第25話 学院の校長は二極化されているように思う
ルナが乗った馬車が小さくなっていく様を見ていると、続いて隣からイガラシの代わりとなる引率の騎士が近寄ってきた。
それは翔真にとって、とても親しい間柄の人物であった。
「副団長の代わりに、これからは私が皆様をお連れしますね」
「クレアじゃないか。そっか、君も来てたんだったね」
「忘れるなんて酷いです……と言いたいところですが、移動の最中も常に騎士団の仕事をしていましたからね。話す機会などありませんでしたし、今回ばかりは許しましょう」
彼女はクレア=ノヴァク――翔真のナイフ術の先生にあたる人だ。
先のスタンピードで姿を消した翔真を探すために色々とやらかした結果、罰として今回の一行に放り投げられた。しかしやはり罰なので、騎士団の仕事で手一杯の状態であり、移動中に彼女と話す機会が一切無かったのは事実である。
軽い挨拶を交わした後、クレアの先導で三人は移動し始めた。五分程度歩けば、商店が並ぶ雑多とした道とは打って変わり、広く落ち着きのある場所へ到着した。
「……凄いな」
その広場に、帝国学院が建っていた。
白を貴重とした大理石の校舎は荘厳で、建築にかけられた費用、手間の多さを伺わせる。彫刻も素人ながらも一級品だと分かる程だ。
しかし人気が無いと言われればそうでもなく、多くの生徒達が校舎内を行き交っている。先刻の商店街のガヤガヤとして喧しい感じではなく、笑いと元気がこちらにまで伝わってくるような雰囲気だ。
ここまでの学び場は、日本でも……いや、地球上でもそうそう見られないだろう。その証拠に、シュウも日花里も驚きで言葉を失っている。
「あちらに見えるのが帝国学院です。帝都内に留まらず、帝国領全土から優秀な子供を入学させ、帝国の将来に貢献できるような人材を育てているのですよ」
何故かドヤりながら説明するクレアだったが、彼女は帝国学院についてかなりの知識を持っていた。門番に手続きを済ませ、校長室へと向かう間にも色々と教えられる。
クレア曰く、帝国学院は建国当初から存在していたという歴史ある建築物だ。格式高く全校生徒の大半が貴族で占められているが、実力さえ伴えば平民でも入学可能だという。
帝国における中心的な教育機関ということもあり、要求される勉学や強さはかなり高い。それ故に幼少期から高い水準で教育を受け続けている貴族の在籍数が多いのだが、稀に才能に満ち溢れた平民が入学してくる。なにやら今年は、かなり優秀な平民出身の生徒が学院のトップに立っているという……。
「この扉の奥に学院長がいらっしゃるそうです。翔真さん達は勇者という立場でありますが、相手は貴族の一人であるために言動にはお気をつけください。ここが既に帝国内であるということを、お忘れなきよう」
校舎に入って一番上の階である四階に上がり、一際大きな扉を見つけた。どうやらこの中に、学院長がいるらしい。
(貴族の学院長……ラノベの中だったら、極端に優秀かクズかのどちらかなんだよなぁ。さて、この学院のトップはどんな人なのか)
七割の期待と三割の不安を胸に、クレアが扉を開けて先に進む――
「はっはっ、よくぞ帝国学院へ来られた。私が学院長の、カストリア=ルー=イヴェンだ」
カストリアと名乗る学院長は、小太りで脂ぎった醜男……容姿だけで言えば、圧倒的に後者だった。
思わず頬が引き攣りかけるが、それを耐えて翔真を初めとした四人は一斉に挨拶をする。
「相沢翔真です」
「春夏冬シュウです」
「……橘日花里、です」
「騎士団所属、クレア=ノヴァクと申します」
翔真達が頭を下げて礼をしたことに満足したのか、何度か頷くカストリア。
「カイザード帝から話は聞いている。王国の第三王女と共に留学だったな。既に書類や準備は済ませてあるぞ」
「お気遣い感謝します」
「いやいや構わんよ。それよりクレアと言ったかな? 今夜――」
代表して礼を述べるクレアだったが、カストリアの彼女を見る視線が欲望に満ちたものであったのを翔真は見逃さなかった。何やら嫌な予感がしたために、全員での退出を急ぐ。
「クレア。学院長もお忙しいでしょうし、そろそろお暇しよう」
「そうですね。お忙しい中お時間をいただき、ありがとうございました」
「そっ、そうか。……帰るのならば、仕方がないな」
物惜しげにクレアを横目で眺めながら、カストリアはそう言った。
四人が学院長室から退出する際にも、クレアと日花里の女性陣に怪しげな目を向けていたことを翔真は鋭敏に感じ取った。更には自分の企みを妨害されたためか、翔真に憎みを含んだ視線を送っていたことも感じ逃さなかった。
(……あの調子だと、中身も腐ってそうだな)
部屋から出て暫く歩くと、周囲に誰も居ないのを確認したシュウが、突然に不快感を顔全体で表し始めた。
「どうした?」
「……あの学院長、日花里を下種な目で見てやがった」
「シュウもか」
どうやらシュウも、自分の恋人の向けられた下心を感じ取っていたらしい。
「日花里は黙っていたけど、内心じゃ嫌だったんじゃないか?」
「……うん……大嫌い」
「だよな。あんな性欲丸出しの視線を送るやつ、地球でも見たこと無いぜ」
またもや謎の意思疎通能力で会話し合っているようだが、シュウの予想は間違っていなかったらしい。
加えてクレアも、小さな声音で文句を言い始めた。
「実は私も……騎士じゃなくて、女として見られているような気がして不快でした」
この場にいる四人全員が証言するのならば、カストリアがどのような人物なのか自ずと見えてくる。
学院の教師全体がカストリアのように欲望に満ちた人間ではないとは思うが、それでも先行きが不安に感じてくる一行だった。
◆
翔真達がカストリアへ挨拶へ行っている頃、ルナもカイザードとの面会を行っていた。
両者ともに二人だけで話すことを希望したために、来賓の部屋にはルナとカイザードの二人しか居ない。皇帝の護衛もルナの侍女も、今だけはこの場に居ないのだ。
カストリアが向けたいやらしい視線とはまた違った意味で、挨拶の場は重い空気に包まれている。
「此度の留学、お引き受けしていただき誠に感謝しております。皇帝閣下もご壮健でおられるようで……」
「白々しいぞ女狐。内心では俺が慌てふためく姿を想像して笑っているだろうに」
カイザードの返しに、ルナは微笑で答えた。カイザードは呆れ半分苛立ち半分に思いながらも、その口は弧を描いていた。
「髭狸に一番似ているのはお前だ、ルナ=ヴァン=サレンバーグ第三王女。第一王子も優秀らしいと噂されているが、あれには狡猾さが足りん。その点お前は、あの爺にそっくりだ」
「お褒めに預かり光栄ですわ、皇帝閣下」
「……」
ここでツッコんでしまっては、ルナの思うつぼである。真に交渉が上手な者は、相手の感情の高ぶりでさえも利用するのだから。
「……とにかく、今回の旅はあくまで”留学”だ。余計な事をするんじゃねぇぞ」
「余計な事といえば――帝国が秘密裏になさっている研究の調査などでしょうか?」
その言葉を聞くやいなやカイザードが指で合図をすれば、何処から現れたのか黒装束の男がルナの首に刃を当てていた。
残り数ミリ刃が動けば、シミひとつ無い肌から鮮血が吹き出る状況であるというのに、ルナは眉一つ表情を動いていない。寧ろ変わらず微笑を浮かべ続けるという余裕でさえ見せている。
「帝国は随分と優秀な方を雇っておられるようですね」
「俺の馴染みのメンツだ。……しっかし相変わらず大人顔負けの胆力だな。普段の笑顔は外向けの演技だと疑いたくなるぞ」
「称賛の言葉よりも、まずは後ろの御方を除けていただけませんか? このままでは紅茶も飲めません」
カイザードが右手を上げると、ルナの首から刃が離された。黒い男はスッと姿を消し、その痕跡は残されていない。
そして二人は先程の出来事など無かったかのように、紅茶を喉に流し込む。刹那の静寂の後に、先に口を開いたのはカイザードの方であった。
「……幾つ欲しい」
「何も。私はただ”知っているだけ”」
「外には漏らさないと?」
「口に出した途端に、皇帝閣下の『ご友人』に殺されてしまいますでしょうし……魔物との戦いでの死者数を減らせるというのならば大いに結構。好きに研究なさっても私は気にしません」
ここで考慮すべきは、ルナが用いた語彙。”結構”や”気にしない”など……いつの間にか、いや一瞬で会話の主導権を握られてしまった。
情報を出すタイミング、その後の対応……どれを取っても完璧だと言わざるを得ない。カイザードは素直に負けを認めると同時に、更に笑みを深くした。
「……まったく出来た女だ。帝国に嫁ぐ気は無いのか? 優秀な貴族の男を斡旋してやるぞ。何なら俺の妻にしてやってもいい」
「残念ですが、今の所は婚約を視野に入れておりません。両親からの婚約の催促を多少煩わしく感じていることも理由に含まれますが、ね?」
これは暗に、先程婚約を勧めてきたカイザードも煩わしく感じていることを意味している。転じて、カイザードのような男は好みではないという意味も含められていた。
遠回しにタイプではないことを告げられ、こちらに本気の想いは無かったと言えどプライドを傷つけられたカイザード。しかし追い詰められてる状況に関わらず、彼も笑顔のままだった。
「……お前を見ておくからな」
「あら、あまり熱烈な視線を向けられると気恥ずかしいですわ」
その笑顔の裏にどんな感情を隠しているのか……その眉や口元さえ一切動かなかったところを見るに、逆に二人の内心が推し量れる。
――こうして、終始重い空気に包まれていた面会の時間が過ぎていった。
◆
カストリアの挨拶を済ませた翔真達が向かったのは、帝国留学中にお世話になる宿屋だ。場所は帝国学院の直ぐ隣に位置しており、登校で困ることはないだろう。
翔真が教えられた部屋に入れば、見慣れぬ制服、何冊もの教科書、筆記用具など……学院生活において使われる物が一通り揃えられていた。
帝国行きが決定してからまだそこまで時間が経っていないのに全て用意されてたのは、流石勇者の威光と言う他にない。
特別勇者としての肩書に拘っているわけではない。いざとなれば、『相沢翔真』としての生を全て捨てる覚悟すらさえある。
だが勇者の座に収まっていることで得られる恩恵を幾度も味わってしまえば、どうにも捨てがたくなる。それは最終的に表立って敵対することとなったとしても、それまでは勇者の名を頂いておこうと思えるほどだった。
(まぁでも、『勇者』だからこそ行動が制限されていることもあるんだがな)
今回の帝国留学も、勇者としてではなく個人の、一人の男としての旅であれば、自由度は格段に上がっていただろう。仲間と過ごさなければならない時間が無くなり、騎士からの煩わしい視線からも解放されたはずだ。
「”勇者”か、それとも”真の自由”か……ウメが聞いたら『自由に決まっているのじゃ』って即答しそうだ」
今も王国で翔真の帰りを待っているであろう己の配下の事を思い出しながら、彼は荷物の中に入れておいた黒いローブを羽織る。フードを被れば頭まですっぽりと隠れるほどの、体格に似合わない大きなローブを。
(【気配感知】発動……見張りがいるな。部屋の近くに一人、そして遠くから窓を見張っているので一人)
先程から感じ慣れぬ気配があったのでスキルを発動すれば、確かに見知らぬ人が存在していた。その視線は常にこちらに向けられており、だがしかしスキルを使わなければ気付かないほどに、隠密の精度が練り上げられていた。
その練度は王国からの旅人を興味本位で見に来たというレベルでない……それこそ、国家に雇われるレベルの。
「普段なら面倒な奴らだけど、今だけはありがたいな」
王国からの来訪者を初日から監視するなど、逆に知られたくない物を帝国内に隠していると言っているようなものだ。監視の存在がバレないと踏んでいるからわざわざ置いてあるのだろうが、今回に限って、それは悪手と言わざるを得ない。
そして何より……誰にも気付かれずこの部屋から出る術を、翔真は習得しているのだから。
(魔力痕解析――ルート確立――魔力充填完了――)
彼は目を閉じ、集中して魔力の操作を試みる。王国を発つまでの間、更には帝国へ移動している間にも秘密裏に練習したことで、その操作は素晴らしく正確なものとなっていた。
準備を全て終え、発動の鍵とするための言葉を……両眼を開き、確かな発音で口に出した。
「【空間魔法】”疑似瞬間移動”」
その言葉を発した途端に、翔真の体は部屋の中から瞬時に消え去った。
代わりに少し離れた、学院付近の人気のない場所で……彼がフッと姿を現した。何もない空中から、忽然と。
(学院の近く、周囲に人はいない……成功だな)
辺りを見渡した上で、【空間魔法】成功したことを確信する。
◆
”疑似瞬間移動”……その効果は名の通り、『疑似的』な瞬間移動を行う技。空間魔法の使い方における基礎のゲート作成、それを少し発展させた形のものだ。
何故に擬似的かというと、よくアニメや漫画で登場するような、そういった万能な瞬間移動ではないからである。
彼が行った瞬間移動は、”落下”の形に近い。
彼の足元に空間を繋ぐゲートを一瞬だけ構築し、ゲートを繋げる箇所は、行きたい場所の直ぐ真上。そこに向かって落下している様子が、瞬間移動のように見えているのだ。
この方法が最も安定し、また最もコスパが良い。
もし仮にゲートを構築せずに瞬間移動を成そうとすれば、衣服や所持物を含めた自分自身の構造を細部まで熟知し、また転移先へナノメートル単位で完璧な構築をしなければならない。それほどの高等技術は、黒印魔導書から得られた情報にも記載されていなかった。
しかし翔真としては、監視にバレずに移動できたのならば何でも良いと割り切っている。
◆
広場からも臨むことが出来るほど大きな城。ヴィアンカ帝国の皇帝が
翔真は目標を定め、大胆な一歩を踏み出した。
「――じゃ、潜入と行きますか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます