第17話 視点ブライアン公爵(サーシャ父)1
視点ブライアン公爵(サーシャ父)
マリアの部屋から追い出された僕ブライアンは今までニコニコしていた顔を引き締め、執務室へとやってきた。机の上に置いたベルを鳴らすと、すぐに執事がやってくる。
「お呼びでしょうか?」
「サルザスを追わせているか?」
「仰せの通り」
僕は窓から王都の方を眺める。
「これが本当に正しいやり方だと思うか?」
「あの者たちのいいなりになっていれば、いずれはこの領地を守れなくなります。ご主人様もこんな手は使いたくないのは重々承知していますが、どこかでこの連鎖は断ち切る必要があります」
「あぁ。それでどれくらいで戻って来るんだ?」
「2時間もすればすべてなかったことになるかと」
「2時間か」
僕は、今までずっと体調のことを人質にとられ、サルザスの無茶ぶりにずっと耐えてきた。
できるだけ領民に負担がいかないよう、私財を売り払い、彼の言いなりになってお金を納め、接待をし、ご機嫌を取り続けた。
それは一日でも長く生き延びて、妻のマリアを始めとした家族を守るためだった。
だが、サーシャが生まれた日。
僕は確実に死を実感した。
あの日、魔物の雄たけびが聞こえ地面が揺れた時、急いでマリアの元へ向かおうと思い車椅子へ移動した時、急に胸の苦しみを覚えた。
その痛みは胸全体を締め付けるような苦しさで、呼吸をしているのに生糸で首でも絞めつけられているかのようだった。
なんとか最後の魔力を振り絞り、廊下へとでてマリアの所へ向かったが、途中で車椅子から転落し動けなくなってしまった。
どんなに息をしても苦しさは和らぐことはなく、徐々に目の前が白黒へと変わる。
「誰か……」
声になるかならないか、やっとの思いで発した言葉は誰もいない廊下に虚しく響くだけだった。
もし、サルザスに金を渡していなければ夜であろうと潤沢に人がいれば、きっと私はこんな寂しい思いをしながら死んでいくことはなかっただろう。
そんな恨み言を考えていると、廊下から鎌を持った白骨の死神がやってくるのが見えた。
どうやら、本当の最後だった。
死から生還した人間が言うには死の直前に死神が現れるとの逸話がいくつもある。
僕は最後にサーシャに出会えたことを感謝した。
欲を言えば子供たちがもう少し大きくなるまで生きていたかったが、そんなわがままは言えなかった。十分苦しみながらも生き延びた方だ。
僕の目の前で死神が大きく鎌を持ち上げる。
その時、窓から一筋の光が差し込んできた。その光を浴びると死神が何を思ったのか鎌を振り降ろすのを止めた。
どうせなら苦しみが長くならないように一撃で殺して欲しい。
そう願ったところへやってきたのはマッシュと抱きかかえられたサーシャだった。
こんな時間に子供たちがいったい何をしているのかわからなかった。
そもそもサーシャは生まれたばかりで、マッシュが一人で連れ出していいわけがない。
だけど、私にはもう怒る元気すらない。
マッシュにはギンジという銀郎ハムスターを買い与えていたが、ある日ギンジと会話ができると言い始めたり、少し大人を困ったところがあった。
また何か悪いいたずらなのか。
マッシュはいきなり独り言をつぶやくが、そこにはサーシャとギンジしかいない。
「今?」
その言葉に反応したかのようにサーシャはマッシュの肩を叩く。
「わかったよ」
マッシュは僕の口の中に小瓶を突っ込むと何かあまり美味しくはない液体を流し込んできた。わけがわからないが、どうせ死神に狙われたのだからとそれを一気に飲み干した。
「んぎゃ」
「チュウ、チュウ!」
「わかったよ。生まれたばかりなのに人使いが荒すぎる」
そう言うとマッシュは廊下を走ってマリアのいる部屋へと向かっていった。
その時、胸の苦しさがすっと消え、マッシュに抱かれたサーシャと目があった。
サーシャは僕を見ると満面の笑みを浮かべ、もう大丈夫だよと唇が動いたのだ。
その後、マッシュがみんなを呼んできてくれたおかげで僕はベッドへと運ばれ、安静にすることになったが、今までの苦しさが嘘だったかのように呼吸が楽になった。
あれほど、回復術師のサルザスへ多額の金を払い、尽くしてきていたのに、マッシュが飲ませてくれた回復薬で治ってしまったのだ。
翌日、そのことをマッシュに聞いてみたが、マッシュはそのことを全面否定した
「お父さん、ギンジは話すけどサーシャはまだ話せないし、いくら僕が妹を可愛がるとしても首も座っていない子を連れ歩くわけないでしょ。なぁギンジ」
「チュウ」
僕はどうやら本当に誤解していたようだった。
そして自分の中でありもしない仮説がでてきた。
何度もそれを否定するけど、その答えが一番可能性として高いのだ。
マッシュには魔物と会話する能力があり、その能力はサーシャにもある。
そしてサーシャは前世の記憶を持った神の愛子の可能性がある。
神の愛子とは主に貴族の中で伝わる伝説の一つで、前世でいい行いや素晴らしい功績を残したと神様が認めた者は記憶をっ持ったまま現世へと生まれ変わることができるのだ。
マッシュには昔、このことが描かれている絵本を読んでやったことがある。
神の愛子が生まれたとわかった場合にはすぐに全国太陽神教会へと子供を捧げなければいけないことになっている。
だから、このことを隠したのだ。
本来なら会話することができないサーシャの言葉をマッシュが理解していたのは、ギンジが仲介をしたことで会話が成り立った可能性がある。
もちろん、これらはすべて僕の妄想であの時に見たことも呼吸が苦しくて見た幻覚の可能性もあるけど。
だけど、それではこの呼吸が楽になった理由が説明できない。
それに急に現れたラッキーのこともそうだ。
あの狼犬は普通の狼犬ではない。
あきらかにサーシャの意図を汲み取って動いている。
常にサーシャを守るように動き、サーシャを中心に生活している。
ギンジはずっとマッシュの肩の上にいたから、そこまで考えたこともなかったが、何の縁もゆかりもない場所へきていきなり子供の面倒を見るような狼犬がいったいどこの世界にいるというのだ。
その辺りもマッシュがバレないように誘導しているようにしているが、誘導したところでできるような動きではない。
なにより一番驚いたのは、領内にいないはずの牛と豚が大量に出現したことだった。
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