第37話 ニンギョウが生まれるまで②


『――細胞のスキャンが終了しました。い、いつでも複製は、かっ、可能ですね』

『そうだね。……でもまだ障害は立ち塞がっている。寧ろここからが本番と言っても過言でない』


 何をしているのだろう。何を聞いているのだろう。どうなっているのだろう。

 知らない。何も知らない。


 両親が敵対貴族と水面下で争っていたことなんて知らなかった。

 人質、代償として私のカラダを要求してきたけど、それを隠して戦い続けていただなんて知らなかった。

 教えてくれていれば、私は躊躇いながらも身を明け渡すことを覚悟していたはずだ。それが家族のためになるのであれば。

 大人は嘘つきだ。

 大丈夫って言ってたのに。ベッドで、隣で、優しく語りかけてくれていたのに。


 お父さんは騙されて。お母さんは泣き叫んで。

 ――必ず守ると決意したはずの弟さえ、こうも呆気なく手放して。


 私には、何も残らなかった。何も成せなかった。




 体感で数日が経過した頃、環境に体が適応してきたのか、段々と朧気だった意識が明瞭さを帯びてくる。

 視界いっぱいには緑の液体。気泡が無数に浮き上がる。

 肌には水が触れる感覚。口から下は仮面のような何かで覆われている。


 半透明な液体の向こうでは、一組の男女が熱心に話し合っていた。


『――駄目です。どうやっても魂の複製が叶いません。【紅印魔導書】の内容通りに研究を進めているはずなのに……』

『恐らくは、焼け焦げてしまった部分に魂についての記述が書かれていたのだろう』


 ぼんやりと、液体の向こうで女性が一冊の本を取り出すのが見えた。


『……私が遺跡から掘り出したこれも、微かな残り火。人体研究に特化した魔導書、その極一部に過ぎないのだから』

『であれば一体どうすべき――』

『慌てるな、助手。……なに、すべきことは変わらない。研究し、結果を出す。寧ろ古人の足跡を辿る作業よりも、数倍心躍ることじゃないか!』


 気体から液体へと音が響く際の独特の反響を経て、女性の声のトーンが上がり、興奮しているのだと気づいた。


『どっ、で、では具体的に一体どうするべきなので?』

『これは私の所感だが、……魂には外部からの干渉を防ぐ壁――バリアのようなものが存在していると推測するよ。そう考えるのならば、魂の抽出装置が突然故障し計器が異常を示したことにも納得がいく』

『なるほど! 流石ドクターです!』


 ドクターと呼ばれた女は、研究者の冷徹な声音で次の言葉を紡ぐ。


『つまり、だ。そのバリアをすり抜け又は破壊すれば、無防備な魂は幾らでも改造が可能になる。そのために……そのための素体だろう?』

『――なるほど! では早速器具を持ってまいります!』


 慌てて男が部屋を出ていった。

 逆に女は、私が囚われているハコに近づく。ここからでも聞こえるくらいに高らかなヒールの音を奏でながら。


『確かに君は優秀な素体だ。……だからといって、君を宝物のように扱うわけではない。しかしこれは科学のため、人類の新しい未来のためなんだ。君のような存在一人が消える程度で人類が新たなステージに進めるというのなら、安いものだろう』


 ここからの記憶は、酷く薄れている。







一回目:強力な電撃を脳内に流すも失敗。破壊には至らず


二回目:熱を肉体に持たせるも失敗。破壊には至らず


三回目:精神興奮剤の過剰投与を行うも失敗。破壊には至らず


四回目:体全体に激痛を与えるも失敗。破壊には至らず


五回目:帝国暗部が所有する奴隷に犯させ、屈辱を与えるも失敗。破壊には至らず


六回目:捕らえた兵士ゴブリンを交尾をさせるも失敗。破壊には至らず


七回目:精神安定剤の過剰投与を行うも失敗。バリアの通過には至らず




途中経過:魂の壁(以降は心的バリアと呼称)の減衰又は摩耗を確認




八回目:精神興奮剤の過剰投与を行うも失敗。バリアの破壊には至らず


九回目:――


十回目:――


















一〇二四回目:身内と思しき子供の絵を表示。心的バリアの破壊に成功







『――やっ、やりましたね! 遂に心的バリアの破壊にせっ、成功しました!』

『あぁ。……かなり長い時間がかかってしまったが、漸く破壊に成功した。後は消化試合だろう』


 凄く長い夢を見ていた気がする。初めは楽しかったけど、段々と辛くなってって……だから目が覚めて嬉しい。早く起きないと。


『おや? 素体の目が覚めたようだね。まぁしかし、魂の抽出には成功した。後はそれ複製し、既に用意してある肉体に定着させるだけだが』

『これで……これでドクターと私の悲願が叶うのですねっ!』


 ふわふわとした感覚の中で、視界の端にが映った。

 もやもやしてるけど間違いない。私のことは、私が一番知っている。


『――ん、君も気づいたのか。では少し早く紹介といこう』


 女性は大きな身振りで、視線の先にあるを指し示す。




『量産型自律式魔導人形、その名も【フィーユ】。……君を素体として生まれた、君の娘達だ』




 この瞬間だ。


 このとき、私は初めて全てが満たされた感覚に陥った。


 胸にぽっかりと空いていた喪失感。何か物足りないもどかしさが、起きてから胸を締め付け続けていた。


 ――でもそれは、ここでおしまい。


 私は彼女達を……娘を守ると決めたのだから。



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