第18話 視点ブライアン公爵(サーシャ父)2

 家畜が来た足跡を追わせた結果、魔獣王フェンリルがいるとされる魔法障壁の中からあの大群がでてきたようだった。


 魔法障壁の中へはほぼ立ち入りが禁止されているが、あの中で何者かが牛と豚を増やし、そして、領地の危機を知って送ってくれたということになる。


 あそこの領地は元々我が領地で魔獣王フェンリルを封印するために貸し出している場所だった。毎年定期的に牛や豚を献上したのも我が領地であり、もし牛や豚の出どころと問い詰められたとしても問題はない。


 この辺りも予想の範囲をでないが、あの日サーシャが生まれた日。

 魔獣たちが世界多発的に鳴き声をあげたあの時に何かがあったのだ。


 まさか魔獣フェンリルがラッキーだなんて滑稽な話まで想像したくはないが、遠吠えをした後にあの大群が現れ、しかも出現場所が魔法障壁に囲まれた場所の中、牙の折れた狼犬と魔獣王ファンリルの共通点……。


 何かしらラッキーは魔獣に近い存在の可能性がある。

 あくまでも仮定に仮定を重ねた話であって、こんなバカみたいな想像をしていることが疲れているかもしれない。


 魔獣王フェンリルへ献上した家畜を殖やしていた奴がいるなんてことが、そもそもあるわけない。魔獣王フェンリルは百年近く生きている大型魔獣だ。


 与えられた家畜を殺さずに飼育するなんて知能があるわけがない。

 それに、もしこの仮定が正しくなってラッキーがあの魔獣王フェンリルなら、サーシャはレティの生まれ変わりってことになってしまう。


 僕自身はレティが悪者だとは思っていない。

 レティは最恐悪女だと言われているが、それを言い出したのは回復魔法協会であることはわかっている。


 表向きの活動は世界的にも信頼されているが、裏ではサルザスを始めとしたあくどい手口で金を稼いでいる奴ばかりだ。

 世界的に邪教とされているがレティを神として崇める連中もいる。


 それはつまり、こちらの世界からは見えない形でレティは人々から好かれていたのだ。

 貴族の教えでこういうのがある。


『一つの物語には必ず二つの物語が隠されている』


 物語はどちら側から見るかで世界は変わるのだ。

 回復魔法協会が描いたシナリオがあるなら、レティ側から見たシナリオもあるはずだ。


 だからもし、サーシャがレティの生まれ変わりだとしても、僕は必ずサーシャの味方になる。例え、世界を敵に回すことになってもかまわない。


 そしてこれらの疑惑は今日、サルザスが来て言ったある一言で確信へと変わった。

 サルザスはいつも通り、僕に上から物を言ってきた。


「おぉ、随分強気になったな。肺の病気治してやらねぇぞ」

「それが、最近だいぶ調子がよくてサルザス様のお力をお借りしなくても大丈夫そうなんですよ」


「そんなわけないだろ。あれは自然には……ゴホッ。何か飲んだのか?」

「いえ、娘が生まれたことで元気にならないと身体が反応したのかもしれません」


 僕はその時、上手く作り笑顔ができていたか自信がない。

 サルザスは僕の本当の病気が何なのかを知っていた。


 あいつの言葉を略せば、僕の病気は自然に治らない病気であり、回復薬を使えば治る病気だということだ。


 あの日、きっとサーシャはマッシュに言って回復薬を作らせ、僕に飲ませてくれたのだ。

 サーシャに過去の記憶があるとするなら、僕は父親だと言っても初対面のただのおじさんでしかない。


 もし、あの日にサーシャが薬を作ってくれなければ、いやマッシュがギンジと会話する能力がなかったら、僕は今日を迎えることができなかった。


 ギンジと会話できると言ったマッシュを僕たちは扱いにくい子だと思って遠ざけていた。それがどれほどマッシュを傷つけてしまっていたのか……。

 今の僕は、あの日に一度死んで生まれ変わったのだ。


 マッシュもサーシャもあの日僕を助けたことが何でもないかのように、なにかの見返りを求めてきたりすることはなかった。

 それに比べて、サルザスの奴は人の命を弄んで平気な顔でさらに金品を要求してきている。サーシャに人を助ける力があったとしても、今の状況ではそれを表立って発表することはできない。


 サーシャに知識があることがわかれば間違いなく回復魔法協会に狙われる。

 それだけは何としても避けなければならない。


 だから僕は決めたのだ。


 サーシャが大きくなる前に、サーシャの知識が表に出ても問題ない世界へ変えると。

 その為にはサーシャがバレずに研究できる場所や上手く根回しなどできることすべてする。それが結果的に他の家族を守ることにも繋がるはずだ。


 もう、今までのように無駄にサルザスへお金を払うことはしない。

 国家的な協力はもちろんするが、あいつのいいなりになるつもりはない。


 そのためにはやらなければいけない。

 それがどんなに汚い手だとしても。

 執事と話をしていると、扉がいつもより強く叩かれる。


「入れ」

「たっ大変ですっ!」


「やったのか?」

「いえ、それが……私たちが手を下す前に魔獣王フェンリルが現れ馬車をめちゃくちゃにしてサルザスを半殺しにしていきました」


「どういうことだ?」

「私たちにも何がなんだかわかりません。あまり近づくことはできなかったんですが、あの牙が折れていた特徴といい魔獣王フェンリルで間違いないかと思います」


 ラッキーはさっき僕たちが話しをしていた時に部屋からどこかへ出て行ったままだ。

 サーシャの元へ来てからラッキーが自分から進んで側を離れたことは今まで一度も無い。


「どうやら、神様はとんでもない幸運を僕の家に送ってくれたみたいだな」


 その幸福は人間が手にするにはあまりに強すぎるかもしれない。

 使い方を間違えれば不幸になる可能性だってある。強すぎる幸運は不幸をもたらすこともあるのだ。


 僕が生かされた理由がわかった気がする。

 僕は、サーシャを守るために生かされたのだ。


 この日僕は、これから進むべき道を知った気がした。

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