第二章 帝国編

第22話 怪しい二人組が会話するのは決まって暗い部屋


 窓が全て閉じられ、カーテンも降ろされているために真っ暗な部屋。

 とある部屋の中、一組の男女が机をはさみながら離している。



 男は怯える声を出しながら、女に尋ねた。


「せ、先生……【アレ】を解放して本当に構わないのでしょうか? 破壊力があまりにも高すぎます。も、もし仮に我々への反抗の意思が芽生えてしまったら……」


 男の疑問に対し、女はその憂いを払うような嘲笑で応える。


「ハッ! 馬鹿を言うな、我が助手。アレには私達に歯向かわないようにプログラムを組んである。アレの攻撃が私達にかすりでもすれば、自ら機能を停止させるような設定にしているからな」

「そ、そうですよね、ドクター」

「その通りだ。アレには是非とも力を周辺国家にも示してもらう必要があるからな。寧ろ我々を脅かすほどの攻撃力を保有していた方が都合が良い」

「ここ、攻撃力と言えば、ち、近頃我らが祖国に異世界から召喚されたという勇者が訪れてくるそうで……」

「その話ならば既に知っている。せっかくなのだ。その勇者を【アレ】をぶつけ、力を測ってみるのも良いかもしれない」


 ドクターと呼ばれた女は不敵に笑う。異世界から召喚され、魔王軍と戦う上での切り札となる勇者を、まるでモルモットのように扱おうとしているその大胆さに、助手の男は心震えた。

 助手も研究者だ。目の前のドクターによる最高傑作の強さは並の兵士よりも理解している。だからこそ、その脅威が自分たちに降りかかることを恐れていた。

 だがそれと同時に、ドクターの完璧主義も理解していた。欠けることがない状態を望むドクターが、まさか創造主である自分に刃を向けさせることはないだろうという信頼があった。そんなドクターの言葉に、助手は心を落ち着かせていく。


「君も不安がるより喜ぶべきだ。なんといっても、私の最高傑作の創造に携わることが出来たのだからな」

「はいっ。ド、ドクターの研究のお手伝いが出来て、ぼぼ、僕はとても光栄です!」


 男女は怪しげな笑みを浮かべ、【アレ】の最終調整を行うために地下実験室へ向かう。

 暗闇に包まれた部屋から一度退出し、誰も寄り付かないような、人気のない部屋に行く。そこには秘密の暗号を知っていなければ入れない扉が存在している。ドクターは彼女と助手の二人しか知らない暗証番号をパネルに打ち込み、その扉を解錠した。二人は扉の先にある地下室を進む。

 十分は広さを持つその部屋には、机に大量の工具やフラスコ、薬品が置かれ、部屋の中央には左右に並ぶようにポッドが二十台程置かれている。大人が入れそうな大きさのポッドは水色の液体が満たされ、無数のチューブと繋がっている。


 ポッドの中には――十代後半程度と思われる女性が、裸の姿でぷかぷかと浮いていた。


 自身の研究過程、そして何よりも大切な研究結果を眺めながら、ドクターは満足げに部屋の最奥へ向かっている。その少し後ろを、助手が期待と尊敬、畏怖を含んだ視線で歩いていた。彼がこの研究に関与しているからこそ、ポッドの中に納められている【アレ】の恐怖と、創造主のドクターへ贈る敬意の念が強い。

 二人は研究室の最奥に到着し、そこには一際大きなポッドが鎮座していた。その中に彼女の最高傑作が納められている。


「……何度見ても素晴らしい。自画自賛するようだが、最高という言葉を冠するに相応しいほどの結果だと私は思っているよ」

「ご、ご謙遜を。これが世界に周知されれば、ドクターの名声は瞬く間に広がっていくでしょう」

「勘違いしているようだが、私の目的は研究をすることだ。名声などどうでもいい」

「そ、そうでしたね」


「そう、私の目的こそ――は?」




 二人は少しの会話を交わしていたが、ここでドクターが異変に気付いた。


「おい、我が助手。……【プロトタイプ】は何処へ行った?」


 ドクターが震えながら指差す先には、中身が空になったポッドが一つ。そこには最高傑作の礎となった零号機が入っていた……『はずだった』。

 しかし現在はポッドの中に何も入っておらず、入っていたはずの液体も抜け出ている。

 慌てて近づいて調べてみれば、約一時間前に開閉記録が残っており、状況から見るにプロトタイプが脱走したと考えるべきだろう。その証拠にプロトタイプの足跡と思われる水滴の跡が、裏口に向かって点々と続いていた。


「ままま、まずいですよドクター! このままではプロトタイプが他の研究者の手に渡ってしまう可能性がっ。一体どうすれば――」

「……」


 助手が慌てた様子でドクターに指示を仰ぐが、そのドクターは俯き気味で一言も喋らない。

 途端、焦りをおくびにも出さない真顔で助手を見る。急な首の速度で振り向かれたので思わず驚く助手だったが、その後に続いたドクターの話で我に戻った。


「早急に国家所属暗部【イビル・クロウ】に連絡しろ。依頼はプロトタイプの確保だ。人相はレポートの一部を模写して渡しておけ。肝心の報酬だが……先方が望む額を出そう。だからなんとしてもプロトタイプを捕らえるのだ」

「は、はいぃッ‼」


 急いで【イビル・クロウ】とのコンタクトを取るために、助手は地下室の出口に向かって走った。一刻も早く事件解決を望んでいたのも確かだが、逃げるようにして地下室から去ったのには、また別の理由がある。それは――



「……クソが……クソが……巫山戯るなッ‼」



 ドクターは先程の真顔から急変し、まるで鬼のような形相で髪を掻きむしる。


「私の! 私の研究だぞっ⁉ それを他のカス科学者共に奪われてたまるかッ‼ ああアアあゝ嗚呼ァァぁぁ!!!」


 言葉にならない獣のような叫びを上げた。腕を振り回し、骨が傷つくのも構わず机を手に叩きつける。そのまま机の上のフラスコや薬品などを吹き飛ばし、遂には自分の腕に爪を突き立て力のままに引っ掻く。鮮やかな紅色の血が辺りに飛び散るが、それを気にするほどの余裕は今の彼女には無い。

 助手は、キレた際のドクターの暴れっぷりをよく知っていた。だからこそ早急に彼女から離れていったのだ。


「フーッ、フーッ……ふぅ、片付けなければ」


 ひとしきり暴れた後、正気に戻ったドクターは自分で散らかした物を自分で片付け始めた。先程の狂人の動きと対照的な丁寧さに寒気を覚えるほどの違和感。彼女の研究結果もそうだが、何より今の彼女の精神性のほうが何倍も恐ろしい。

 薬品でダメになってしまった書類もあるが、生き残った資料をドクターは拾う。その胸には一冊の本が抱えられ、表紙にはこう書かれていた。


 ――【紅印魔導書】と。


 自分の胸に抱える紅印魔導書へちらりと視線を送った彼女は、次に天井を仰ぎ、遠くの虚空を見つめる。


「……そう、私の目的こそ――」



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