第10話 忘れらた魔法とラッキー出現の理由
話は少しだけ遡る。
サーシャが父親のための回復薬を作った時、それは起こった。
(アバル・ステル・マラルカナ)
サーシャが使った古いおまじないは薬の効果が少しだけ強くなる力があった。
忘れられた古代魔法の欠片。
だけど、世界中でこの魔法に大きな意味を持った魔物たちがいた。
『『『『レティだ!!!!』』』』
この世界の中で誰も使うことの無くなった忘れられた魔法。
あの日を最後に、二度と触れることができなかった大好きなご主人様。
弱すぎて守ることができなくて、自分の非力さをぶつけ合った日々。
あの人を守るために強くなったのに、守るべき人はもうこの世界から消えてしまっているという矛盾。
もし、あの日に戻れたらと何度祈ったことだろう。
世界中に散らばった魔物たちはその魔法の欠片に触れた時、大きな声をあげて私は、僕は、俺は、ここにいると叫んだ。
戦いを辞めてすぐに駆け付けるもの。
探しに行って迷うもの。
そんなはずはないと信じられないもの。
思い出したことで、悲しみが増すもの。
守れなかった悔しさに打ちひしがれるもの。
様々な感情を抱えた魔物の中でいち早く動いたのが魔獣王フェンリルのラッキーだった。
『ごしゅじん様だ! ごしゅじん様が帰ってきた』
今まで人間が勝手に決めた境界線、魔力障壁の中で大人しく過ごしていたラッキーが幸運だったのはサーシャの魔法が確実にわかるベネディクト領地内にいたことだろう。
レティが連れ去られた時、ラッキーは2週間かかるとされた進化を無理矢理3日で終わらせた。
それは通常ありえないことであり、この世界のルールを超越した力を発揮した。
その代償として、本来なら治るはずだった折れた牙は元に戻らずレベルだけが格段にあがった。
強さに極振りされた能力は、人々を恐怖へと陥れ、くしゃみするだけで森の一つが無くなった。
それでも、レティが教えた優しさだけは残っていた。
力の使い方もわからず、ただ優しい気持ちだけは変わらずレティを助けに行った。
だけど、現実は残酷だった。
ラッキーが駆けつけた時、そこにいたのは進化したハッピーともう動かなくなっているレティだった。
本当ならこの力をすべて解放してハッピーと一緒に暴れ回りたかった。
だけど、ラッキーはそうはしなかった。
ハッピーはレティのすぐ傍まで行きながら助けられなかったことで、ラッキーほど冷静になることはできず半狂乱となっていた。人を無理に殺したところで、レティは喜ぶはずはないと止めるラッキーをも振りきってハッピーは血の涙を流しながら暴れ回った。
その街が破壊され瓦礫の山になっても暴れることを止めず、その被害は近くの街や村までに及んだ。
やがて、血の涙が枯れたハッピーはそのまま自分を石化させることで、世界を拒絶した。
沢山の魔法使いがその石像を破壊しにやってきたけど、ハッピーを破壊することはできなかった。
そんなハッピーを回復魔法協会は自分たちが石化させ封印したと言い出した。
ラッキーはずっとハッピーと一緒にいたかったけど、身体の大きくなったラッキーには荒れ地になった場所で生きていくことはできなかった。
元の家へも一度戻ったが、そこで傷を癒していた魔物たちはすでにどこかへ旅立ったあとだった。
ラッキーは適度に魔物が多い山の中へと住居をうつし、時に人里へ降りては牛や豚などの家畜をもらいながら生活をするようになった。
ラッキーがその場所へ行ったことで、強い魔物はいなくなり人が生活しやすくなったお礼として人間が家畜をくれるようになったのだ。
もちろん、襲い掛かって来る冒険者にはそれなりに仕返しもした。
いくつもの夜を孤独の中で過ごし、一匹で過ごす寂しい夜にはレティに抱きしめられる夢の中で過ごした。それからどれくらいたったのかわからないが、人間たちが勝手にラッキーを危険な魔物だといいだし、いつの間にか広大な魔力障壁と呼ばれる簡易の壁が設置され、定期的にその中に牛や豚が放牧されるようになった。
ラッキーにとってそんな壁は何もないのと変わらなかった。
だけど、適度に運動する広さがあって、餌をくれるなら無理に脱出する必要はなかった。
放牧された牛や豚はラッキーが食べるには多くて、放置しているとやがて段々と数を増やしていった。
ラッキーは自分の食料とするために牛や豚を魔物から守り続けた結果、その群れのリーダーになっていた。
時々ラッキーもその子たちを食べるが、無駄な殺生はしない。
自然の摂理の中で当たり前の行動をして、孤独な日々がいつ終わるともしれない中、待ち続けた。それは野生の勘のようなものだった。
そして、ついにあの日がやってくる。
レティの魔法を感じたのだ。
ラッキーはその子たちにお別れを告げると寝ずに走った。そして会った時に驚かれないように身体まで小さくした。
『ごしゅじん様、今行きます』
この時を境に世界は大きく変わっていく。
よくも悪くもサーシャのことを巻き込みながら。
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