第20話 第二王子と顔合わせなんてしたくないんですが。
サルザスたちがやって来てから数週間がたった。
サルザスは理由が不明だけど、急にお父さんの担当から外れることになり、序列5位の人も入れ替わってしまっていたらしい。
何か内部で失脚する理由があったかもしれないけど、私たちのところまで情報は回ってこなかった。
サルザスの後任になった人は、サルザスほど性格が悪くないようで、あいさつついでに牛と豚あわせて二千頭を受け取るとさっさと戻っていった。
やっぱりサルザスが一千頭余計にもらうつもりだったみたいだけど、今回の人はそういう汚いことはしないみたいだ。
お父さんが何度かお茶に誘っていたけど、忙しいとか色々理由をつけて明るいうちにすぐに帰っていった。
次からは代理の人間がくるらしい。そんなに慌てなくてもいいのにと思っていたけど、ラッキーが暴れたことが何か関係があるのかもしれない。
ラッキーに聞いても『ごしゅじん様、可愛い』しか言わないアホ犬になるので聞き出すのは諦めたけど。
もしかしたら、ラッキーとは関係なく新しい人は忙しいのかもしれない。
余計に来た牛さんと豚さんたちは無事に領内各地で引き取られることになった。
不思議なことに、牛さんと豚さんが行った地域では魔物のいたずらがピタリと止まったらしい。お父さんは何か知っていそうだったけど、詳しくは聞けなかった。
早く話せるようになりたいな~。
お母さんが安静にする時期が過ぎたそんなある日、私が寝ていると私の可愛いほっぺたをむにむにと掴んでくる奴がいた。
こんな乱暴に触るのはどこの誰だ。
そう思って目を開けると、私の顔を覗き込むように薄い綺麗な金髪で青い目がクルリとした可愛い一人の男の子立っていた。
なにこの子。めちゃくちゃ可愛い。
お父さん、これが本当の天使ですよ。
「サーシャ起きたみたいだね」
「だぁー」
お父さんに、こいつに起こされたんですと抗議の声をあげるがお父さんは満面の笑みを浮かべたまま、「そうか、可愛いな」と言って理解してはくれなかった。
とにかく早く言葉が話せるようにならなければ。
「サーシャ起きたの?」
「起きたみたいだよ。こちらこの国の第二王子、ギルバート様だよ。お会いできて光栄だね」
「んがっ?」
話せるようにとは言ったけど、思いっきり変な声がでた。
こんな声を望んでいるわけではない。
それにしてもなんだって? なんで第二王子とか連れて来てるの?
貴族間ではこういうのが普通なのだろうか。
一緒の部屋にいたマッシュの方を見ると、マッシュは本へと目を落として何も聞こえていないフリをしている。
お兄ちゃん、妹の一大事ですよ!
状況を説明してと視線を送るが、今日は助けてはくれないようだ。
まぁ、どうせ顔見せくらいですぐに終わるだろう。
何もできない私はもう、みんなの見世物になるだけだ。
それと、部屋の中にはもう一人見たことがない人がいた。
私はその子にそっくりなイケメンのオジサンに抱きかかえられた。
「お母さんに似てこの子は美人になるぞ」
このイケオジ、ものすごくいい香りがする。
お父さんからはバラの香りがしたけど、この人からはバニラの甘い香りが漂ってきた。
ほのかに香る香りは不快な感じがせず、心まで落ち着いてくる。
「ダカルト陛下光栄です」
「堅苦しい挨拶は公の場所だけで十分だ。お前と私はこの子たちと同じくらいの付き合いなんだから」
この人が陛下?
暇なのか?
いや、そんなこと思っちゃダメだ。ギルバートと顔を見比べるとたしかによく似ている。
ギルバートも将来こんなイケメンに成長すると考えると、同じ国に住んでいるはずなのに前の時よりもイケメンが多い気がする。
目の保養にはいいけど、小さな時に知りあったからといって私とは縁がない人たちだ。
私は将来ラッキーを連れて田舎でのんびり過ごすのだ。
「ダカルト陛下、ちょっと別室でご相談が」
「わかった。ギルバートはここでマッシュたちと仲良くしているんだぞ」
「はい」
「いい子だな」
優しく頭を撫でられたギルバートは本当に嬉しそうな顔をしている。
ダカルト陛下が部屋からでていくのをギルバートが笑顔で見送り、扉が閉まった途端、今までのニコニコしていた顔から、急に無表情になっていた。
「おい、マッシュ何か面白い話をしろよ」
「ない」
「なんでお前はいつもそんな態度なんだよ。俺は未来の王様候補だぞ」
「ない」
マッシュは本に視線を落としたままピクリとも動かそうとしない。
マッシュは私を助けてくれなかったわけじゃない。話しをすると揉めるから相手にしなかったのだ。
なんか二人ともすごく仲が悪いみたいだ。
お母さんは起きたらすでにいないし、場の空気が悪いのをマーガレットはまったくもって気にしていないようだった。
「お前は俺のこと敬うようになるんだぞ」
ギルバートがまた私のほっぺたを強く握る。
「んぎゃ」
加減がわからない子供がしたこととは言っても、ちょっと痛くて声がでてしまった。
「ギルバート、妹から離れろ」
「チューチュー!」
「ガルル」
「だぁだー」
ラッキーを私が落ち着かせ、ギンジがマッシュを止める。
「なんだよ。お前までそんなに妹が大事なのかよ。それなら守ってみろ! 俺が悪役になってやるよ! アイスブレイク」
ギルバートが前に両手を差し出すと、子供の体格からしたら大きな氷の塊ができ、マッシュへと飛んでいく。
「キャー!」
マーガレットの悲鳴が部屋の中に響き渡る中、咄嗟にラッキーがマッシュを突き飛ばした。ラッキーのお腹には氷の刃が当たり、そのまま砕け散る。
「だぁ!」
ラッキーは咄嗟に起き上がるとマッシュとマーガレットを背中に乗せ、私の寝台の後ろへと連れて行くと、臨戦態勢を取った。
『ごしゅじん様を守る』
「その狼犬いいな。俺によこせ。俺のペットにしてやる」
「お前には扱いきれないよ」
「なんでお前まで俺を馬鹿にするんだよ。俺だって最年少で氷魔法まで使えるようになっているのに。みんな兄さん、兄さん、兄さん。第二王子なのがそんなにダメなのか」
ギルバートは年齢にしてまだ6歳くらいだろう。
この年齢で魔法を使えるだけでもかなり優秀なのがわかる。
だけど、きっと彼は誰からも一人の男の子として見られてこなかったのだ。
「だぁ」
『ごしゅじん様、それは危ないです』
「だぁあ?」
『いえ、命に代えて必ず守り抜きます。はぁ少し魔法を使うことをお許しください』
ラッキーは私の身体を優しく風魔法でギルバートの顔の前まで飛ばしてくれる。
私は精一杯手を伸ばしてギルバートの頭を撫でてあげる。
「いこ、いいこ」
「あっ……あぁー!! 俺になんて優しくしないでくれ。俺は、マッシュを氷で攻撃したんだぞ」
「だぁ、ひゃいひゃい」
私はギルバートの頭を優しく抱きしめてあげる。
怖くないよ。大丈夫。
大きくなる過程では誰かと比べられることも多いけど、大人になれば昨日の自分より成長することを目標にすればいいんだから。
ギルバートに満面の笑みを見せてあげると、いきなり大声を上げて泣き出してしまった。
なんて失礼な子なのだろう。
私だってきっと、そこそこ可愛い顔をしているに決まっている。
泣き方がまるで鬼にでも遭遇したかのうような泣き方だった。
せっかく、争いを止めさせるために渾身のいいこ、いいこしてあげたのに。
それにしても、今の発音良かった気がする。
これなら、かなり早く話せる日も近いかもしれない。
この日の出来事は結局親たちには報告することもなく、私たちだけの中で収められることになった。
ギルバートの泣き声は外まで響いていたみたいだったけど、子供は喧嘩をしながら仲良くなるものだと、大人たちはあまり気にしてはいなかった。
まぁ誰も怪我しなかったし、私に発言権などないからね。
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