第7話 前世で助けたわんこが現れた。その名は……魔獣王ってやばすぎる
翌日、お腹が空いて起きた。
なかなか生まれたばかりだというのに濃い一日を過ごさせてもらったと思う。
ゆっくり目を開けると、昨日のぼんやりした感じよりもだいぶハッキリ見える。
もう、しばらくはあんな冒険をすることはできないだろう。
「あら、起きたの?」
「んぎゃああああああ」
とりあえず騒がしいと思ったけど自己主張だけしておく。生まれたばかりでまったく泣かない子供なんて親からしたらきっと心配するに決まってる。
私はお母さんのミルクを飲みながら周りの声に耳を傾ける。
「だから、昨日マッシュがサーシャを抱いて廊下を歩いていたんだよ。それで私に薬を飲ませてくれて……」
「お父さん、ギンジは話すけどサーシャはまだ話せないし、いくら僕が妹を可愛がるとしても首も座っていない子を連れ歩くわけないでしょ。なぁギンジ」
『よく言うぜ』
ギンジの言葉は本当にマッシュと私にしかわからないようだった。誰もギンジの言葉に反応している人はいなかった。
どうやら、家族全員が集まって朝の出来事について会議をしているようだった。
お父さんの体調は……もう元気すぎるくらい回復している。
落ちた筋力はすぐには戻らないけど、リハビリしていけばそのうち歩けるようにもなるだろう。
「じゃあなんでこんなにも体調が回復しているっていうんだ。マッシュの新しい才能が開花したとかしか考えられない」
「僕に聞かれてもわからないよ。僕は魔獣の遠吠えで怖くてお母さんのところに行こうとしたら、お父さんが倒れているのを発見しただけだもん」
「マッシュ、カッコ悪いからいい加減お母さん離れしたら?」
そう言ったのはピンク色のドレスを着込んだクルクルに巻かれた金髪に青い目が特徴の女の子だった。彼女がきっと私のお姉さんなのだろう。
マッシュはそのまま黙って何も言い返さない。
やっぱりお姉さんのことが苦手なのだろう。
「ふん」
「もう、二人とも喧嘩しないの。サーシャが心配になるでしょ? ねぇ。マーガレットお姉ちゃんもマッシュお兄ちゃんも仲良くして欲しいよね」
「んば、んあば」
精一杯の愛嬌を振りまきながら同意しておく。
お母さんの優しい手が私のほっぺたをプニプニと押してくる。
なんとも触れられている安心感とお腹いっぱいの満足感で眠くなってくる。
「そういえばお父さん、今朝の魔物の咆哮があってから防御壁あたりで暴れてたフェンリルが突然消えたって本当なの? もう百年くらい暴れていたのに忽然と姿を消すなんて何か気持ち悪いわ」
「魔法使い新聞の記事か。僕もそれしかわからないけど、きっとサーシャが魔獣フェンリルも消してくれたんだよ、なぁー」
「そんなわけないでしょ」
「わからないじゃないか。僕の胸の病気も治ったことだし、これから良くなる前兆かもしれないだろ」
「魔法使い新聞に載っていたあの凶暴そうなフェンリル見た? 大きな牙が折れているのよ。あんなのが近くにいるなんて想像したくないわ」
私はマーガレットの言葉で前世の出来事がフラッシュバックする。
牙の折れた子犬のラッキー。あの後元気になってくれただろうか。
『ごっしゅじん様、ごしゅじん様、ごしゅじん様』
どこからか、声が聞こえてくる。
私はギンジの方を見るが、ギンジは私のことをご主人なんて呼びはしない。
どこから聞こえてくるのかと思い辺りを見回そうとしたが、首もまともに動かない。
赤ちゃんは本当に不便だ。
『ごしゅじん様だ。ごしゅじん様がいる。ここふきとばせばいいのかなー?』
「んぎゃ」
ちょっと待って、詳しい場所はわからないけど、多分外から不吉な声が聞こえてくる。
私はギンジに確認するようにお願いすると、すぐにマッシュも反応してくれた。
「なんか窓の外から犬の鳴き声が聞こえない?」
マッシュが窓を開けると、風のように一匹の狼犬入ってきた。大きな尻尾を左右に振りながら私のすぐ横にお座りした。
『ごしゅじん様、やっぱりごしゅじん様だ。めちゃくちゃ可愛い。可愛すぎてキュン死する』
その狼犬は満面の笑みを浮かべたような顔をしており、牙の片方は折れていた。
「なにこいつ? お父さん、追い払ってよ」
「誰か来てくれ」
「ちょっと待って」
マッシュが狼犬の目を見ながらゆっくりと近づく。
「ギンジ、この犬が何を言ってるかわかる?」
どうやらマッシュはギンジの言葉しかわからないらしい。
でも、私にはこの子が何を言っているのかわかった。
相性の差なのだろうか?
『お前、こんなところにいきなり入って来てなんなんだよ。相手になるぞ! マッシュが!』
ギンジが狼犬にたいして啖呵を切った。
『ごしゅじん様、今度こそ守る。三下がでしゃばるとひき肉にするぞ。私は魔獣王フェンリルだ』
「んぎゃ」
私をご主人様なんて呼んでいて、牙が折れている……もしかしてラッキーなのだろうか?
でも、あの子犬がフェンリルに? でも、フェンリルにしては身体が小さい。普通の大型犬よりも大きく、かと言って大人が乗れるほどの大きさまではなかった。
でも、ラッキーがひき肉にするなんてそんな怖いことを言うかな?
私がそんなことを考えているとラッキーが声をかけてきた。
『ごしゅじん様、あなたのラッキーです』
ビックリするほどラッキーの尻尾が左右にブンブンと振り回されている。
「んばっ」
あの頃の面影はなくなっているけど、どうやら本物らしい。
生きててくれて良かった。
「ちょっと頭なでるよ。大丈夫だよ。怖くない。怖くない」
「ダーダ」
マッシュがラッキーに触れようとするので大人しくしておくように伝える。
これから一緒にいることを考えると危なくないとみんなにアピールしてもらう必要がある。
ラッキーは言われた通り、お座りしたままされるがままだ。
だけど、尻尾がピクリとも動かないことを見ると、決して喜んでいるわけではなさそうだ。
「これだけ大人しいってことは迷い犬なのか? でも、魔物だと危険だし外に追い出す?」
『ごしゅじん様との邪魔をする奴は全員……』
「だーう」
ラッキーに顔を寄せてもらい、私は精一杯手を伸ばしてラッキーを抱きしめる。
『ごしゅじん様、すごくいい香りがしますね。この香りは幸せの香りです』
いや、幸せの香りってよくわからないんだけど。
喜んでくれるならいいけど、あまり匂いを嗅がないで欲しい。
「お父さん、サーシャが生まれた記念にこの犬うちで飼いたい。きっと縁起がいいよ。」
「マッシュ、お前にはもうギンジがいるだろ?」
「俺にじゃなくてサーシャにだよ。サーシャが大きくなるまでちゃんと世話するから」
「でもな。うちにはそんな余裕は……母さんどう思う?」
「私はいいわよ。あなたの体調が回復すれば犬くらいなんともないわ」
「お母さんがそういうならいいだろう。ただ、ちゃんと面倒を見るようにな」
「任せて。犬の躾くらい僕には余裕だから」
『マッシュ……こいつ、このお方は狼犬に変身されているけど魔獣王フェンリル様だ』
マッシュはギンジの言葉を聞いて、子供とは思えないほどの顔をしながら石のように固まった。
魔物と話せる能力にもだいぶ差があるようだ。
それにしても、魔獣王フェンリルってなんか強そうだけど、私が知らない間にラッキーに何があったのだろう。
「ちょっとマッシュ! あなた5歳にもなってなんでお漏らししてるのよ! 赤ちゃん返りでもしたの!?」
「いや、だってこの犬が……」
「犬のせいにしないの!」
「違うんだよ。犬じゃなくて」
「もう、そんなに犬のことが好きなら一緒にお風呂に入ってきなさい!」
マッシュの足元に大きな染みが広がっている。
ラッキーはマッシュの股の下に身体を滑らせるとそのままマッシュを背中に乗せてしまった。
「乗せてくれるの?」
「わんっ」
ラッキーは人の言葉をだいぶ理解しているようだ。
できれば私がラッキーをお風呂に私がいれてあげたかったけど、それはもう少し大きくなってからの楽しみにしておこう。
お風呂からでてきたマッシュとラッキーは少し仲良くなってでてきた。
『ごしゅじん様、ニューラッキーです』
お風呂に入ったラッキーはふわふわのふっさふさで石鹸の香りがとてもいい香りで私の鼻腔をくすぐる。お母さんとラッキーに包まれて眠る時間は最高だった。
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