第35話 みんなアホで良かった

「我願う。サーシャの守り人として忠誠を誓い召喚するは、鉄壁の馬車と騎馬」

 私たちは従者にバレないように上手く中庭を取り抜け、屋敷の外へとやってきた。


 そこでハダスが魔法を唱えると、目の前に馬車と騎馬が召喚された。


「だーあ!」

 めちゃくちゃすごい!


 馬車は豪華ではないし、騎馬といってもぬいぐるみのような、なんとも形容しがたい可愛いものだけど、こんな魔法が使えるとは思っていなかった。


 本当に王族や貴族の子たちって優秀すぎない?

 前世の私の周りで子供がこんな魔法を使っているのなんてまったく見たことがなかった。


「へへっサーシャ様に見せたくて一生懸命練習してたんです。その表情は喜んでくれたみたいで良かった。見た目はまだまだだけど、乗り心地はいいので」


 馬車の中は、子供が乗るには十分なスペースがあった。

 しかも、ぬいぐるみのようにふわふわしていて、これでまともに動けばお尻とかも痛くならなさそうだ。


「くぅーん」

「ごめん。ラッキーは一緒に乗れないんだ。だけど、一緒について来てくれるだろ?」


 ラッキーは大きく尻尾を振って返事をする。


「ハダス、魔力は大丈夫か?」

「今日は調子がいい気がする。だけど、少しだけ急ぐね」


「よし、いくぞー!」

 馬車とラッキーが並走しながら気持ちのいい天気の中で平原を走り抜けていく。

 久しぶりに見る外の景色に私はおおはしゃぎだった。


「だぅー!」

 風をきってどんどん行くのだ!

 ただ、勢いよく飛び出したのは最初だけだった。

 魔法を使っているハダスの顔色がだんだんと悪くなっていく。


「ハダス、大丈夫?」

「もちろん。あっやっぱ無理。大丈夫じゃないかも」


「休憩しよう」

 馬車を止めるとほぼ同時に馬車が消えてなくなり、私たちは尻もちをつきながら地面に墜落した。


「いたっ」

「いてっ」

「いつっ」

「いったーい」

「ふにゃ」


 みんなでお尻を撫でながら立ち上がる。


「ここはどれくらい?」

「まだ半分くらいかな」


「どうする? ハダスの魔力が回復するまで待ってもいいけど……そうしたら今日行くのは無理ね」

「でも、今日脱走したのがバレたら間違いなく次のチャンスはないよ」

「だぁ」


 私があんなことを言わなければ、みんなに迷惑をかけることもなかったのに。

 どうしたら……?

 私が困った顔をしていると、ラッキーが尻尾をブンブンと振ってきた。


『ごしゅじん様、私がみんなを運びましょうか?』

「だぁ?」

 そんなことできるのだろうか?


『少しだけ大きく許可を頂ければ』

「だぁ」


 さすがにそれは……。ラッキーが大きくなるとってことは、魔獣王フェンリルだとバレるリスクが増えるってことだ。

 だけど、このままみんなをここに置いておくこともできない。


「ばーばー」

 わかった。少しだけ大きくなれる?


『もちろんです。あっ言い忘れましたが、ごしゅじん様の尻もち姿最高に可愛かったです』

「あほー」


 うん。今のアホはかなりスムーズに言えた。

 いや、でもちゃんとした言葉がパパやママよりアホって言うのは子供として問題がありそうだ。両親にショックを与えないためにもママの練習もしておこう。


 みんなが見ていないのを見計らって少しだけ、ラッキーが大きくなる。

 少しだけ……。うん。きっと少しだけだ。

 私は現実から目を背けた。私まだ一歳だし。詳しいことはわからない。


「サーシャ、なんかラッキー大きくなっていない?」

「だぁ?」


 ラッキーは伏せの状態で乗りやすいように待ってくれている。

 ラッキーの少しを信じた私がバカだった。


「もしかして、ラッキーに乗れってことなのかな?」

 マッシュが何事もなかったかのようにフォローしてくれ、そのままラッキーへと乗る。

 今までの1.5倍くらいの大きさになってるけど、きっと子供の目線ならあまり変わってないように見える……なんてことはなかった。


「キャー! ラッキー大きくなれるのね! 可愛い!」

「すげぇ! ビックラッキーだ!」


「これぞモフモフの海ってことだね! いいんだね? この夢のモフモフに飛び込んでいいんだよね!」

 あっ……みんなアホで良かった。


 そのままラッキーの上にまたがると、ラッキーが一気に駆け抜ける。

 風で吹き飛ぶかと思ったら、ラッキーが私たちへと当たる風を調整してくれているのか、身体に当たる風は心地いいくらいで、乗り心地も最高だった。


 いつもよりも高い視線、流れる景色、どこまでも続く道。

 何かが始まりそうな胸の高鳴り。


 子供の時代にしか経験できないことも沢山あるし、今の時期でしか味わえないこともあるけど、少しだけ早く大人になりたいって思った。


 もっと自由にラッキーたちとこの世界を飛び回ってみたい。

 私たちが飽きることなく景色を見ていると、あっという間に目的の場所へとついた。

 そこは、私が想像しているよりも、もっと素敵な場所だった。

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