第28話 王女の近侍、やけに中性的な見た目してたような……
(ウメはちゃんと世話してくれているだろうかな?)
翔真はふと憂慮する。
昨晩、多量の魔力消費を覚悟した上で、助けた少女を王国で待機しているウメに送り届けた。帝国で活動している状態で更には少女の世話など、いくら翔真でもキャリーオーバーなため、信頼できる部下のウメに任せた。
押し付けたわけではない。決してない。
二度も【空間魔法】で帝国―王都間のゲートを開くわけにはいかないので、黒マント達改め帝国暗部集団【イビル・クロウ】のメンバーから尋問して集めた情報を要約した手紙と共に送った。
手紙の最後に少女を決して傷つけないこと、そして丁寧に扱うことを命じたが、ウメが実際にどれだけあの年の少女の世話を出来るのか未知数である。
家事を完璧にこなし、加えてあの強さだ。多分に少女は素晴らしい待遇を受けられることだろう。だがしかし……ウメのことは限りなく信頼しているが、それでも不安なものは不安なのだ。
「……ま、成るようになるだろ」
翔真は頭を切り替え、眩しい朝日と相対しながら帝国学院の制服に着替える。今日は留学初日だ。
青を基調としたカッコいい制服に身を包み、用意した鞄を手にして宿を出発する。すると丁度登校しようとしていたシュウと日花里と鉢合わせ、これも機だと三人で登校することとなった。
といっても学院の直ぐ隣に宿が位置しているため、登校時間はあってないようなものである。五分も経たない内に、学院の正門に到着してしまった。
「なぁシュウ」
「どうした翔真」
「……なんか、緊張するな」
「分かるぞ。転校した経験なんて無かったし、まして初めての留学がまさかの異世界で、だ」
翔真とシュウは互いに頷き合う。異世界での勉強という話を聞いた当初は期待に満ちていたものの、いざ制服を着て校舎と向き合えば、緊張感が湧いてくる。
二人して固まっていると、ふとシュウが手に温かさを感じた。
「……んっ」
彼が少し下を向けば、日花里がシュウの手をそっと握っていた。ここでようやく、自分の手が冷たくなっていたことを知る。
日花里は何も言わずにいたが、シュウは全て理解したかのように微笑んだ。
「そうだな。そうだよな。やる前から恐れてちゃ、意味ないよな」
コクコクと頷く日花里。恋人同士の間にしか発生しない特殊なフィールドが張られており、翔真は完全に置いてけぼりであった。
(ま、実際に不安がってたわけじゃないけど)
若くして修羅場と呼べる出来事を何度も越えてきた翔真である。この程度で緊張するはずがなかった。
彼は”相沢翔真”としての自分と、”人類の敵”としての自分を切り分けて行動しているため、”相沢翔真”ならばこうするだろうという行動を演じただけである。
(バカップルが勝手に二人でイチャイチャする分には問題ないし、さっさと校舎に入ってから――っ!)
――瞬間、翔真は自分に対する敵意を感じ取った。それも、背後から猛スピードで接近してくる相手のものを。
理解するが早く腰に下げていたナイフを抜き取り、振り向きざまに相手の長剣に力の限り叩きつける。
咄嗟の動きにも関わらず、途轍もない運動エネルギーを伴った長剣による攻撃を防ぐことが出来たのは、高レベルであること以外に普段から行っている訓練の結果だろう。
「……チッ」
突然に翔真を攻撃してきた輩は、自分の剣が防がれたことに苛立ったのか舌打ちする。彼が更に力を押してやると、相手は体勢を立て直すために彼との距離を取った。
ふと左隣を見れば、異常に気付いたシュウと日花里が武装した姿で構えている。
襲撃者はその様子を眺め、嫌そうに何かを納得していた。
「ルナ様の護衛と聞き、適当な穴埋め勇者かと思ったが中々やるな」
「いきなり襲いかかってきたと思えばなんて言い草だよ……」
襲撃者は学院の制服を着ており、中性的な顔立ちをしている男だった。男の比較的声変わりしていない口から出た言葉から推測するに――
「ミリエスタ。貴方は一体何をしているのですか?」
「王女様、私は貴方の護衛という輩を試しただけでございます。気品ある貴方を守る任を司るには、百歩譲って勇者の中でも特に優秀な者が仕えるべきだというのに……」
ミリエスタと呼ばれた男に遅れて登場したのは、翔真の予想通りにルナだった。
配下と思われるミリエスタがルナに無断で、翔真達を勝手に試しに来た……そんなところだろう。
ルナは翔真に駆け寄り、慌てた様子で体中を確認し始めた。
「翔真様、お怪我はございませんか」
「大丈夫です。ルナ王女が懸念されるようなことはございませんよ」
「それはよかった。……ミリエスタ、このような場では処罰を下せません。ですので叱責のみで許しましょう」
「……私は王女を思って、」
「黙りなさい」
ルナは尚も言い訳を続けるミリエスタを冷然とした視線で射抜く。
純粋な戦闘力で言えばミリエスタの圧勝だが、彼女の主であるという立場と、その戦闘力関係なしに相手を威圧する眼光にミリエスタは慄いた。
「……だとしても時と場合を考えなさい。衆目の場で、留学初日にというのならば尚更、まして勇者様を狙うなど……貴方の献身には眼を見張るものがありますが、時に行き過ぎるのも問題です。以後このようなことが起これば、貴方を近侍の任から外しますからね」
「わ……分かり、ました」
叱責されても明らかに不服だと分かる態度で、如何にも納得していない返事をするミリエスタ。翔真の苛立ちパラメータが上昇する。
平静を装い、シュウ達の方へ向き直った翔真。無事なことを伝えると、ずっと正門前で時間を潰すわけにもいかないために、足早に教室へ向かった。ちなみにルナもミリエスタも同じクラスなため、後ろから付いてきている様子が見える。
(うっわ〜……めっちゃ睨んでくるんだけど)
ミリエスタの剣を防いだあの時から、常に敵意の籠もった視線で刺されている。彼の内情を深く知らない以上、憶測でしか考えられないのだが……恐らくは嫉妬や警戒などだろう。
(全く迷惑な話なんだがな!)
何も起こらないことを願いつつ、お世話になる教室へと続く扉を遠慮なく開けた。
ザワついていた教室が、翔真達が入室したと同時に、一斉に静かになる。
王国からの留学の話はどうやらここの生徒にも伝わっていたようで、翔真達の顔を見るなりヒソヒソと話し始めた。
「王国からの留学生だよな」
「勇者だけじゃなくて王女も来てるんだって?」
「なんかミスを犯した勇者が罰として送られてきたって噂の……」
話は細部まで周知されていたのか、翔真のスタンピードでの一件も生徒に知られていた。
(興味半分、期待二割、無関心が三割ってとこか? まぁ帝国で名を挙げる必要とか無いわけだし、特別良い評価を得られなくても構わないのだけれど)
沢山の視線に向かえられながら、自分たちの席を捜して座る。幸いなことに勇者組と王女組の席は隣接しており、これは運営側の配慮だろう。
三分ほど経つと、チャイムが鳴ると同時に教室の扉が開けられた。入室したのは若い女性で、服装を見るに教師だと推測する。
「席につけ。……それでは授業を始める前に、既に聞いているだろう。王国からの留学生を紹介する」
前に出てくるように促され、翔真達はそれに従った。エリザと名乗る教師は、次に彼らを簡単に紹介する。
「まずは異世界から召喚された勇者達である、ショウマ=アイザワ、ヒカリ=タチバナ、シュウ=アキナシの三人だ。そして王家側からは、第三王女であられうルナ=ヴァン=サレンバーグ様、その従者であるミリエスタだ。皆、仲良くしてやってくれ」
ある程度の拍手に向かえられると、彼らは席に戻り、授業が遂に始められた。
一限目は異世界らしく、スキルや魔法についての授業だった。現在確認されているスキルの効果や発動条件等を覚え、いざ相手と戦う際に有利に運べるよう普段から学んでおくらしい。
この授業は、人類の敵としての役割を担っている翔真にとってもかなり有意義なものだった。いつか相対する敵の能力について知ることは、やはりこちらに利点がある。
”相沢翔真”らしく、普通に授業を楽しんだ。
「――今日の授業はここまで。各自復習を進めておくように」
一限目終了の合図がされると同時に、生徒が一斉に翔真達の元へ駆け寄った。
「元の世界はどんな感じだったの⁉」
「勇者の強さはどれぐらいなんだ。俺の方が強いのか」
「なんで帝国へ留学に来たの? スタンピードでやらかしたってホントなのかな?」
矢継ぎ早に質問される。シュウと日花里がその対応に急かされ、ミリエスタは輩がルナに近づかないように威圧している頃……翔真はその場をスッと抜け出し、廊下をのんびりと歩いていた。
「やれ、あんな面倒な集団に付き合ってられるかっての」
本来ならば、あの場面でシュウ達と一緒に人の波に揉まれるのが”普通”なのだろうが、それを無視してでもあの集団から避けたいと思ってしまった。いくらレベルを上げても、あの数の人の相手をするのは疲れるものだ。
あんなに人がいる中で、王女への襲撃など起こり得ない。それに万が一にもルナへの敵意を持った者が近くにいれば、彼の【気配感知】で判断できる。
その護衛とやらを、シュウと日花里の二人に任せ、翔真は面倒事から自発的に離れることにした。
「といっても咄嗟に出てきちゃったからな。【気配遮断】全開で。となると何をしようかな……」
次の授業が行われるまで、今暫く時間が空いている。情報収集でも試みようかと考えたが、昨晩の内に帝城の怪しい噂の正誤確認と、城への侵入ルートを確立させてしまっているために、これ以上情報を集める必要がない。寧ろ躍起になって収集に努めていると粗が出るし、帝国側に不審な行動を怪しまれる可能性もあったからだ。
(……チッ、煩わしい視線だ)
加えて、今も何者かに監視され続けている。といっても既にその正体は割れており、黒マント達のリーダーが言うには、敵はやはり【イビル・クロウ】の一人であった。
勇者含む留学生全員を監視しているのだとか……本人達は余分な心配だと思っているのだろうが、合っているという事実がまた恐ろしい。一歩間違えれば、”相沢翔真”という身分を捨てなければならないところであった。
「やっぱ常に注意しておくのが大切だな」
ちなみに捕らえた【イビル・クロウ】の一員は、縛って適当な箱に詰め込み放置している。血痕は掃除し済みなので、あの場で物騒なことが起こったことがバレる可能性は限りなく低く、また念の為に相手の足の腱を切っているので歩くことも叶わないだろう。
情報を吐いてくれたお礼に殺しはしなかったが、逆に言えば死なない程度の扱いをしている。暗く狭い箱の中で、心身ともに傷ついた状態で、更に一日中放置されて相手の精神が保たれるのかどうか微妙なラインであるが――
(帝国暗部集団を名乗るくらいなんだ。あの程度じゃ死なんだろ。……多分、十中八九、メイビー)
しかし特にすることもなく、ふらふらと廊下を歩いていると――
(ん、中庭の訓練場で何かやってるな)
コの字型の校舎、その中心に訓練場が目立つように建てられている。屋根と数体の人形が置かれている以外に特色のない、それが却って洗練された雰囲気を持たせる訓練場。
その中心で、一人の人間が人形相手に刃を振るっていた。斬りつけては退き、太刀筋を変えてはまた攻撃する。そして十六回目、人形の耐久力が限界に達し胴から真っ二つに割れた。これらを瞬き数回の内にやり遂げてしまうのだから、その人の力量がかなりのものであることがよく分かる。
興味で少し近づいてみれば、それは一人の男であった。年格好は翔真と同じで、その顔は……酷く見覚えがあったのに思い出せない。
確かに胸の奥で燻る靄を振り払いながら前へ進み、男はそこで翔真の存在に気付いた。
「凄いですね、剣の腕」
「まぁ何年もやり続けていればそのうち上手くなる。それで君は? ちな、俺はカイト。カイト=オルフェニカだ」
「僕は相沢翔真。一応、異世界からの勇者ってのをやらせてもらってる」
「異世界から――あぁ、担任が勇者の留学生が来るってのを話してた。それが君か」
やけに透き通るような声だ。大切な何かを失い、それを今も探し求めるか亡霊が放つような声だった。
「オルフェニカさんは剣の腕が立つんですね」
「カイトでいい。それに上っ面だけの敬語も要らねぇ」
「……分かった。じゃあ気軽に話させてもらう」
最近はルナ、カイトと、続いて翔真の態度が演技であると見破られてしまっている。昨晩の老人の欺瞞が成功したことを見るに、翔真の腕が落ちてしまっているというわけでは無いのだろう。単に、ルナとカイトが特段聡明過ぎるだけだ。
「んで、さっきの問いへの回答だが……まぁ過去に色々あって、だ。手前が無力で、弱かったら何も救えないってことを眼前でむざむざと見せつけられて、でも守りたいものは既に手元に無くて――みたいな感じだよ。それで必死に修練したんだ」
「それは……大変だったな」
「そりゃもう大変だったよ。家は没落するわ、一家離散するわで」
「事情が重すぎる」
ちょっとした時間つぶしのはずが、予想外な話を聞いてしまった。この世界にも沢山の出来事が起きていたのだと、改めて思う。
「ん、僕はこのあたりで失礼するよ」
授業が再開する時間に近づいたことを思い出し、いいタイミングだとその場を離れようとする。しかしそれに待ったをかけるカイト。
「いやちょ待てよ。たしか俺と勇者って同じクラスだったはずだし一緒に行こうぜ」
「……? ならなんでさっきの授業に居なかったんだ」
翔真の問いに、当然のことのように、サラッと答える。
「俺は学院で一位だからな。ある程度の勝手は許されんだ」
どうやら噂の平民出身のトップに、彼は気づかぬ内に出会っていたらしい。
帝国有数の学院、その中でもトップの成績だというのなら、たかが学生だと侮るのは愚策である。そこには立派な警戒心を持ちながら挑むべきであり、己の脅威となろう者なら敵対は避け、懐柔できそうなら飴をチラつかせるといった策を取るのが妥当だろう。
連日連夜で重要な情報が次々と頭の中に入ってくるが、それを冷静に対処になければならない。
常に次の一手を、その次の手を、そして最終目的を考え続けているために、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方が大きい。
(今夜あたりにウメの料理で心を落ち着かせるのも良いのかもしれない)
どちらにせよ今夜は王国に戻るのだし、気が利くウメのことだ。きっと何かしらの癒やしを用意してくれているに違いない。……そう期待して、今日残りの授業をこなした。
ちなみに残りの授業は、算学や社会情勢についてであった。数学に関しては地球で履修済みの範囲に収まっていたので、特に耳を傾けなければならないような話ではなかったことが残念だ。しかし社会情勢に関しては、スパイとして第三者目線の話を、そして世間一般での視点を得たかったために、是非とも聞き入れなければと集中していた。
(また一つスパイらしくなったのかな……いや、まだまだだな。もっと先へ、更に精進できるはずだ)
妙な所でストイックな翔真であった。
しかし久しぶりの学生生活を……帝国での活動中とはいえ、それなりに楽しむことは出来たことを素直に喜ぶ。
次の一手を考えながら
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