第16話 巨人さんはとっても強かったよ?
翔真の腕が切り飛ばされたことで深層の危険度を再認識した二人は、準備と警戒を怠ることがないようにした上で、毎晩深層へ挑んでいる。右腕が無事に繋がったことで、翔真が深層に対しトラウマを覚えるようなことはなく、寧ろ彼の中で復讐心に似た闘志が湧き上がっていた。
最悪の場合【改竄】で治せるので、翔真は怪我を恐れることなく戦う。そんな彼に不安を覚えながらも、配下として恥じぬ戦いで翔真を支えようとするウメ。ダンジョンの深層も、そんな二人の敵ではなかった。
――そして勇者達が王都に帰る予定日の昨晩のこと。
「っ、はぁ、はぁ……倒したの、か?」
「……あぁ。四肢を切り飛ばした上で、再生などせぬよう肉片を散らばらせておる」
「じゃあこれで、深層完全攻略だな」
深層の最奥にいたダンジョンのボスと思われる巨人だったものを眺めながら、翔真は天の声を聞く。
『経験値を取得しました。レベルが上がりました』
無機質な声によって、ボスが完全に死んでいることを改めて確かめ、彼は玉座に近寄る。気付けばウメも隣に立っていた。彼らの目の前には、遥か太古に描かれたと思わる壁画が一面に広がっていた。色々と確認を終えたウメが報告する。
「特に戦利品などはないようじゃ。ルリア遺跡は、魔物が勝手に住み着いたことでダンジョンとなっていただけであって、本当は単なる遺跡であったのかもしれぬな」
だが、遺跡攻略によって莫大な経験値を獲得することが出来た。翔真の『計画』にあまり強さは必要ないが、別にあって困るものでもないと割り切る。
そして翔真が強化されるということは、只ですら強いウメが更に強化されてしまったということ。彼女の剣技はまさに神業であり、その膂力と俊敏性から繰り出される技は……考えただけでも恐ろしい。
一度冗談で「今の妾達なら王国なら滅ぼせるかもしれぬな」と言っていたが、実際に出来そうなのがまた恐ろしかった。
ウメは腕を組み、隣で壁画を眺めている翔真に尋ねた。
「……此度のダンジョン攻略、楽しめたか?」
「ちなみに訊くが、ウメは?」
「妾は勿論楽しめたよ。……主様と挑めたことが、の」
「そうか……僕もそれなりに楽しめたよ」
自由に生きると決めた翔真達は、自分達の快楽を優先する。ルリア遺跡は、そんな彼らが本格的に歩みだすための第一歩となった。
「……ここからが、『計画』の本番だ。気合い入れるぞ」
「承知した。……必ずや、主様に勝利を献上してみせようぞ」
二人は踵を返し、ゆっくりとダンジョンの出口へ向かっていった――
翌朝になれば、勇者達がルリア遺跡の探索を始めて一週間が経つ。勇者は表層を突破し、今では中層の真ん中あたりを探索出来るほどに成長していた。まだ危うい部分もあるが、それでも全員が素晴らしいレベルアップを果たし、個々が兵士十数人分の戦闘力を有するほどとなっていた。
そして予定通り、勇者たちは王都に帰還する。成長した勇者たちを迎え入れるように、王都の民が彼らの帰りを喜んでいた。
そして翔真とウメは、『計画』の最終段階に入っていった――
更に一週間が経ったある日、一人の兵士が王の謁見の間に飛び込んだ。ゴドルフ王はその無礼に青筋を立てることなく、異常事態が起こっていることを静かに察した。
「たっ、大変です!」
「何事だ」
「まま、魔物が! モンスターの大群が王都の西側から押し寄せています! スタンピードです!」
その単語が耳に入った途端、顔色を変えて驚愕した表情を見せる。
「ッ、それは真か⁉ よりにもよって王都に強襲をかけるとは……距離は!」
「まだ距離は空いています! 遠目に確認できた軍旗から、東の魔王軍幹部アマイモンの指揮下と思われます!」
「ぬぅ、”東”の領地ならば東から攻めい! わざと西から攻めてくるとは、虚を突いたつもりか、愚か者めが!」
思わず王という立場を忘れて悪態をつくが、スタンピードの波が襲いかかるまで余裕があることを知り、ゴドルフ王は冷静に戻り判断を下す。
「サリア騎士団長を呼べ! 召喚した勇者達もだ。これが彼らの初陣となろう」
「了解しました」
王の命令を聞いた側近は直ぐに動き出す。続けて王は命令した。
「城にいる兵士の三分の一を残し、後は全てスタンピードにぶつけるのだ。騎士団、王城兵士、勇者の力を合わせれば、王都が無傷のまま乗り越えられるかもしれん」
「はっ」
「……愚かな魔物共め。わざわざ王都に強襲をかけたこと、後悔させてやろう」
王国は勇者を抱えているのだ。その事実が安堵させ、王は胸の内で静かに笑う。
――その頃、スタンピードの中心では、魔王軍幹部アマイモンの副官ベヒモスが指揮を執っていた。像の顔を持つ巨大な人形の魔物であり、アマイモンから多大な信頼を寄せられている強者。彼の呼びかけによって、王都周辺に生息していた魔物たちは一同に集う。
『ベヒモス様。どうやら王国の連中が我らの存在に気付いたようです』
偵察部隊隊長のリザードマンがベヒモスに報告する。それを聞いたベヒモスは、厳かな声で言う。
『そうか。だが今更準備した所で、この数の魔物を対処しきれるわけあるまい』
やけに自信満々なベヒモスに不安を覚え、リザードマンがベヒモスに尋ねた。
『……他に策などはなかったのですか? 王国が我らの想像を越える武器を手に入れていたりなど……アマイモン様に進言した、あのゴブリンの作戦。あれを使えば……』
リザードマンの提案を、ベヒモスはその大きな鼻で笑う。
『何を愚かなことを。あのゴブリンはスタンピードのきっかけを作っただけで既に用済みよ。東の森で王国軍の注意を向けさせろという命令など、邪魔な下等種族を処分するだけの戯言に過ぎぬ。元々、我らの軍のみで対応できた』
『さ、左様ですか……』
ウメの予想は当たっていた。スタンピードという考えを編み出した時点で、ゴブリンクイーンの役割は彼らの中で既に終えられていた。王都に隣接した森で騎士団と戦い続けるなどという無謀な作戦は、彼女達を使い捨ての駒としてしか見ていない証拠であった。
ベヒモスは更に下衆な笑いを浮かべる。
『グハハ! せいぜいヒラ騎士の一人や二人を殺していれば御の字よ。所詮ゴブリン如き、我ら真の魔物と比べ物にならぬ。弱いものは淘汰される。それが自然の摂理である。ならば弱者が這いつくばったところで、我らが気に掛ける必要はない』
ゴブリン族への侮蔑を吐きながらベヒモスは嘲笑う。彼が乗る車を引っ張っているのは、税金を納めることが出来ず、魔物の奴隷となったゴブリンだった。
……そんなベヒモスの耳には、王国に勇者が召喚されていたという情報が入っていなかった。敵の力量を見誤り、あろうことか見下すという愚かな所業を行うベヒモスの指示のもとで彼らは歩き続ける。王都の姿が見えてきた。
――場所は闘技場。騎士団から突然の招集をかけられザワつく勇者たちに、サリアから現状を聞かされる。
「現在、魔物の軍勢が王都に近づいています。そこで皆さんには、是非とも前線で戦っていただきたいのです」
サリアの緊張した声音で、かなり修羅場なのだと分からされる。クラスの代表として、母堂が前に出た。
「……前線って、一番危険な場所ですよね」
「えぇ。ですが皆さんはレベルアップを果たし、そこらの魔物では相手にならないほど強く成長しました。スタンピードにおいて恐ろしいのは魔物の”数”であり、”質”ではないのです」
「つまり、私達は前に立って戦うだけで良いと?」
色々と察したのか、母堂が尋ねた。サリアはそれに対し肯定する。
「はい。皆さんは勇者であり、国民の希望でもあります。目の前で果敢に戦う姿を見せていただけたら、兵士の士気も上がります。……どうか王国のために、戦っていただけませんか?」
命令や連絡ではなく、サリアが初めて見せる懇願。その態度に心動かされ、示し合わせたわけでもないのに、クラス全員が一斉に顔を見合わせた。再び母堂が代表して宣言した。
「……私達は、王国のために戦います。地球へ帰るために、そして、お世話になったこの世界の人々を救けるために!」
「「おう!」」「「はい!」」
勇者が皆、母堂の言葉に賛同の意を示した。
「……勇者に、多大なる感謝を」
サリアの目が潤み、一滴の涙が溢れ落ちた。直ぐに目を擦って気を取り直し、部隊編成を伝える。
「前線と言いましたが、正確には前線の中での後衛です。皆さんには魔王を倒すという最終目標があり、こんなところで傷つき倒れるような人材ではありません。……我々騎士団が先頭で壁となります」
命を落とすことすら覚悟したその声に、クラス全員がハッとする。そうだ、この世界は彼らの世界であり、この国は彼らの故郷なのだ。
サリアの言葉によって、戦いへの意識が高まる。各々が武器の最終確認をしている最中、クレアが翔真のところへ向かった。クレアが彼を見つけると、ちょうどナイフの準備をし終えたところだった。
「翔真さん……怖くないですか? 大丈夫ですか?」
「子供扱いしないで。もう十分に戦えるさ」
確かに、訓練開始時よりも格段に成長した翔真を誰よりも知っているクレアはそう考えた。それでも不安な気持ちは拭えない。
「しかし戦場では一体何が起こるか分かりません。……やはり気にしてしまうのです」
「それは、クレアの過去についてのことか?」
彼女はコクリと首を縦に振った。
「……国民は皆、翔真さん達を崇めています。しかし……皆さんは、召喚”された”のです。なのに皆さんが傷ついてしまっては、まるで、ここに来る道しかなかった過去の私を見ているようで……」
「大丈夫さ。サリア騎士団長も僕らの身を案じてくれてるみたいだし、死ぬような怪我をすることはないと思う」
「なら良いのですが……気を付けてくださいね」
単純に教え子である翔真を心配しての行動に見えるが、実はクレアと翔真は同じ部隊に分けられている。つまり戦場で翔真と逸れることなく、なんなら一緒に戦うわけである。……明らかに過保護だった。
無事を祈られるのは嬉しいが、なんとも言い難いむず痒さに耐えながら翔真は立ち上がる。
(いよいよだな……ウメはちゃんと動いてくれているだろうか)
ウメのことは信頼しているが、計画にはアクシデントが付き物だ。そうならないように前もって準備をしたとしても、極限まで事故に遭う確率を下げたとしても、本番は一回きりである。しかもこの機会を逃せば、次に狙えるのはいつになるか分からない。
「……頑張ろ」
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