第11話 アイデアって急に湧いてくる
その後、財宝の半分を念の為に隠し部屋へ戻す。
王都に戻ったウメは身分を怪しまれつつも財宝パワーで不動産会社を黙らし、南区の一角に家を買った。シンプルな造りだが味わい深く、どこか温かさを感じる家だった。ウメも気に入ったようで、早速家具を買い揃えに行くことに。
ウメだけだと心配なので、しょうがなく翔真もついて行く。
ちなみにウメの鬼の角は、翔真の【変装】で隠している。どうやら身体の一部分だけを隠す場合は魔力消費が少なく、自己魔力回復量で十二分に補完できる程度であった。しかし変えたのは見た目だけなので、何かが角にぶつかれば、当然角にぶつかる。そのことが唯一の不安点だったが、それ以外は特に心配することなく人間社会に溶け込んでいた。
さて、ウメは鬼人に進化したことで明眸皓歯、羞月閉花な美人となった。そんな美人には、嫌でも男が集まってしまうものである。
つまり、そんなウメを強引に手に入れようとする輩が現れてしまうということ。
「なんじゃい、貴様。今妾に触れようとしたのか?」
「痛い痛い痛い! 止めて離して下さいお願いします!」
「下衆の分際で、主様の”物”であるウメに手を出そうなど……恥を知れ」
ウメをナンパし無理に連れて行こうと男が肩に手を置きかけたところ、ウメがその手を握りつぶして相手を平伏させていた。その様子を見ていた男達は皆、青ざめて去っていく。彼らにウメはは元がゴブリンだと言ったところで、とても信じてもらえないだろう。
手を離したウメは僕の方に近寄る。後ろで右手を押さえながら涙を流して立ち去っていく男の姿が見えた。とても残念な姿である。
「主様よ。先程から下衆共が異様に声をかけてくるんじゃが……一体何故じゃ?」
「いや、そりゃウメが美人だからでしょ」
「美人……?」
ウメは『半月』を抜き、その刀の側面に反射した自分の顔を眺める。通行人がヒッと悲鳴を上げてウメとの距離を取る。
それに気付かずウメは自分の頬をペタペタと触り、信じられないといった顔を浮かべた。
「それ危ないから止めろ」
「ふむ、ゴブリンの頃からやけに言い寄ってくる輩が多いように感じていたが、鬼人の状態でも引き継がれているようじゃな。まぁ、妾が美人など到底信じられんが……」
どうやらウメはゴブリンの頃から美人の部類に入っていたらしい。人間とゴブリンの美人の感性は異なるため分からなかったが、鬼人となり人間のような容貌に変化したことで、翔真もそれを理解できるようになった。
そしてゴブリン時代に染み付いた自己嫌悪に似た自種族嫌悪は消えておらず、自分の顔が美しいとは思えないらしい。まぁそのあたりの感情も段々と慣れてくるだろう、と翔真は流すことにした。
「取り敢えず家具を買ったら今日中に宅配してもらうことにして、後は小物類を買っとこう。穴場の店は知らないけど、大通りに行けば色々と揃ってるだろ」
「ふむ……主様、もしや妾よりも楽しんでないか?」
自分で気付いていなかったことを指摘されて体が固まる。確かに、ウメの家の内装を整えるための買い物であったが、何故か翔真の方が楽しんでいた。
「まぁ、そうかもな」
「今は勇者として暮らしておるが、将来的には妾と共に住む。家財は主様の意向も交えたほうが良いじゃろう」
「あ、一緒に住むのは決定なんだ……」
これもまた彼女の言う『自由』なのだと思い、半ば説得は諦める。しかし諦観だけでなく、スパイとして活動する上での拠点、すなわちアジトとして使わせてもらおうという考えもあった。そう思うと、確かにウメの言うことは正しかった。
家具を一通り揃え、南区の家に送るよう店員へ頼む。本来は追加料金が要るのだが、ウメの美貌に見惚れた店員が、店長に無断でタダにした。それに気付いた店長が憤慨しながら店の表に姿を現すと、ウメの姿を見た途端にデレっとした表情になる。なんと送料をタダにするだけでなく、おまけでカーテンを譲ってもらえることとなった。美人様々である。
美女に弱いのは、どの世界の店も同じらしい。
次は小物を買い揃えた。購入物が詰まった袋を両手に抱えながら家に戻ると、既に家具が届いていた。急いで家具を部屋に設置して、やっと暇が生まれたことで一息つく。
買ったばかりのティーセットで紅茶を飲んでいると、ウメが翔真に問う。
「主様は、魔王軍のスパイとして生きるのであろう? 何か策やらはないのかえ」
「策、ってほどじゃないけど、取り敢えず今は力と情報を蓄えることが最優先かな。重要そうな情報を隠してある場所の見当は付いてるんだけど、一番最初にやらかして警備が厳しくなっちゃったんだよ」
「ほう、妾を負かした主様が失敗とな。それまた珍しい」
「僕にも未熟な時期があったんだよ」
驚いたように笑うウメは直ぐに真面目な表情に戻し、紫紺の目で翔真を見つめる。
「クハハ! ……では、妾の知る情報を教えよう。主様に献上する初めての物が情報とは、これまた奇なものよ」
スパイにおいて情報は最も強い武器であり、またスパイの根幹そのものである。人間サイドの情報だけでなく魔王軍側の情勢を知ることで、今後の行動で最適なものを選ぶことが可能だ。
ウメの提案は、まさに翔真が欲していたものだった。
「助かる。それじゃ、僕がお前に訊きたいのは――ウメはなんで、王都に隣接した森に現れた?」
「魔王軍幹部、アマイモンの指示じゃ」
「アマイモンって、確か東を治める幹部だよな」
シモンから教えられた知識が頭をよぎる。
「その通り。知っておると思うが、魔王軍は魔王領以外に四つの領土を持っておる。南担当のガープ、北担当のジミマイ、西担当のコルソン、東担当のアマイモン。その中のアマイモンから、妾はとある司令を受けたのじゃ。作戦を成功に収めればゴブリンの地位を上げることを約束されて、な」
今となってはどうでもいいことじゃが、と冷淡な対応を見せるウメと対照的に、翔真の心は喜びに満ちていた。
(魔王軍幹部からの司令! そんなの国家機密レベルの情報じゃないか!)
翔真はワクワクを抑えながら尋ねる。
「それで、その作戦ってのは?」
一呼吸空け、ウメはハッキリとした声音で言う。
「――『スタンピードを起こすまで、一ヶ月の間、王国の意識をゴブリン族に向けさせろ』、じゃ」
「スタン、ピード……魔物の大軍勢か」
魔物は基本的に群れを形成する。単独で人間の軍を相手取る圧倒的な強者以外は、いずれかのコミュニティに属していると考えていい。
……しかし稀に、幾つものコミュニティが集まって、一つの場所目掛けて魔物の大群が襲いかかることがある。それをスタンピードと呼び、災害の一つとして考えられていた。
歴史上スタンピードに遭った街は、殆どが壊滅した。
遭った兵士曰く、魔物を倒しても倒しても次の魔物が襲いかかり、驚異的な物量で押し切られて戦線が崩壊するという。
被害者曰く、運良く援軍が間に合った街は勝利を治めることが出来たが、街は壊滅し、生存者は他の街へ移住する他なかったという。
そのスタンピードを、まさか王国最重要地である王都にぶつけようというのだ。
「スタンピードを起こそうにも、魔物の大群はどうにも目立ってしまう。大群の存在が露呈すれば、兵を呼ぶなり民を避難させられてしまう。ならばギリギリまで敵国の意識を別の箇所に向けさせ、そうして警備が手薄となった地点を攻撃すればよい。……妾はそうアマイモンに進言し、幸運にも案を実行に移すこととなった。今頃、アマイモンは種族の長にスタンピードを呼びかけていることじゃろう」
「……もしウメがゴブリンじゃなかったら、魔王軍の圧勝になるだろうな」
素晴らしい作戦への称賛に対し、ウメは照れて両手で顔を覆った。
「よせよせ、そんなに褒めるでない。妾は女王としての責を考えるあまり、それに囚われてしまった敗者じゃ。もっと広い視点を持っていれば、などと種族だけでなく過去にも囚われるようなことは言わん。それに万が一そなたに勝っていようとも、いずれは騎士団に殺されていたじゃろう。……当時は地位向上という甘言蜜語に騙されておったが、今思えば半捨て駒のような扱いだったのじゃろうな」
なんとも憎らしいことよ、と少し後悔するウメを眺めながら、翔真は考える。
(スタンピードか。……これって利用できるんじゃ? でも……いや思い立ったが吉日と言うし、早速頼んでみるか)
「なぁウメ。その作戦、続きをやってくれないか」
「続き、とな。しかし妾は一度失敗した身。アマイモンの耳に失敗の報告は届いていないと思われるが、ハナから期待しておらんかった可能性もある。妾を通じて魔王軍幹部と接触しようとしても、まともに取り合わんかもしれぬ」
「いや、アマイモンとの接触はまだいい」
そう断った僕に訝しげな視線をウメは向けた。
「――僕はスパイだ。情報収集がいちばん大事なんだぞ?」
「……つまり主様は、何が言いたい」
「僕の狙いは、」
「――」
「……は?」
ウメに作戦の概要、そして要所に解説を加えた説明をする。話し終えた時には、ウメは腹を抱えて笑っていた。
「くっ、クハハ! ハハハハハ! まさかそのようなことを思いつくとは! やはり妾よりも主様の方が何倍も上手じゃ!」
笑いが治まったウメは表情を改め、畏まった姿勢で言う。
「主様のご命令、喜んで承ろう」
「……でもそれには、ウメが結構頑張らなきゃいけない。それも分かって言っているのか?」
「無論よ。そなたの配下と成ったことで、過去とは比べ物にならぬほど力を手に入れておる。寧ろ期日より早く仕上げてみせよう」
自信満々に答えるウメに一抹の不安を抱えながら、約束の握手を交わす。部屋の中が暗くなったのを感じて窓の外を見ると、辺りも暗くなり始めていた。今日のところはお別れの時間だ。
「なんとも濃密な一日であった。だが……楽しかった」
僕を送るためにドアの前に立つウメは、晴れやかな笑顔でそう言った。
「これが自由か。……女王時代には味わえなかったもの。素晴らしいな、『自由』とは」
ウメは清々しい独り言を呟く。そんな彼女を見て、少し喋りたくなった。
「……ウメは過去との決別という意味合いもあったけど、僕の『自由』は理由がつまらないものなんだ。自分が楽しく暮らしたい――自分の快楽のみを考えて生きてる」
「ふむ、そなたの元の世界は自由が許されなかったのか?」
「そんなことはなかったよ。でも僕は平凡な男だから……普通過ぎる日常に飽きて、じゃあこの世界では自由気ままに我儘に生きることを決めたんだ」
そんな理由であることが、ウメの背景と比べて、至極小さいものであると、今更思えてきて――
「――僕はウメが羨ましいよ」
(ウメみたいにハッキリと強い理由があったなら、もっと自信を持てたのかなぁ……)
敬愛する主人が自虐するように呟く様を我慢できなかったウメは、スッと近寄り翔真の頭を胸に抱きかかえる。柔らかな胸の奥でトクン、トクンと心臓の音が聴こえた。甘い香りがする。
唐突な『生』を感じ我に返った。離れようとしたが力で押さえられ、どうにも動けずにいると頭の上から声が聞こえる。
「そなたは偉い。そなたは強く賢い。そなたは自信を持って生きていいのじゃ」
「……慰めのつもりか」
あまりにもストレート過ぎる言葉に、思わず聞き返してしまった。空気を読まなさすぎる発言だったと翔真は自覚するが、それに対してウメは文句を言わなかった。
「すまぬな。妾は不器用なものでのぉ……主様の感情の機微を感じ取れど、良い言葉をかけられん。じゃが体なら幾らでも貸せる。いつでも甘えたい時は、それに応えよう」
赤子のように頭を撫でられると途方も無い羞恥が襲いかかるが……何故か、翔真はウメの胸から離れられなかった。
翔真は暫くの間、ウメに抱かれたままでいた――
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