書に書かれた文字は確かに読めなかった。ただ、【解読】することは出来た。
てっきり失われた文字で書かれていて読めないものだと翔真は考えていたが、【全言語理解】が発動しなかった所を見るに、おそらく未知の言語ではなく複雑化した暗号によって読めなくなっていたのだろう。
無事に読めることを確認した上で、肝心の内容を読むために本を開く。するとそこには、また興味深い内容が書かれていた。
黒印魔導書とは、邪神を信仰する古代のカルト教団によって書かれた書物。かつて多くの信者を得ていたが、文明の発展に伴い危険視され、各国の連合軍によって解体された”邪神教団”。
その邪神教団が行っていた黒魔術を後世に残すため、彼らは知恵を絞ってこの暗号書物を生み出したそうだ。
「なーるほど。これは王国も禁書庫に入れるわけだ」
非道な人体解剖、その結果を用いた人体改造と人体錬成。毒物の大量生産方法、生贄を用いたレベルアップなど……他にも色々と怪しげなことが書かれてある。それら全てがとても信じがたかったが、だからこそ信憑性が高い。
「……ん? 空間魔法?」
最後の方のページに、特別目を引くフォントで書かれた文があった。そこには『空間魔法の取得とその運用について』と大々的な見出しがついている。やけに重要そうな情報なのに、見出しの下には一つの魔法陣しか書いておらず――
「――が、っは……ガァァァ‼」
その魔法陣を目に入れた途端、翔真の頭の中に膨大な情報が一気に流れ込む。脳が処理しきれず激痛が走り、翔真は叫ぶことしか出来なかった。
(頭が割れる! 脳の内側が壊れる! 痛い! 痛い! 痛い痛い痛い――)
『条件を満たしました。スキル【記憶容量拡張】を取得しました』
『条件を満たしました。スキル【空間魔法】を取得しました』
耳の奥で天の声が微かに響くと同時に、頭を襲っていた猛烈な痛みが一気に引いていく。
「っは、はぁ、はぁ、はぁ……。何だったんだ今の……いや、空間魔法の情報を強制的に覚えさせられたのか」
先程まで知らなかったはずの空間魔法について、気付けばその詳細まで把握していた。おそらくあのページと魔法陣には呪いが込められており、見た者に無理やり空間魔法を覚えさせるのだろう。翔真はギリギリで【記憶容量拡張】というスキルを取得したことで命拾いしたが、常人が読もうと挑めば、脳が焼ききれていたに違いない。
「……黒印って、あの魔法陣のことじゃないだろうな。確かに黒色だったけど」
そうボヤきながら、床に落ちた黒印魔導書を拾い、再び読み始めた。最後の内容は、人間の”スキル”についてだった。
「『スキルとは、天職が保有する能力の一部分である。スキルには取得条件がそれぞれ定められており、条件を満たすことによって取得し、行使が可能となる』か……いや読んでもよく分からんな」
次のページに詳しいことが書かれてあることを期待してめくる。しかし魔導書としての内容はどうやら空間魔法が最後のようで、残りは彼らが妄信する”邪神”についての賛美で埋められていた。そっちは別に興味がないので黒印魔導書を元のあった場所に戻す。そして翔真が頭の痛みに耐えきれず暴れたことによって荒れた禁書庫を綺麗に直した。
これで翔真の仕事は全て終わった。後は西の王国軍のところへ戻り、何も知らない顔で突っ立っていれば良い。
期待以上に収穫があったことを喜びながら、翔真は王城から静かに脱出する。同時に東の大門辺りでは、勇者による歓声が響いていた。
――王都から東に少し離れた森の中。そこには、一体の魔物が血まみれで倒れていた。
「ぐぅ……ゲホッ! ガフッ! ……ガハハ、見事にやられてしまったな」
アマイモンの副官、像頭のベヒモスは地面で仰向けに倒れながらそう呟く。
彼は愚かにも王国についての情報収集を怠り、今回のスタンピードを失敗に終わらせてしまった。騎士団長が所有する『カリバーン』の存在は知っていたが、その威力がまさかあそこまでのものとは想像もしていなかったのだ。
二つ目の予想外は、王国が勇者を召喚していたこと。勇者がいなければ、彼らに勝機はあった。まだ成長途上であったようだが、強大な勇者を何人も抱える王国に敵対したことを今更悔やまれる。
そして一番驚かされたのは――
「東で起きたスタンピード……あれは我が軍の計画になかったぞ。首謀者は何者だ?」
――彼の上司の命令以外で、スタンピードが起こされていたこと。
あのままでは『カリバーン』と騎士団長に殺されていたはずのベヒモスは、突然登場したあのスタンピードによって王国軍の戦力が割かれ、おかげで運良く命からがら逃げることが出来た。本来ならば感謝を伝えるべきなのだろうが、一体何がどのように起こったのか把握しきれていない今、どうにも動けないでいる。
「……まずはアマイモン様に報告をせねば。叱責のストレスは奴隷のゴブリンを拷問することで発散するとして、次に今後の対応を――」
「貴様、アマイモンに仕える副官のベヒモスじゃな」
「ッ、誰だ!」
ベヒモスが顔を上げると、そこには美しい人間の女が悠然と立っていた。頭には角や触覚の一つも見えず、背中に羽が生えている様子もない。ただ一つ異常な点を挙げるとすれば、見慣れぬ服装に身を包んだその女は、腰に刀を携えている。武器を持っていることで、ベヒモスの視線は険しくなった。
「……私を殺すのか」
「貴様を救けてやろうか?」
ベヒモスの質問に耳を貸さず、当然答えることもなく、女は問う。
「妾の言う条件を呑めば、アマイモンの領地まで送り届けてやらんこともない」
確かに、この怪我で森の中を彷徨ってしまえば、無事にアマイモン領に辿り着けるか怪しいところであった。怪しさ満点の提案であったが、背に腹は変えられず、その”条件”を聞くことにする。
「……その条件とは」
「何、簡単な二つのことよ。一つ、この宝玉を常に持ち歩くこと」
女はこぶし大の玉を放り投げ、ベヒモスはそれを落とさないようにキャッチする。一見、何の変哲もない玉だった。
「一つ、ゴブリンの待遇改善。この二つじゃ」
「……前者も後者も意味が分からん。女、お前は何がしたい」
「前者は妾の主様の命令によるもの。後者は後顧の憂いを断つためじゃ」
女はそれについては素直に答えるが、答えられた所でベヒモスが理解するには程遠かった。よく分からないが、生き残るために要求を呑む。
「分かった。この玉を常に持ち歩き、ゴブリンの待遇を改めればよいのだな」
「その通り。それでは行くぞ、もう歩ける程度には回復したじゃろ」
そう言い放ち、女は前へさっさと歩いていく。慌ててベヒモスもふらふらと立ち上がり、女の跡を追った。
女に従って暫く歩くと、アマイモンが居住する館が森の奥に見えてきた。その時点でベヒモスは安堵し、立ち止まった女の隣を通り過ぎて森を出る。振り返ると、既に人間の女はいなくなっていた。
「一体何だったのだ……」
まるで太古に存在したと言い伝えられる『妖精』に騙されたかのような感覚だった。しかし手に握る宝玉は確かに実在し、先程の出来事が夢ではなかったのだと分かる。
ベヒモスは取り敢えず生き延びたことを喜び、やはり覚束ない足取りでアマイモンの館へと歩き始める。
その様子を、遠く離れた木の上から女は眺めていた……
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