第12話 思春期だから悩むこともある


 そして一週間後。闘技場に勇者たちは集う。

 サリア騎士団長から招集がかかったのだ。


「よっ、翔真。ちゃんと訓練してるか?」

「言われなくてもやってるよ。シュウもサボらずやってたか?」

「それこそ言われなくとも。騎士の人が結構厳しくてさぁ。歳は近いし、更には俺に才能があるっつってしごかれたもんよ」


 そういえば、騎士の人と剣で打ち合うシュウを何度か見たと思い出す翔真。二人して雑談していると、日花里がシュウの袖をそっと掴む。


「……褒めて」

「おう。日花里が努力してる姿、ちゃんと見てたぞ」


 相変わらず文が省略されすぎているが、二人共満足したようだ。


「おっと、主人公様たちのご登場だ」


 冗談を交えたシュウの声で、闘技場の入り口に目を向ける。すると委員長である母堂が率いるグループが姿を現していた。

 母堂、烏崎、馬場、野々村の四人は勇者の中で特に成長が著しく、天職が性格とマッチしていたおかげもあって技術を素晴らしく磨いていった。その腕前は、指導係である騎士を相手に、Lv.1にも関わらず拮抗するほど。レベルを上げればどれほどの強さになるものか、と騎士団の間でもかなりの話題となっていた。

 ちなみに翔真は平均での成長速度を見せていた。力を出しすぎず、しかし確かな成長を見せられるように……寧ろそっちの方が大変な訓練となったが、それも今では苦い思い出である。


 母堂達が来たことでクラス全員が久々に一同揃う。この二週間でこれぐらい強くなっただの、王都のこんなところに行ってみただの、皆が雑談に花を咲かせていた。

 しかしサリアの登場で一斉に黙る。


「皆さん、ごきげんよう。どうやら訓練を積み、とても強くなられたようですね。……では早速本題へ。勇者様は、これからダンジョンに挑んでいただきます」


 「おぉ」と、感嘆と歓喜が混じった声が上がる。それもそのはず、訓練の結果を試す機会を皆が欲しがっていたのだ。


「場所は王国領内の『ルリア遺跡』。比較的最近に発見されたダンジョンで、表層にはまだモンスターが屯しています。安全確保とレベル上げを兼ねて、皆様には表層のモンスターと戦い、最終的にはルリア遺跡、その中層の踏破を目指していただきます。そのときには、皆様はもう立派な勇者となることでしょう」


 サリアの言葉を耳に入れるたびに彼らの気持ちは高ぶっていく。


「準備は終わらせていますので、出立は今日の午後です」


 突然に予定を伝えられ、翔真は少し焦る。今の所『計画』は順調だが、いつ不都合が起こるか分からない。その際にいつでも対応できるように王都へ留まっていたいのだが、ここでクラスメイトから離れれば目立ってしまう。そしてそれは、近く起こす『計画』に悪影響だった。

 一応ダンジョンに挑んでくることを伝えておくかと考え、午後の出立までの合間にウメの家へと向かう。

 既に勇者たちは王都内を自由に出歩けるようになったので、いちいち【気配遮断】を使わなくてもよくなった。そのことを便利に感じる一方で、出番が少なくなったスニーク系スキルを懐かしむ翔真。

 そんな彼が南区に移動し、ウメの家の扉を開ける。


「おぉ、主様よ。急に来るとは何事じゃ?」


 キッチンで料理をするウメを見つけた。彼女は一週間の間に人間の生活を全て学習し、もう立派な人間として生活している。翔真の命じた『計画』が忙しく、残念ながら職は持てていないが、持ってきた半分の財で十分に生活できていた。

 休憩として練習していた料理は既に達人の域にある。美味しそうな香りを漂わせるアップルパイが目に留まり、それをウメにも察せられた。


「せっかくじゃ、話はこれを食べながらにしよう」


 二人は机を挟んで椅子に座り、早速ウメ作のアップルパイを口に運んだ。サクサクの生地が楽しく、噛むほどにリンゴの甘味が口いっぱいに広がる。

 ……実はあれからウメの家に何度も足を運び、そのたびに振る舞われた料理に舌鼓を打っていた。寮で食べる毎回豪勢な料理も美味しいのだが、やはり『太陽と風』やウメの料理のような、家庭的な食事の方が翔真の好みだった。

 胃袋を段々と掴まれていることに、翔真自身は気付かない。そしてウメは趣味を一つでも作ろうという意図はあったが、本当の理由は主人がこの家に住む時に美味しい手料理を振る舞えるように、そして彼の味覚を占領して胃袋を掴むことであった。

 企みは見事成功に終わり、ウメは穏やかな笑みを装い、心ではニヤリと湿度の高い笑みを浮かべている。


「紅茶のおかわりはいるかの?」

「あ、貰うよ」


 献身的なその姿からは、彼女が腹の中で色々と企んでいることなど想像できなかった。その企みが全て、如何にして主人を家に住ませるか、という方向であるのがまた面白いのだが。



 おかわりを一口のみ、翔真はウメに尋ねる。


「それで今日は一体何の用で来られたのかの」

「あぁいや、勇者としてルリア遺跡ってとこに挑まなくちゃならなくて。まぁ『計画』の日までには戻ってくるから大丈夫だ。一応、王都から離れるってことを言っておこうかな、と」

「ふむ……妾も言ってよいか?」

「ダメだろ。ウメは現状僕と、つまり勇者と接点がない状態だ。なのに急に僕の前に現れたら不自然に思われる」


 胃袋は掴んだが、主導権は握れていない。まず主人から主導権を握ろうとする時点でおかしな配下なのだが……ウメは口を尖らせ、ふいとそっぽを向いた。


「意地悪な主様じゃ。頑張っている配下に褒美の一つもやらんとは」

「褒美といっても、僕があげられるものなんてないぞ」

「ではやはり、主様に付いて行かせてほしい。それが妾にとっての褒美であるからの。……安心せい。自然に見えるよう、しっかりと対策は立てておるわ」

「なら良いんだけど……」


 ウメの頭の良さは翔真も認めているので、そんなウメが言うのなら、と安心してしまう。

 こちらの話を終えたところで、経過報告に移った。


「そういや『計画』は何処まで進んだ?」

「まさに順調、いや少し早いくらいじゃの。やはり”者共”も意識の奥で不満は抱えておったらしく、直ぐに精神を入れ替えたよ。今は――」



 ウメの口から細かい状況を聞き、満足そうに翔真は頷いた。


「よし、それなら間に合いそうだな。……あ、そうだ。騎士団の主要メンバーも勇者に付き添うらしいから、どうしても目立ってしまう行動は今のうちにしといた方が良いぞ」

「うむ。妾が居ない間にも任せられる者を幾つか見出したので、その者達に任せて妾もダンジョンに向かうとしよう」


(ちっ、忘れてなかったか……まぁ人の目がある所では関わらないように言いつければいいか)


 翔真は紅茶の最後の一口を飲み干しながらそう思った。




 午後となり、勇者たちは馬車に揺られながらダンジョンに向かう。道中でトラブルに遭うようなことはなく、安全に到着できた。

 王国領内といっても馬車を使って移動に半日かかるため、着いた頃には月の頭が見えていた。予定通り今晩はダンジョン付近の町で休み、明日からダンジョンに挑むらしい。

 勇者たちは翔真を除き、王都を出て初めての別の町である。翌日にダンジョンへ挑戦する予定だったが興奮抑えきれず、かなり騒いでいた。そんなクラスメイトを背中に、翔真はベランダに出て星空を眺める。【気配感知】で何者かが背後から近づいてくるのを感じた。


「良い夜ですね、翔真さん」

「クレアか」


 彼女は可愛らしい寝間着に身を包んでいる。翔真の隣に立ち、手すりにもたれながら翔真と同様に星を眺め始めた。

 出会ってから二週間、二人の呼び名は「クレア」と「翔真さん」になっている。未だに年上から”さん”付けで呼ばれるのは気恥ずかしいが、出来るだけ考えないようにしている。しかしこちらから砕けた口調で話すことには何とも思わない。不思議である。


「明日が念願のレベルアップできる日ですよ」

「……そうだな」


 あまり楽しそうに見えなかったのか、クレアは視線を下に向ける。


「やはり不安です。モンスターとはいえ、肉を切る感触に皆様が耐えられるのかどうか……」


 既に翔真は殺すことに慣れてしまっているので問題ないだろうが、血を見慣れる訓練を施したとはいえ、地球では一般人だったクラスメイトが命を奪うことに対してどう感じるのか……翔真も予想がつかなかった。

 俯くクレアは、ぽつりぽつりと話し始める。


「……私は、孤児院の出です。生まれて間もない頃から孤児院に住んでいて、親の顔を一度も見たことはありません。そんな私を見つけてくれたのが、サリア団長です」


 クレアは十二の時に、偶然孤児院を訪れていたサリアに騎士団へ入らないか、とスカウトされる。彼女の所属していた孤児院は十二歳を過ぎると院を追い出されてしまうルールだった。

 クレアもちょうどその頃、将来をどのように生きるべきか悩んでいたので、これしかないと考え、二つ返事で騎士団へと入団した。

 初めは孤児院出身ということで憐れみの目、そして侮蔑の目で見られていたが、努力を惜しまず勤勉に働くクレアに心動かされ、いつの間にか騎士団の全員が彼女を受け入れていた。

 騎士団は彼女にとって第二の家となるが、まだ彼女の胸には言い表し難い悩みを抱えていた。


「今でも思い出すんです。初めて魔物を殺した時のことを。あの、肉の感触と血の臭いを」


 翔真も過去に感じたものだ。彼は既に心の底から慣れてしまっているので思い出せないが、確かに似たような感情を抱いたものだと回顧する。


「私にはあれしか生きる道がありませんでした。……今でも思うんです。もしあの時にゴブリンを殺さなければ、私には別の道があったんじゃないか、って」


 生きる道が一つしかなくて、騎士という職を選ばざるを得なかったクレア。

 数ある道の中で、自分らしく生きるため、人類に敵対するスパイとして生きる道を選んだ翔真。

 酷く対照的な二人が並んで立っていることに、運命の悪戯を感じる。


「……いえ、やっぱりなんでもありません。つまらない話を聞かせてしまってすみませんでした。夜更ししないように気を付けてくださいね?」


 そう言い残して女性騎士の部屋へと戻るクレア。その背中を翔真は見つめた。


(……それぞれの生き方、か)


 平凡な自分と日常に嫌気が差し、スパイへの道を進んでいる。しかしそれは、周りに比べて酷くつまらないものに思えてくる。

 神からスパイ活動をすることを命じられたあの時の翔真の強い想いは、この世界の人々と接することで揺らいでいく。クレアも悩んでいるように、翔真もまた、自分の生き方に悩みを抱き始めていた――



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