第20話 タネ明かし
スタンピードが終わり、一夜明けた。
騎士団と勇者達の参戦によって、王国は勝利を収めた。東区の一部がかなり破壊されたが復興可能な圏内であり、重症者も直ぐに治療を受けたことで命に別状はなかったようだ。重症者といっても全員が兵士であり、民間人は軽症で済んでいる。行方不明者もいない。
スタンピードの同時発生。魔物とは思えない知略。そして民間人は無事であったこと。
多くの謎が残るスタンピードであったが、そんなことよりも勇者の活躍によって王国民による勇者への応援は更に高まり、既に王国では抑えきれない程となっていた。このままでは内政に支障が出るので、近々勇者達は各国の賢者と強者が集うとされる学術学院へ送られるという噂だ。
そんな中、翔真はゴドルフ王、サリア騎士団長、宮廷魔術師シモン、そして母堂朱李の四人から招集を受けていた。謁見の間に通されると、既に四人は出揃っている。
早速ゴドルフ王から要件が伝えられた。
「相沢翔真。お前は騎士団の指揮下にあったにも関わらず、サリア騎士団長の命令に逆らい王都西での戦闘を続けていたな。これは軍規違反にあたる。よってお前に懲罰として、ヴィアンカ帝国での研修を命じる」
(ま、罰としては妥当なとこか。寧ろ帝国なら僕にも都合がいい)
「分かりました」
素直に認める翔真に、母堂達は申し訳無さそうな顔を見せる。
「ごめんね、相沢くん。やっぱりクラスの皆と一緒に戦いたくて頑張ったんだけど、帝国行きが決まっちゃった」。
「軍規違反としては、まだかなり優しい方だ。ヴィアンカ帝国でしっかりと反省すれば、また勇者達の元へ帰れるだろう」
「僕としては、勇者に固まっていてほしかったんだけどねぇ……ま、監視と監督の意味を込めて騎士を一人付かせるから安心して欲しい」
ここで、サリアの後ろに隠れていたクレアがひょこっと顔を覗かせた。サリアは彼女を呆れた目で見る。
「……彼女と共に、ヴィアンカ帝国に行ってもらうわ」
「翔真さん、私は心配したんですからね? しっかりと反省して下さい!」
「反省するのはお前もだ馬鹿者!」
途端、サリアの拳骨がクレアの頭に落ちる。どうやらスタンピードを終えた後に翔真の姿が見当たらず、そのことに焦ったクレアは色々と……問題を起こしてしまったようだ。
「うぅ、痛いです……」
これ以上この場にいたら面倒になりそうな予感がしたので、翔真は挨拶をして早々に立ち去る。彼が立ち去り静かになった謁見の間に、ゴドルフ王の声が響いた。
「この件が終わったので、次の話といこう。……母堂朱李よ。そなた、神器を持つ気はないか?」
「神器、ですか。それはサリア騎士団長が持っている『カリバーン』のような?」
「その通り。此度の活躍により、勇者達の中で最も強く、最もリーダー性に優れたそなたに神器を授けることにした。さすれば、更に強くなることが出来るであろう」
(……神器を持てば、クラスの皆が怪我なんかしないように守れるかもしれない)
母堂は即答した。
「私に神器をください。……クラスを守るために」
翔真は城を出たその足で、南区のウメの家に向かう。ドアを開けると、やはり料理をしていたウメが出迎えた。
「いらっしゃいなのじゃ、主様。今日はバタークッキーを焼いておる。きっと紅茶に合うぞ?」
「貰おう」
ウメが作った美味しいバタークッキーをパクつきながら、話は始まった。
「それで、スタンピード後の魔物たちはどうなった?」
「良い具合で引き上げさせ、今後は自由にするよう伝えておいた。訓練を施し精神も鍛え直したので、再び下衆に堕ちることはないじゃろう」
「上出来だ」
ここでバタークッキーの甘味を紅茶で流し込む。そんな翔真を眺めながら、ウメはやはりケラケラと笑った。
「ククッ、やはり主様には何度驚かされることか。……まさか王国から情報を仕入れるためだけに、スタンピードを自分で起こそうとするとはの」
「割と良い作戦だったろ? 実際、成果を上げれたわけだし」
ここで翔真の『作戦』の概要を説明すると――
スパイ駆け出しの翔真は機密情報が欲しい。しかし王城の警備は厳しい。レベルアップした翔真でも完全にバレないように、というのは難しかった。……じゃあ警備が移動しなくちゃいけないほどの出来事が起こったら?
というわけでアマイモンのスタンピードを利用して、王国を挟撃することに決めた。
まず、ウメにかつての配下であるゴブリン、そして王都周辺に生息する魔物たちをボコしてもらう。スタンピードには大量の魔物が必要。しかし一応勇者である翔真、そして鬼人となったウメの作戦をまともに聞き入れるような魔物はいない。じゃあ力で支配するしかないよね、ということで周辺の魔物を屈服させ、スタンピードに参加するよう言い聞かせた。ちなみに言語の壁は【全言語理解】で解決した。もし地球なら翻訳家が泣いて逃げ出すだろう。
翔真が勇者として普通を演じている間、ウメには魔物を強化してもらう。そのままだと、今後ダンジョンに挑んでレベルアップする予定のクラスメイト達に簡単に殺されてしまう未来が読めていたからだ。出来るだけ時間を稼いでほしいので、元女王であり、かつ素晴らしいカリスマを持ち合わせているウメを教官として、魔物を訓練させた。
そしてベヒモスが率いるスタンピードが発生した日。準備を進めていたウメは西のスタンピードの少し後に魔物を進軍させた。これが東のスタンピードである。
思ったよりクラスメイトが強くなっていて魔物はそこそこ倒されてしまっていたが、それでも時間は稼いでくれたし、無為に全滅させるつもりもなかったので、ある程度街を攻めた所で撤退させた。残った魔物に後は好きにすると良いとウメが伝えておいたが、彼らが一体どのように生きていくのか……翔真はそこまで興味がなかったので聞き流したが。
そして、ここからが肝心だ。一応勇者である翔真が戦場で突然消えてしまっては、当然バレてしまう。そんな目立ち方は御免だ。
なので翔真が戦場から離れていたという事実を隠蔽するために、手頃な短剣使いを翔真に見えるようにしたのだ。そうすれば目撃者が多数いるため、場所はともあれ”翔真が戦場に居た”という事実は残る。
西の平原に居続けていたことについて、「戦いに集中しすぎていたので命令が聞こえなかった」という言い訳を後に伝えたが、その点についてはどうにも失敗してしまった。おかげで軍規違反を犯したと結論付けられるが、それでも身代わりを立てたことによって、相沢翔真という人間がスパイではないのかと疑われる確率は無に等しくなる。
……こうして偽の翔真が西で戦っている間、本物の翔真が王城から情報を盗み見たというわけだ。加えて前々から気になっていた黒印魔導書について調べることも叶ったし、彼は満足している。
ウメには血だらけで敗走したベヒモスを追ってもらい、彼女の財宝の中にあった、”とある宝玉”の片方を渡させておいた。ウメはついでにゴブリンの地位向上を命じたようだが……それは彼女が今後、”東風谷ウメ”として迷いなく生きていく上で大切なことだったのだろう。翔真はその余計なことに対して、特に説教する気はなかった。
――これが今日までの一連の流れ、そして翔真の『計画』だった。
「カカッ、まったく、そら恐ろしいものじゃ。何やら悩んでおったようじゃが、しっかりとイカれておるようで妾も安心したわい」
ここでウメは紅茶が無くなり空になったカップを皿の上に置く。翔真のカップも空になり、ポットの中身も無いようだ。後で注がなければ、と思いつつ翔真を見る。
その目には、初めての疑念が浮かんでいた。
「しかし主様よ。あらゆる偽装に加え、面倒事の数々……情報を手に入れるためにそこまでの苦労をするくらいなら、もうサレンバーグ王国を滅ぼしてしまえば良かったであろうに。その方が手っ取り早いじゃろ? 今の妾と主様なら、街の一つなど一夜で叩き潰すことが可能じゃし」
「お前の方が言ってることイカれてるって自覚しろ。……それで質問に対する答えだが、別に僕は王都を滅ぼそうなんて気はないよ」
「では、何故」
「確かに、ウメに頼めば王都を滅ぼせるかもしれない。じゃあ、その後は?」
「……あぁ、なるほど。そういうことか」
ここでウメも気付いたようだ。
「流石の妾達でも、世界を相手取るのはちと厳しいな」
そう。仮に王都を自分達の手で滅ぼしたとしても、その後がかなり面倒だ。見知らぬ軍が滅ぼしたという話は一瞬で世界に広まるだろうし、連合軍でも組まれたら負けてしまう。最悪の場合、魔王軍が翔真達を危険視し、敵対される可能性もあった。
「僕はあくまでスパイ。情報を集めて操るのが仕事だ。今回のスタンピードは、その前段階みたいなものだったんだよ」
「スタンピードを前段階と言うなど、一体主様の頭の中はどうなっているのか……一度覗いてみたいものじゃ」
軽い冗談を言うウメ。もはや呆れに思える視線を向けられるが、まだその目には疑念が宿っていた。
「……しかしじゃ。主様の『民間人には手を出さず、兵士のみと闘う』という命令、これはそなたが……まだスパイとして、人間の敵として、成っていないからではないのか?」
ウメは憂慮していた。敬愛する主人が未だ人間を殺す覚悟が出来ていないことを。完全な魔王軍の味方、人間の敵と成る……言い換えれば、『自由』になる勇気が出ていないのではないか、と。
だがその憂慮は一瞬にして霧散される。
「別に、王国の人間がどうなろうと気にしないさ。僕が自らナイフを振るってもいいし、人殺しの覚悟は出来ているよ」
「ッ!」
翔真は冷徹に、冷酷に、声音を変えずに言う。
「ただ、民間人が犠牲になったら勇者としての威厳が保たれない。そうなると”勇者”としての肩書が利用しづらいんだよなぁ……今も勇者だからってことで王城の寮に泊まらせてもらってるわけだし」
ただ少しだけ面倒に、まるで自販機に飲み物を買いに行くのが面倒だと言うように、翔真は無感情で話す。その目はとっくにイカれていた。
(あぁ、この主様なら……今の主様の為ならば、いくらでも我が身を捧げよう)
ウメは不安が解消され、安心して主人の道を共に歩むことを決めた。
「まぁ、王国に滅んでもらっちゃ困る理由が、あと一つ別にあるんだが……」
「それは何じゃ?」
「……言わない」
翔真は少し頬を赤く染めながら、ティーカップを口元に運ぶ。ウメは敢えて詳しく訊かず微笑みながら、空になったポットを紅茶で満たすべく、キッチンへ向かった。
翔真のカップに紅茶が満たされたところで、彼は思い出したかのように言った。
「あ。そういや暫くの間、僕は帝国に行くから」
「は? どういう経緯でそうなったのじゃ」
驚くウメに先程の謁見について話した。話を聞くたびに、ウメの表情が険しくなっていく。
「……主様よ。ちと、王都を滅ぼしてくるのじゃ。そなたとの時間を奪う王国など、やはり滅ぼしてしまえばよい」
「待て待て待て! 勢いで国を滅ぼそうとするな! というか……王国が滅んだら、この家が駄目になっちまうだろ」
翔真の言葉で、ふと我に返るウメ。彼は照れながらも、ハッキリと言った。
「……ここで、一緒に住むんじゃなかったのか?」
それは彼が先程明かすことを拒否した理由、その言葉の続きだった。
「あ、主様よ……今、妾は最高に嬉しいのじゃ!」
「わぷっ!」
感涙を流しながら抱きつくウメ。翔真はいつかのように頭を抱かれて彼女の胸の中に埋まった。ここまで歩いてきたので汗臭くないかと不安に思いながら、大人しく抱かれる。……抵抗しても無駄なことが分かっていたからであって、柔らかさの虜になっていたわけではない。断じてない。
ウメが堪能し終わり、芳しい花の匂いからようやっと解放される。流れを改めるために、彼は『計画』の報酬的なものとして手に入れた【空間魔法】を思い出したかのように説明し始めた。
「で、だ。手に入れたこの【空間魔法】なんだが、結構便利だぞ」
翔真はオリジナルプレートを眺めながら言う。
◯相沢翔真『スパイ(Sランク)』Lv.86
体力3996/4000 筋力3380 敏捷6058 魔力5598/6000 技工2905
スキル【改竄】【変装】【変声】【詭弁】【全言語理解】【解読】【足音消去】【気配遮断】【気配感知】【足跡消去】【記憶容量拡張】【空間魔法】
称号:【神をも欺く者】【魔物を率いる者】
【記憶容量拡張:記憶可能な脳の容量を増やす。あらゆることを完璧に記憶できるようになる】
【空間魔法:空間を操る魔法】
【空間魔法】とは、オリジナルプレートに書かれた通り、空間を操る魔法。一度訪れたことのある場所に魔力でマーキングし、いつでもその場所へ転移できたり、自分が作った空間の裂け目に物を保管できたりする。攻撃的な用法としては色々あるが、それは実際に見せた時に説明しようと決めた。
ところで、何故翔真が突然【記憶容量拡張】を手に入れたのか……彼なりに考えてみたところ、スパイは記憶力の良さも必要なので、スパイの能力としてあらかじめ存在していたのではないか、と思いつく。これは黒印魔導書に書かれていた内容と繋がる。実際に翔真が空間魔法の過剰な情報量を頭に流し込まれることで、脳の容量をこじ開けられたことが条件だったのではないか……そう推測した。まぁだからといって、それ以前に覚えていた情報を忘れることはないのだが。
【空間魔法】を強制的に覚えさせるあの魔法陣は、分かりやすい例えで言うと、密閉された箱に気体を押し込むようなものだ。
蓋が緩い箱に気体を詰め込むと、開いている箇所から抜けていく。しかし魔法陣は箱の蓋を密閉状態にさせ、その上で膨大な気体を押し込んで押し込んで……最終的に箱の耐久力を超えた圧力によって破壊する。翔真の場合は箱が壊れる寸前で容量が拡張されたことによって壊れずに済んだ、というわけだ。
(ま、全部妄想の域を出ないけどな……)
その後、ウメの家のリビングを魔力でマーキング出来ないか試してみたところ、なんと見事成功。【空間魔法】は”空間を上書きする”感覚に近く、それは翔真が普段から使用する【改竄】と似ていたので、そこまで苦労すること無く使用できた。
家から離れて人目の付かない場所で【空間魔法】を使用し、リビングへ空間を飛び越えて戻った時のウメの表情は見ものだった。普段は悠然としているウメの驚き顔は滅多に見られないので、良いものが見れたと感じる。……ただ、【空間魔法】の使用は消費魔力が多く、レベルアップした今でも乱発は出来なさそうであった。
「てなわけで、いつでもここに戻ってこれるわけだ。魔力消費がエグくてそう頻繁には来れないけど、定期的に戻るから安心してくれ」
「そういうことか。ならば腕をふるった料理を用意しておくので、ちゃんと帰ってくるんじゃぞ」
「楽しみに待っとくよ。……ま、研修の罰を受けなくても次の予定は帝国だったんだがな」
「それはどういうことじゃ?」
「実はヴィアンカ帝国の開発部が自立式魔導人形を作り出したって情報を手に入れてな。研修を装って調査してくる。もし本当だったら、今のうちに情報の奪取、または本体か開発部を破壊しなきゃいけない」
「ほほう。……ならば妾も行きたかったのぅ」
物足りない目で見つめてくるウメを宥めることになり、翔真は若干の面倒臭さを感じた。
そして話すべき内容は伝え終わったので帰ろうとすると、ウメが止めた。
「主様よ。伝え忘れておったが、宝玉の調整が終わったのじゃ。いつでも使用可能であるが……今直ぐするかの?」
「う〜ん、そうだな……こういうのは、早めに終わらせるに限る」
「相分かった」
そう言ってウメは宝玉を取り出し、机の上に置く――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます