第24話 暗部って憧れる
◆
ヴィアンカ帝国は、元首の座を常に奪い合いながら成長してきた国だ。貴族たちが騙し合い、殺し合い、その上で承認された強き者が帝国を治める元首と成る。
今代ではヴィアンカ帝国の建国者であるヴィアンカ皇家が再臨し、元首の名はカイザード=フォウ=ヴィアンカ。生まれたときから武芸に長け、家に寄りつく羽虫を叩き落とし、時には吸収していくことで成長したという強者。武芸者としても高名だが、彼には治世の才も備わっており、彼が皇帝となってからは帝国内で大きな争いも起きず、民は平和な日常を送ることが出来ているという。
そんなカイザードは、サレンバーグ王国のゴドルフ王から一昨日届いた手紙を力のままに握りしめる。眼下には己が治める都市が広がり、外とを繋ぐ門に現れた馬車を鋭い眼光で睨む。
「サレンバーグの髭狸が……突然手紙を寄越してきたと思えば、勇者を第三王女の護衛のために送るだと? 無礼にも程があろうに」
第三王女の短期留学の件については前々から聞いていた。サレンバーグ王国とヴィアンカ帝国はそこまで仲が良いというわけではないが、間で貿易を行っているほど有効な関係を築けているのは確かであるし、その程度ならば問題ないと許可を出した。
だがカイザードの意表を突くかのように、第三王女の留学の護衛という名目で勇者を帝国に送り込んできた。現在の王国との関係を悪化させるわけにもいかず、抗議しようにも言い出せない状況となってしまった。
「――しかし突然に王国で召喚した勇者が送られてきた。王都がスタンピードに遭い、悪運が良いことに難を逃れたと聞いたが、王都の防衛力を弱めるような真似をするなど……これには何か裏があると読むべきか」
勇者を学術機関へ送るということについては理にかなっている。あそこで訓練を積めば、ただですら強い勇者が更に力を付けることとなり、それは結果として召喚した国の防衛力向上に繋がるからだ。
しかし学術機関に送らず、自国に留めておくこともせず、敢えて帝国へ勇者を送った。
――帝国では現在、極秘の研究が行われている。一度視察に訪れたが、あの技術が他国に漏洩すれば帝国は多大な打撃を受ける。王国からの者と聞き、真っ先に思いついたのはそのことについてだ。
つまり、研究を奪うために勇者を送ったのではないかと疑っている。カイザードが不安を抱くのも当然のことだった。
「【鴉】、来い」
「はっ!」
カイザードの合図と同時に、何処からともなく黒装束の男が現れた。鼻まで黒マスクに覆われ、目もフードに隠れて見えない。
彼は帝国が誇る暗部集団【イビル・クロウ】の首領を務めている【鴉】。カイザードが皇帝として表立って行動できないような裏の仕事を請け負う、帝国の闇そのもの。
彼は古くからヴィアンカ皇家との付き合いがあり、今は仕えるべき主人として彼の元で活動している。カイザードが皇帝の玉座に着く際にも、彼の貢献が無ければ成し得なかっただろう、とカイザード自身も考えている。
そんな【鴉】だからこそ、皇帝直々に大切な任務を与えられるのだ。
「此度の王国からの留学者……勇者含め、全員の素性と目的を調べ上げろ。もし何もなければそれで構わん」
杞憂に終わるのならば、結局無用な心配事であったと笑い飛ばせば良い。しかし万が一のことがあれば、それは彼の皇帝の座を脅かすことになりかねない。不安を早めに摘んでおく慎重な性格も、彼を皇帝へ成した要因の一つである。
「……」
「どうした?」
普段ならば二つ返事で承る彼だが、今回は違った。少しの間が空き、何か悩んでいる様子を見せている。
「……カイザード様。一つお聞かせ願いたい報告がございます」
「話せ」
「ドクターからの情報ですが……魔導人形のプロトタイプが脱走したとのことです」
「何ッ! それは真か⁉」
まさか懸念していた事柄において、ちょうど面倒事が起こるとは誰が予想していただろう。カイザードも想定外の報告に取り乱した。
「私の部下が確認したところポッドからの脱出跡が見られ、研究室内を隈なく捜索しましたが、現在も発見されておりません」
「……して、お前が何も対処を取っていないはずがない。既に行動に移しているのだろう?」
「はい。ドクターからの依頼で既にプロトタイプの捜索範囲を帝都全体に張り巡らしております。発見されるのも時間の問題かと」
「ぬかるなよ」
確かな頷きと共に姿を消した【鴉】から視線を外し、再び門へ目を向けた。王女一行は現在大通りを進んでおり、豪華な馬車は衆人の視線を集めている。ここからでも垣間見えるのは、件の第三王女の姿。
「やはり数人を監視に配置すべきか……魔導人形の捜索と並行になるが、鴉、お前に任せたい」
「仰せのままに」
姿を消したはずの【鴉】だが、カイザードの言葉に答えるように声が部屋に響いた。
カイザードは三度王女へ視線を向ける。
あまりの心配ぶりに彼自身もうんざりするが、万が一の事が起きた後では遅いのだ。それを胸に刻み、一瞬も油断すること無く構え、皇帝の座を手に入れたのだ。その方針はこれからも変わらない。
加えて、タイミングが悪く魔導人形の脱走が発覚……あの研究過程、結果のどちらが露見しても帝国の不利益と成りうる。
「……真に杞憂であれば、良いのだが」
◆
長かった旅が終わり、翔真達は馬車から帝国の地へと降り立つ。途中で山を幾つか越えなければならなかったために、王都から帝都まで五日を要してしまった。
(この距離だと……三分の一程度の魔力を使えば王都に戻れるかな)
ふと、翔真は自分のステータス等が記されたオリジナルプレートを眺める。
◯相沢翔真『スパイ(Sランク)』Lv.86
体力3996/4000 筋力3380 敏捷6058 魔力5598/6000 技工2905
スキル【改竄】【変装】【変声】【詭弁】【全言語理解】【解読】【足音消去】【気配遮断】【気配感知】【足跡消去】【記憶容量拡張】【空間魔法】
称号:【神をも欺く者】【魔物を率いる者】【人類の敵】
先のスタンピード作戦によって、新たに【空間魔法】と称号【人類の敵】を手に入れた。【空間魔法】は魔力を消費することで長距離の転移、それこそ王都−帝都間の移動を一瞬で済ますことが可能にする。称号【人類の敵】は、単純なステータス強化がなされる。
どちらも有用な効果をもたらすが、彼の心の隅を突いているのが後者の【人類の敵】だ。
(称号獲得条件には『魔物を統べ、人類の敵を名乗った者に与えられる』と示されていたけど、本当にそれだけなのだろうか?)
魔物を使役し人類の敵を名乗るだけで有用な効果を得られるなど、割が良すぎて逆に怪しく思えてくる。何か副作用や、オリジナルプレートに記されていない隠された条件があるのではないか……移動の間に心を落ち着かせながらも、微かにこの疑念が翔真の頭を悩ませていた。
シモンから教えられた知識と【黒印魔導書】で学んだ知識により、スキルの根幹に関して大まかに理解できた。しかしこの世界に来てから学んだことの中に、称号は含まれていない。
記憶の中では、母堂朱李含め他の勇者が称号の欄に何かが記載されているのを見たことがない。周囲には称号獲得のことを隠蔽しているため、称号について気軽に尋ねることも叶わない。
(あの時に【黒印魔導書】だけじゃなく、他の本を閲覧しとけばよかったな……)
今更後悔するが、次の目標は帝国の魔導人形についてである。翔真は脳を切り替え、改めて帝都と対峙した。
区で美しく分けられた王都とは対照的に、帝都は雑多としている。基本となる大通りは帝城を中心に四方へ伸びているが、それ以外の道に規則性は見受けられない。建物に関しても、空いた土地に早いもの順で適当に置いているようだ。
しかしだからこそ、街が王都に負けない程の活気を見せていた。露店には引っ切り無しに人が行き交い、客を呼び込む声と値切りを求める言い合いが耳の横を駆け抜ける。ざっと見ただけでも知らぬ商品が山程あり、まさに『帝国』の名に相応しいほどの賑わいだった。
シュウも視線をあちこちに遣っており、ワクワクしているのが目の動きだけで分かる。
「どうする翔真。クラスの奴らにお土産でも買って帰るか?」
「来たばっかなのに何言ってんだよ。てか自分の荷物は自分で下ろせっての」
何やら御者の方が先程から催促の視線を送ってきている。この後はレンタルした馬宿に置きに行くようだが、早めに行きたいようだ。シュウもその目に気付き、慌てて馬車から彼の荷物を持って降りた。
全員が降りたことを確認すると、御者と馬車は遠くへ行ってしまった。
「で、ここからどうするんだっけ」
「確か……騎士団の人が代表として来てくれてるらしい」
丁度その時、馬から降りてきた一人の騎士が翔真たちへ近づき話しかける。
「長旅ご苦労様でした。私が此度の留学責任者である、副団長のイガラシと申します」
イガラシは、顎髭を蓄えた壮年の騎士だった。左目には痛々しい大きな傷跡が残っており、右目だけの隻眼となっている。残った方の眼からは、修羅場を幾つも潜り抜けてきたと思わせる威圧感を放っていた。穏やかな口調とは対照的に、かなり強面の男であった。
「よろしくお願いします、イガラシさん。僕は相沢翔真と申します。隣の男は春夏冬シュウ、その隣の女性が橘日花里です」
「ショウマ殿、シュウ殿、ヒカリ殿ですな。では早速で悪いのですが、直ぐに借りている宿に向かいましょう。そこで少し休憩を挟んだ後、勇者様が通う学院の校長へ挨拶へ向かいます」
「――学院? えっ、学院ってどういうことですか⁉」
「……知らない」
シュウと日花里がイガラシの言葉を聞き、驚きで思わず彼に詰め寄った。彼は二人を制止させ、ルナが翔真にした説明と全く同じものを二人に説明していた。
説明を聞き終えた二人は未だ困惑を含んでいるものの、異世界に召喚されて以来の『学び場』に心を踊らせていた。翔真の付き添いとして帝国に訪れたが、まさか偶然に学院へ入学できるとは思ってもいなかったからだ。
実のところ、翔真に付き添わず他のクラスメイトと共に学術機関へ向かっていても、この世界での学び場を経験することは出来たのだ。しかし学術機関の場合と異なるのは――
「王女様、か」
「……王女……凄い」
――国の王女と共に入学出来るということ。これは流石に、異世界から召喚された勇者と言えど中々経験できるものではない。
イガラシは説明を続ける。
「ルナ王女は今回の留学の中心という立場におられますので、学院外では勇者様と基本的に別行動となります。今もこれから、カイザード帝にご挨拶を――」
「はじめまして、勇者様」
「――っ⁉」
イガラシは背中から聞こえた声に聞き覚えがあり、反射的に高速で振り返った。振り返った先には……彼が守るべき御方が、堂々とした姿勢で立っていた。
「私はサレンバーグ王国第三王女、ルナ=ヴァン=サレンバーグと申します」
「……おおおお王女様ッ! 何故このような場所に姿をお見せになられているのですか!」
先程まで見せていた威圧感からは全く想像できないほどの狼狽を見せるイガラシ。謎に馬車から降りてきていたルナは、馬車へ送り返そうとするイガラシの手をヌッと潜り抜けシュウと日花里に近づく。
「お名前をお聞かせ願えますか?」
「お、俺は春夏冬シュウです」
「……橘日花里、です」
グイグイ来るルナに、二人はすっかり萎縮してしまっていた。それもそのはず、ルナは地球上でテレビの中でさえ見たことがないほどの美貌を放っているのだから。
幼さが残る顔と大人びた仕草が両立する女性は、男女関わらずその心を虜にする。
ルナは翔真の方を向き、誰にも見られないような小さい笑みを浮かべ、こう言った。
「はじめまして。貴方のお名前は?」
(――あぁ、そういうこと)
「ぼっ、僕は相沢翔真と申します」
馬車での逢瀬の時には、彼女は翔真の名を何故か知っていた。それにも関わらずこの場で尋ねたのは、馬車で会っていたことを公の場では『無かったこと』にしてほしいと暗に伝えているのだ。
翔真はその意思を汲み取り、まるで初めて彼女と会ったかのように――会話の初めを詰まらせ、彼女の美しさが初見で怯えているように――振る舞った。スパイ活動を行っている翔真にとって、このことは造作もなかった。
翔真の演技に合格点が与えられたのか、再度微笑を浮かべた後に翔真含む三人全体と向き合う。
「イガラシから短期留学の話をお聞きになられたかと思われます。私の事情に巻き込む形で申し訳ございませんが、私の立場など気にせず気軽に接していただけると幸いです。皆様は、世界を救う……勇者様なのですから」
流石王族と言うべきか、相手を説得させるスピーチであった。口調、声音、トーン、身振り、視線の送り方――レベルが上がり身体能力が格段にアップした翔真が気付くことは山程ある。それは話しているルナでさえ自覚していないようなものまでも。
「王女様がそう言うなら……改めてよろしくな」
「……ルナ、ちゃん……よろしくね」
彼女の話を素直に聞いている二人は、彼女の意思の通りに動きそうになる……そうさせられる。今回の場合は、二人の緊張を解きフランクに接するようにさせた。
(無意識に学んだ帝王学を実践できているなんて……ますます利用したくなるじゃないか)
噂に聞いた魔導人形だけが今回の旅の目的であったが、棚ぼたというか、瓢箪から駒というか、何としても欲しい人材をついでに見つけてしまった。翔真は脳内のリストに『ルナ王女』の名を書き加えながら、心の奥で静かに嗤った。
「……ルナ王女、お時間が迫っております」
騎士といえど王女の邪魔をするのは難しいのか、初めは狼狽えていたイガラシの激情も今は鳴りを潜めていた。というよりも、必死で我慢しているように見えた。
しかし限界が近づいたのか、話に割って彼女に催促した。ルナもここいらが自由に動ける限界だと悟ったのか、大人しくイガラシの後ろを歩いて行く。
「ルナ王女! 勇者様といえど気軽に話す関係になるなど、サレンバーグ王家としての体面が――」
「お相手は魔物と戦ってくださる勇者様です。まして私の護衛に巻き込んでしまったのならば、尚更体面など気にしてはなりません」
「そ、それはそうでしょうが――」
翔真達は、言い合う二人が馬車に乗り、それが小さくなるまで離れるまで見続けていた。
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