第10話 自由って、素晴らしいね!
時は経ち、夜が明けた後に騎士団は森にいるというゴブリンを掃討するために出立した。勇者たちには休暇を与え、今日一日で仕事を終らせるつもりで来た。
しかし彼らを迎え入れたのは、もぬけの殻となったゴブリンの巣穴だった。見張りと思われるゴブリンが数体いただけだったが、騎士団が瞬殺する。
「これは一体どういうこと?」
騎士団を引き連れるのは、団長であるサリア=ターリアだった。そんな彼女は疑問を副官にぶつける。
「……玉座がある空間の床に血痕を見つけました。固まり具合からして、おそらく昨晩に飛んだものかと思われます」
冷静に答える副官だったが、その声は少し上ずっていた。ゴブリンを倒しに来たはずなのに、モンスターの一匹も見つからなかったからだ。おまけに、謎の血痕が散らばっていた。わけがわからなくなる。
「……クレア、貴方はどう思いますか」
横に控えていたクレアにも尋ねると、少し考えてから答える。
「室内で長剣を使うことは困難です。血の量からしても、おそらく短剣やダガーによる戦闘でしょう」
「短剣というと……ゴブリンを暗殺したということかしら」
「いえ、首を狙ったものなら、もっと出血しているはずです。しかしそれにしては血の量が足りない……本格的な戦闘が行われたものかと」
「そう。なら私達よりも早く冒険者が倒してしまったのかもしれないわね」
「おそらくは」
胸の奥に少しのモヤを抱えながらも、サリアは騎士団を連れ帰る決定を下した。一応王都周辺の探索を遣わせるが、肝心のゴブリンの姿が見られない以上、こちらか打つ手がない。実害もそこまでなかったので、サリアはモヤを杞憂と断じて王城へと帰っていった――
――場所は変わり、王都内のとある空き倉庫。諸々を済まして早朝に慌てて寮に帰ってきたが、騎士団が王都付近の森でゴブリン退治に向かうということで予想外の休暇を貰った翔真は、現在女性用の服が入った籠を抱えている。
「取り敢えず城から貰ってきた。適当に見繕って着替えてくれ」
「助かるのじゃ」
「……まさか、君が鬼人に進化するなんてな」
洞窟内に突如として現れた美女の正体は、ゴブリンクイーンだった。
ゴブリンから鬼人へと、とんでもない進化を果たした女王。
全裸の美女は別の意味で目に毒なので、申し訳ないと思いつつ適当なボロ布で身を隠させ洞窟を抜け出した後、自分と相手に【変装】をかけて兵士に扮し王都へ不法侵入を果たす。まるで勇者の所業ではないと翔真は改めて思うが、今更である。
そんな鬼人を空き倉庫に置いて一旦帰り、衣類をメイドから貰って来たというわけだ。
「妾も驚愕よ。進化するだけに飽き足らず、まさか初耳の魔物へ成るとは想像もせなんだ。『鬼人』など、魔物の歴史において過去に存在したことはなかったはずじゃがなぁ……」
ゴブリンクイーンの時には無かったはずの二本の角を手でペタペタと触りながら鬼人は言う。
ゴブリン特有の緑肌は人間の肌の薄橙となり、がっしりとした筋肉は引き締まって細くなっている。髪は濃い桃色で、目は紫紺。顔立ちは、もしそれを醜いと言おうものなら世界中の男から石を投げられる程の美人となっていた。
鬼人は服を色々と試しているようだが、どれもしっくりこないらしい。
「なぁ、主様よ。もう服を着なくとも良くないか? 妾は元々何も着ておらんかったし」
「イイワケナイダロ。ナンデモイイカラ、キガエナサイ」
「何故に片言……そこまで言うなら仕方がない」
服選びを再開するゴブリンクイーン改め『鬼人』から目を離し、オリジナルプレートを眺める。
称号【魔物を率いる者:人間でありながら魔物を率いる裏切り者へ与えられる。味方の魔物を強化し、それに伴い自身のステータスも向上する】
◯相沢翔真『スパイ(Sランク)』Lv.30
体力1000/1000 筋力690 敏捷1029 魔力1423/1500 技工785
スキル【改竄】【変装】【変声】【詭弁】【全言語理解】【解読】【足音消去】【気配遮断】【気配感知】【足跡消去】
称号:【神をも欺く者】【魔物を率いる者】
確かにステータスが全体的にかなり上がっていた。称号については……『大罪人』やら『裏切り者』など散々な物言いだが、事実であることに変わりなく、またオリジナルプレートに文句を言っても仕方がない。それについては半ば諦め、次の質問に移った。
「なぁ、人間がモンスターを使役することって珍しいのか?」
「有りえぬ」
即答だった。
「人間は魔物を嫌悪しておるし、魔物も人間ごときに使役されるものかと考えておる。もしおるとすれば、妾や主様のような異分子のみよな」
ケラケラと笑う鬼人は、まだ服を着ていなかった。もうそのことにいちいちツッコまないことにし、話を続ける。
「まぁ、君は鬼人に進化したわけだが……そんな魔物ってホイホイ進化するものなの?」
「それも滅多に無い。詳しい原因はまだ知られておらぬが……果てしない修練の先にあるという説もあるし、精神的な変革が起きた際に起こるという説もある。どうじゃろうな……妾の場合は、ゴブリンという種族の意識から解放されたことが関係しておるかもしれん」
種族の枷に囚われていたゴブリンクイーン。翔真という人間の出会いによって、死ぬ間際にその枷から解き放たれたこと、そして翔真の配下となったことにより、進化の条件を満たしたのかもしれない。
そのように検討をつけた翔真は、取り敢えず現実を受け止めて今後の作戦を考える。
「で、君の今後の動きだが――」
「出来たぞ主様! これでどうじゃ⁉」
話を割って入ってきた鬼人に苛立ちを覚えながらも、顔を上げて鬼人を見て――
「このヒラヒラした服が気に入った! 馬子にも衣装と言うし、似合っておるかの」
――和服を着た美人が、そこにいた。思わず目を奪われる。
白の大正ロマンな袴を下に着て、上は桃色のハイカラな服。彼女の髪とマッチしている。そして二本の角が、また和風で大正な感じを醸し出していて……まさにその服は、この鬼人のためにあると言っても過言ではないほど似合っていた。
「それで主様、感想は……」
「あ、うん、似合ってるよ」
寂しげな表情を浮かべた鬼人で我に戻り、素直な感想が口から溢れた。主人からの称賛を貰い、喜色満面とばかりに笑顔を見せる鬼人。そして手をパンと鳴らし、思いついたかのように言う。
「そうじゃ! 過去の妾との決別として……新たに『鬼人』としての自由な生を謳歌するために主様から新たな名前を授かりたいんじゃが、良いかの」
「僕に名前をつけろと?」
鬼人はこくりとうなずく。
「元々ゴブリンクイーンの時代にも名前はあったが、その名前を使ってしまっては過去と種族に再び囚われてしまう。今度はそなたのように自由に生きるために、名前が欲しい」
良い名前を考えるんじゃぞ、とプレッシャーをかけてくる鬼人を無視して翔真は考え始めた。言われずとも、人に名前をつける時は出来るだけ良い名前にしようとする。だが考えれば考えるほど、迷ってしまうのだ。
唸るほど考え込み、ふと鬼人の髪が視界に入った。
(……桃色の髪、濃い色だから梅の花みたいだな)
とある伝説によると、かの菅原道真公が政敵の陰謀によって大宰府に左遷された際、大事にしていた梅の木が彼を追うようにして太宰府へと飛んでいったとされている。
その空飛ぶ梅が、種族の枷から解放されて自由に生き始めた元ゴブリン、改め目の前にいる鬼人と重なった。
「じゃあ……『東風谷ウメ』で」
菅原道真公が梅に向かって詠んだ歌の一部に、東風と書いて「こち」と読む単語が入れられている。苗字があれば不便もしないと思い、それも名前に組み込んでみた。
「東風谷ウメ……良い名前じゃな。よし、妾はこれから東風谷ウメとして生きていく!」
満足そうなウメに安堵し、本題に戻る。
「それで、だ。これからどうするかなんだが……ウメ、君はどうしたい?」
「主様に仕えるのは確定じゃ。主様に全てを捧げると誓ったからのぉ」
「そんなこと言ってな……いや言ってたな」
仲間として共に戦ってほしいという意味だったのに、気付けばウメに全てを捧げられていた。深い意味に考えてしまったら面倒なので、一旦放置しておく。
「ふむ……欲を言えば、主様と共に暮らしたいと思っておる。新たに生きていくとしても、頼りがないことにはどうしようもないからの。しかし主様は一応勇者として生活しているのであろう? なかなかどうして、難しいものよな」
(そりゃこんな美人をお持ち帰りしてたら目立ちすぎるわ!)
脳内ツッコミをしながら妥協案を出す。
「となると、やっぱあの洞窟で暫く過ごしてもらうことになりそうなんだけど……」
「そんなの嫌じゃ嫌じゃ! せっかくゴブリンの女王としての責務から抜け出したというのに、今更戻るなどしとうない! 洞窟になんぞ戻……もど……戻る?」
手足をジタバタさせて幼く文句を言っていたが、急に真剣な顔となったウメはハッと何かに気付いて翔真の両肩を揺さぶる。
「そうじゃ主様よ! 頼りならある! 今すぐに洞窟へ戻るぞ!」
「え、えぇ……」
王都に不法侵入している以上、翔真のスキルによるスニークがなければウメは王都を出入りできない。そのことを若干不便に感じつつも、森の奥の洞窟へ向かった。昼に来るのは初めてなので、新鮮に感じていた。
洞窟の中に入ろうとすると、幾つもの足跡を見つけた。
「何者じゃ、この足跡は」
「多分、騎士団のものだと思う。今日にゴブリンの巣穴を攻め入るって言ってたから」
「なるほど。では幸運にも、配下の殆どを撤退させた当時の妾の判断は最善じゃったのか……不思議なものよ」
洞窟に入って少し進むと、見張りのゴブリンの死体が転がっていた。どうやら騎士団に殺られたらしい。……自分は二体よりもっと多い数のゴブリンを殺しているが、何処か他人事のように思えた。
「……大丈夫か」
「何がじゃ?」
「いやその、元はといえ配下だろ」
「別に何とも思わぬ」
気遣う翔真だったが、それは無用とばかりに切り捨てるウメ。
「先程宣言したばかりじゃろうに……今の妾はゴブリンの女王ではなく只の鬼人、東風谷ウメ。自由に生きると決めたならば、今更過去の重荷に悩まされる必要はなかろう」
一見ドライにも聴こえる発言だったが、それが彼女の決めた道なのだと翔真は納得する。そしてそのまま奥へと進み、二人が闘った玉座の間へと着いた。記憶に新しいその部屋に入り、ウメは玉座を動かす。すると小さな隠し通路が空いており、彼女は四つん這いとなって更に奥へと入っていった。
暫くすると、通路の奥から声が聴こえた。
「お〜い、主様よ。色々と投げるから受け止めてほしいのじゃ」
言い終えるが早く、ポイポイと大小様々な物が飛んでくる。慌てて受け止めると、その全てが金銀財宝であった。
「はぁっ⁉」
金貨に銀貨、宝石が埋め込まれた王冠に、大きい指輪。意匠の施された刀剣もちらほら見える。突然現れた高価な物に驚愕を隠せない。
「ほほう、主様のそのような表情は初めて見る。それだけでここに戻ってきた価値があるというものよ」
隠し通路からヌルっと出てきたウメは上機嫌に笑う。そんなウメに何故か逆ギレするかのように問い詰めた。
「いや、ウメ、お前、これは何だよ!」
「何と問われても……妾、最弱のゴブリンといえど一族の長であったんじゃぞ。そりゃ貯めている財はあるに決まっておろう」
「……女王、すげぇ」
語彙力を失った感想しか出てこないが、翔真の抱える刀剣の中の一本をウメは抜き取った。
「その刀は?」
まず異世界に刀が存在することを疑問に思ったが、それを飲み込んで尋ねる。
「これは『半月』という刀。遥か昔に召喚された勇者の一人が打った刀のうちの一本じゃ。それを魔王軍が盗み取り、偶然妾の手に渡った。ゴブリンであった頃は身に合わず持て余していたが、どうにも手放すことが出来なくてのぉ……まさか妾自身が使う日が来るとは思わなんだ」
ウメは『半月』の刀身を鞘から抜いた。翔真は「ほぉ」とため息を漏らしてしまう。独特の光を放つ刀に魅入られる。
「美しいじゃろう? 後世に伝わる話によると、純度の高い玉鋼を幾星霜幾星霜も鍛え続け、エルフの里にある清らかな湖の水で冷やした名刀という」
「うん、とても綺麗だ」
「……どれ、切れ味は如何程か」
ウメは刀を構え、玉座に向けて軽く振り下ろした。
「いや椅子といっても石製だぞ。切れるわけ――」
翔真の言葉を遮るように、ドガッと大きな音を立てて、玉座が崩れ落ちる。その断面は、恐ろしく感じるほど”美しかった”。
「どうやら鬼人に進化したことで力が増しているようじゃな。問題なく扱える」
スッと刀身を鞘に戻す姿は、まさに侍。
「元々武芸は極めておったし……ゴブリンという種族の肉体が耐えられなかったが、鬼人となったことで刀術を完璧に掌握したぞ」
「……今戦って、ウメに勝てるヴィジョンが思いつかないんだけど」
「安心せい。妾の心も身体も、全て主様の物。主人に刃を向けるほど落ちぶれておらんわ。……自由に生きると決めたが、そこだけは一生違わんよ」
紫紺の目に射抜かれ、怖気づいてしまった。そんな自分を誤魔化すように、財宝をウメに押し付ける。
「ま、まぁ取り敢えずこれでお前の言う『頼り』が出来たんだろ? これだけあれば、王都の宿屋でいくらでも泊まれるな」
「宿屋? そんなもの借りんぞ」
「え?」
「何故財宝をわざわざ取りに戻ったか。それは主様と暮らすための家を買うために決まっておろうに」
「大人しく宿屋を借りなさい」
「断る。妾は絶対に主様と暮らすんじゃ」
「……さっき僕に刃は向けないって言ってなかったっけ」
僕を脅すように名刀『半月』の切っ先を向けるウメ。その切れ味を先程目の当たりにしたばかりで、どうにも言い返すことが出来ない。
「はぁ……分かった。元々君の財産だし、僕が口出しする権利はないよな。好きにしてくれ」
「やったのじゃ!」
子供のようにはしゃぐウメを眺めながら、翔真は再び深く溜め息をつくのだった。
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