第21話 ボイチェンは正義


 場所は魔王軍幹部アマイモン領。その領主であるアマイモンは、信頼する副官からの報告に頭を悩ましていた。


「それで、敗走してきたと?」

「は、はい。誠に申し訳ございませんでした!」

「よい。儂も策を怠った愚か者の一人だ。ベヒモスだけが責められるようなことではない」

「はっ」


 領主の寛大な処置に感謝するベヒモス。

 実際には寛大というよりも、それ以外のことで考え事をしているから寛大に見えるだけであって……その後、再び呼び出されて責められるという理不尽に遭うことを、まだベヒモスは知らなかった。


「なるほど、もう一つのスタンピードか……儂と同じ、いやそれ以上の強さを持っていないと起こすことは不可能。もしその強者をこの儂、アマイモンの配下に出来たのならば……」


 他の魔王軍幹部よりも優位に立てることを期待し、その女と、女の言う”主様”について調べさせる命を下そうとした瞬間――


『あー、あー。マイクテストマイクテスト。……んんっ、えー、そちら聞こえますか?』


 なんとも間抜けな声が部屋に響く。どこか機械的な音声が、ベヒモスの懐から鳴り響いていた。

 慌ててベヒモスが宝玉を取り出すと、確かにその宝玉から声が響きだしていた。


『えーただいま、遠く離れた、あるいは直ぐ近くから声を送ってます。宝玉を破壊することなどなく、平和的な話し合いをしましょう』


(あのときの宝玉! まさか音声通信の魔道具だったのか⁉)


 ベヒモスの予想通り、ウメが渡した宝玉は”音通しの玉”と呼ばれる魔道具であった。その存在はアマイモンも知っており、一部の者しか手に入れられない高価なものだったはずだが……声の先にいるのは何者かと思考を凝らす。


「儂は魔王軍幹部アマイモンである。そなたは何者か」

『うーん、俺ですか……じゃあ、俺はそうですね……』




 その頃の翔真はスキル【変声】によって声を変え、その上で一人称を変えるという徹底ぶりで身元を隠していた。現在、魔王軍幹部アマイモンとのコンタクトを取っている最中である。

 魔王軍の味方としてスパイ活動する以上、実際に魔王軍と連絡を取れた方が効率的に動ける。今のところは連絡を必要としていないが、ならば今のうちに挨拶だけでもしておこうという魂胆である。

 ちなみに身元を明かさないのは、魔王軍の中から”相沢翔真はスパイである”と人間側にバレないようにするためだ。そこまでの徹底ぶりに、ウメは見惚れる。

 そんなこんなでアマイモンに名前を尋ねられたわけだが、当然馬鹿正直に本名を明かすわけにはいかない。咄嗟に偽名が思いつかず、少し考えた。


(本名は駄目。勇者もダメ。スパイって言うのもなんだかな……警戒心与えちゃいそうだし。でもそちら側の味方ですよ、って意味は込めときたいな)


 ふとウメを見ると、翔真を信じた眼差しで見つめられていた。先程彼女に説教されたことが頭をよぎり、途端に思いつく。


(うん、これしかない)


 翔真はハッキリとした口調で、自信を持ちながら宣言する。


「どうも――」






















『――条件を満たしました。称号【人類の敵】を獲得しました』


称号【人類の敵:魔物を統べ、人でありながら人類の敵を名乗った愚か者に与えられる。配下の魔物を強化し、自身のステータスに上方補正がかかる】



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