第31話 目は口ほどに、ものを語る


「それじゃ、僕達の目的について話しておくか」

「お願いします」


 翔真は【プロトタイプ】に話した。

 人類の敵として魔王軍に味方し、人類の敗北に寄与するための活動をすること。そしてそのために、帝国の魔導人形について調査していること。

 聞き終えた【プロトタイプ】の顔からは、どんな感情を抱いているのか読み取りづらかった。読み取れなかった。


「……ここまでの話を参考にするならば、翔真様とウメ様は、私にとっての敵、ということになりますよね。私は魔王軍と戦うために作られ、貴方は人間を敗北させようとしているのですから」

「まぁ、そうなるのかな? 君は調査対象だし」

「私を拘束しないのは、何故ですか。初めに起きた時もそうです。拘束せずにベッドに寝かせ、ウメ様も無防備に料理をなさっていました。……私を、侮っているのですか?」


 急激に警戒心を高める【プロトタイプ】。

 そんな彼女など、つゆ気にせず、翔真とウメは姿勢を変えずに悠然と座っている。

 彼女の質問に答えたのは、ウメだった。


「別に侮ってなどおらぬよ。そなたが追われる立場であることは主様からの手紙に書かれており、妾達と闘って目立つというデメリットを抱えてまで敵対することも無いじゃろう、と推し量っただけじゃ」

「……」

「加えて――」


 言葉の途中で、ウメは動いた。

 椅子を動かさない絶妙な動きで立ち上がり、一瞬で【プロトタイプ】の背後に移動する。

 そのまま手刀を振り下ろすが、流石人型の兵器を自称するだけの力はあった。視界から消えたウメのことを認識すると同時に、右手でウメの手刀を防ぐ。


「ほほう?」


 ニヤリと笑みを深くしたウメは、更に速度を上げて姿勢を限界まで低くし、【プロトタイプ】の足を払う。打撲ともいかない、これまた神業と言わざるを得ない力加減で蹴られた足は、綺麗に宙を舞う。

 この動きに反応できなかった【プロトタイプ】が呆けた視線を巡らす中、彼女の腹を目掛けてウメが拳を振り下ろし――当たる直前で止め、落下する【プロトタイプ】の体をふんわりと受け止めた。

 何が起こったのか理解できない【プロトタイプ】は、瞬き数回の後にこう言った。


「……強すぎ、です」


 着飾らない素直な称賛を受けたウメは美しく微笑む。視線を右に左に動かす。


「それで主様よ。終わった故、姿を現しても構わぬぞ」

「? 翔真様はそこにいたはず、――ッ!」


 【プロトタイプ】が目を向けた先、先程まで翔真が居たはずの椅子には、誰も座っていなかった。いや、部屋中を見渡しても彼の姿が見えない。

 ウメとの組み合いで注意が反れてしまったとはいえ、あの一瞬で姿を消した。

 何も理解出来ない彼女にとって、意味が分からない状況であった。

 だがウメの声を合図にして、漸く彼が姿を見せた。


「……いきなりおっぱじめてんじゃねぇよ」


 翔真は部屋の隅から姿を現した。既にそこには誰も居ないと確認したはずであったのに、彼はスッと姿を見せたのだ。

 無論、【気配遮断】のスキルであるが、そのことを知らない【プロトタイプ】にとってはいきなり姿を現したようにしか見えない。いやスキルの存在を知っていたとしても、【プロトタイプ】よりも強いと判明したウメでさえ気付けなかったのだから、その練度がどれほど高められているのか想像に難くない。


「すまぬな。であるが、この少女に分からせるためには仕方がないことじゃったろう?」

「ま、そうかもな」


 翔真は肩を竦めながら肯定する。ウメは【プロトタイプ】をそっと床に立たせた。

 彼女は呆けた目のまま、ウメと翔真へ交互に向ける。


「取り敢えず、これで君を縛っていなかった理由が分かったかい?」

「よく分かりました。分からされました」


 侮っていた、のではない。

 争ったとしても必ず勝てる、勝つに違いない、勝利以外ありえないという圧倒的な自信であった。

 そのことを知った【プロトタイプ】。

 少なくとも、兵器として創造された以上、多少強い程度の相手であれば完封できると信じていた。

 追われている際はエネルギー不足で雑兵相手にも敵わなかったが、今の万全な状態ならば、己の強さに酔っているような敵をねじ伏せられると確信していた。

 実際にドクターは、彼女にかなりの力を与えている。

 だが、目の前の二人はそれすら軽く凌駕し、彼らが宿す力の片鱗を垣間見た。その時に感じたのは……恐れと、憧れ。

 三人は改めて席に座り直した。


「んで、もっと色々と話してたいとこなんだが……」


 ふと視線を割れた窓の隙間に向ければ、帝国外壁から、うっすらと朝日が頭を見せていた。

 宿へ帰らねばならない。


「悪いが時間だ。僕は帰るけど、暫くウメの指示に従っていてくれ」

「今夜はここに来られるのかの?」

「いや、それも出来ない。今日は帝城に侵入する予定だからな」


「ッ! ……ならば私も。私も、連れて行った方がよろしいかと」

「はぁ?」


 突拍子もない発言に、思わず気の抜けた声が漏れ出る翔真。

 せっかく抜け出したというのに、どうしてわざわざ戻ろうとするのか。まして先程は、抜け出そうと思い立った理由を尋ねられて蒼白していたではないか。

 その言外の質問に対し、【プロトタイプ】はゆっくりと答える。


「一度は……逃げ出した身です。帝城内部の構造はある程度把握しておりますので、……翔真様が身を危険に置かずとも、より安全なルートをお教えできます」

「……『そこ』は分かった。だが『なぜ』だ? 逃げたくなるほど嫌な何かがあったんだろう。無理して付いてこられる方が迷惑だ」


 ウメは彼を制止せず、二人のやり取りを見守っている。

 突き放すような、冷淡な言葉。

 だがその根にはしっかりとした論理が存在する。なるほど確かに、先程見せてもらった隠密性であれば、【プロトタイプ】が先導したところで逆に迷惑だろう。

 ――しかしそれでも、譲れないものが彼女には存在した。


「……妹が、いるんです」

「お前の妹が帝城に囚われていて、そこから助け出したいと?」

「本当の妹、ではありません。妹のような存在と言いますか、娘のような存在と言いますか……えぇ、そうです。私は彼女達を救いたい。そのために、貴方の力にあやかろうとしています」

「やけに赤裸々だな……」


 兵器を自称していながら、自分たちと同じ人間にしか見えない。当然そこには、感情も含まれている。

 これが軽々しく安っぽい信念であれば、やはりそっけない対応で無視していたところだろう。

 だが【プロトタイプ】の、その両眼には、確かな熱い想いが宿っていた。自分の好きに、スパイとして生きることを決めた翔真にとって、それほどの『正しさ』は鬱陶しいほどに眩しく。


 そして、心動かされるほどに美しかった。




「――はぁ」


 一つ、溜息。

 翔真は彼女の目を視線で射抜き、己の狂気を覗かせる。

 それに対しても、彼女は怯まなかった。


「……了解。分かった。……付いていくことを許可する」

「っ! あ、ありがとうございます!」


 【プロトタイプ】は、いつかのように深々と頭を下げる。やはり見た目で年下の少女に頭を下げられるのは、辛いものがある。


「顔を上げてくれ。やっぱキツい」


 そんな弱みを見せた翔真を見逃さず、ウメは何処で覚えたのか、片手で口を隠しニヤニヤとした笑みを浮かべた。全く女王らしくない。


「ま〜たおなごを誑かしおった。ちゃんと面倒を見る甲斐性は褒められるべきじゃが、その浮気性は改善せぬと、いずれ背を刺されるのではないか?」

「うるせぇよ。てか、誑かすとか言うな。超感じ悪くなるだろうが」

「いやはや、なにせ妾も……な? やられた張本人が言うのであれば、信憑性も高まるというものよ」

「よし決めた。お前を斬る」


 翔真は何処からかスッと短刀を抜き取り、その刃の光をウメに向けた。


「カカッ! 剣技で妾に勝てると思うてか」

「戦ってみねぇと分からんだろ。……あの洞窟で、初めて会った時以来だな」


 ウメも負けじと『半月』を鞘から抜いた。窓から差し込む朱色の朝日が刃に反射し、妖しい光を見せている。

 超人二人による大バトルが開幕――しようとした直前、合間に【プロトタイプ】が割って入った。



「ななっ、何をなさっているのですか⁉ お仲間内で戦いなど、褒められたものではありませんよ!」


 喧嘩の制止にしては過剰かと思うかもしれないが、彼女は先程二人の化け物具合を見せられたばかりである。そんな怪物二人が争い始めてしまっては、この荒屋がどんな結末に至るのか想像に難くない。

 慌てる彼女を見て、二人はフッと笑いながら得物を仕舞う。


「そんな慌てなくても、本気じゃねぇよ」

「ちょっとした冗談じゃよ。この家に潜んでいる身であり、それを捨ててまでここで暴れて目立つような醜態は見せぬ」

「……冗談にしては、かなり焦りましたけどね」


 年下の女の子から向けられるジト目に耐えきれなくなったのか、翔真はその場から逃げ出すかのように【空間魔法】の準備を始める。

 その間、一つの質問を【プロトタイプ】に問うた。


「――そういや、本題を聞き忘れてた。君が急に流暢に喋りだした理由って、結局何だったんだ?」

「まだお答えしていませんでしたね」


 【プロトタイプ】は答える。


「……私が片言であった時、極端な魔力不足に陥っていました。エネルギー消費を減らすために、本来の機能の30%しか働かせていませんでした」

「なるほど。それで……」


 先程の、ウメとの軽い取っ組み合い。

 あの時に見せた反応速度から推測するに、本来ならば【イビル・クロウ】の下っ端など相手にもならなかっらだろう。


「そして翔真様に魔力を供給していただき、本来の機能を取り戻したというわけです。お陰様で流暢な会話の成立が可能なほどに、思考判断能力を活動させることが出来ました」

「ほう……」


 ちょうどこのタイミングで、翔真の準備が完了する。

 足元に意識を運び、最後にウメと【プロトタイプ】の顔を見た。


「――それじゃ、ウメの言うことを聞いて大人しくしておくんだぞ?」

「……やはり子供扱いだけは、いただけませんね」


 【プロトタイプ】の回答に対し、ウメはクスクスと笑みを零す。


「では、また夜に会おうぞ」

「あぁ。次は夜でな。――”疑似転移”」



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